第49話 年下の男の子……ですね

 シリューの提供した肉のおかげで、無事バザーに出す料理が出来上がった。


 栄養のバランスなど一切考慮していない、ほぼ肉ばかりのシチュー。


 だが、使われているのは高級品グロムレパードの肉である。


 それを、予定の値段より少しだけ上乗せし、1ディール50アストで売り出したのだ。


 昼の時間だけという事もあり、想定以上の大行列で皆大忙しとなった。


 一通りお客がさばけて落ち着いた頃を見計らい、いよいよ子供たちにも、待望のシチューがいきわたった。


 思い思い、それぞれの器で温かいシチューを口に運ぶ子供たち。


 シリューは久しぶりに見る光景に、元の世界での出来事を重ねていた。


 七夕にクリスマスに誕生会……。


「……ちびっこども、元気にしてるかなぁ……」


 節分の鬼役も、もう二度とやる事もないかもしれない。


 少しだけセンチメンタルな気分に浸っている時、かしゃんと物を落とす音と、子供の泣き声が聞こえた。


 見ると小さな女の子が器を落とし、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。


「あ、セシルちゃんっ」


 まっさきに駆け寄ろうとしたミリアムに、シリューがにっこり笑って頷く。


「いいよ、なんとかするから」


「じゃあ、お願いしますね」


 シリューがセシルの傍らにしゃがむのを、ミリアムは洗い物をしながら眺めていた。


「こぼしちゃった? 器がおっき過ぎたね、大丈夫? 痛いとこ無い?」


 シリューは、零したシチューで汚れたセシルの服を、生活魔法できれいに洗浄した。


「やけどは……してないね?」


「うん、うん」


 セシルは、しゃくり上げながらもこくこくと頷いた。


「新しいのを持ってきてあげるから、ここで待っててね」


 シリューは器を拾い、そちらにも洗浄を掛けた後、ダッチオーブンからシチューをよそった。


「ちょっとこの木箱借りるぞ」


 焜炉の脇に置いてあった木箱を抱え、ミリアムに断りをいれる。


「あ、シリューさん、私も……」


 ミリアムは洗い物の手を止めて、シリューのあとに続いた。


「ほら、これを使おうか」


 それからシリューは、セシルの傍に木箱を下ろし、その上にシチューの入った器を置いた。


「はい、どうぞ。ゆっくり食べてね」


 シリューは肉の塊を、木のスプーンで一口サイズにほぐし、セシルに渡した。


「……いいの?」


 セシルは不安な表情でシリューを見上げる。


「いっぱいあるから大丈夫」


 そう言って頭を撫でると、セシルはスプーンを受け取り、子供らしい無邪気な笑顔を浮かべた。


「うん、ありがと、おにいちゃん!」


「どういたしまして」


 子供に向けるその優しい眼差しには、なんの思惑も打算もなく、ただ慈しむ心だけが見えた気がして、ミリアムは心がほんのりと温かくなるのを感じた。


「……私のお父さんも……あんなだったのかなぁ……」


 シリューが立ち上がると、柔らかな笑みを浮かべたミリアムと目が合った。


「何にやけてるんだ? 変な物でも食ったのか?」


「に、にやけてませんっ、変な物も食べてませんっ。……もうっ、少しは……」


 ミリアムは、素直に褒めることが出来ずに口ごもる。


「少しは?」


「……意地悪なシリューさんには、教えてあげませんよぉ」


 つんっ、と横を向いた。


 照れたのを気付かれたくなかったのだ。


「ま、別に知りたくもないけどな」


 ミリアムはがっくりと肩を落とす。さっきのシリューの表情はなんだったのだろう、と。


「……ほんとシリューさんって、子供には優しいのに……」


 俯いて少しだけ拗ねた様子のミリアムは、何かに気付いたようにぱっと顔を上げた。


「そっか、シリューさんアレですね、いいパパさんになれそうですねっ」


「それ、あんまり嬉しくない……」


 17歳の高校生が美少女に言われて、嬉しい言葉ではないのは確かだ。


「はいっ、そうだと思いましたっっ」


 ミリアムは満面の笑みで言った。してやったり、という事だろう。


「じゃあお前は、いいバアさんになれそうだな。元からボケてるし」


 だがシリューは冷静に切り返した。


「ま、待って下さいぃ、なんでママを通り越しておばあさんなんですかぁ……」


「いや、おばあさんじゃなくて、バアさんな」


「何の違いがあるのか分かりませぇんっ」


「いい感じにボケて、会話の通らない人だよ」


「それってダメダメじゃないですかぁ」


 ミリアムは手をぶんぶんと振って抗議する。


「ダメ?」


「ダメダメですよぉ、ボケてるし、会話もできないんですよね? それってもう……」


「あ、そのくらいにしとかないと、炎上するらしいぞ」


「え、炎上?」


 シリューはミリアムに顔を寄せ、他には聞こえないように囁く。


「お前の発言、かなりまずいぞ……お年寄りの事を、そんな……」


「や、そ、ち、違いますっ、私、そんなつもりじゃ……」


 ミリアムははっとなり、一旦きょろきょろ周りを見渡して、不安げに顔を寄せる。


「炎上って……どういう事ですか……私、燃えちゃうんですか?」


 掠れた声でそう言ったミリアムは、真剣な表情を浮かべおろおろしている。


「ぷっ、あはははは」


 シリューは耐えられなくなってついに吹き出す。


「な、またからかったんですかっ! もうっ、子供ですかっ子供ですねっ、シリューさんいくつなんですかっ?」


「じゅ、17……」


 腹を抱えながら、シリューが答えた。


「17歳って、私より一つ下じゃないですか。そうか、これはアレですね。年頃の男の子が、気になる年上の女の子の気を引きたくて、ちょっかいを出すやつですね」


 ミリアムは腕を組み、勝ち誇ったように思いっきり胸をそらす。


 男子の目を、ブラックホールのように引き寄せる双丘が、ばいんっ、と弾けるお約束。


「そういうことなら、仕方ありません。お姉さんな私としては、許してあげちゃいますっ」


 なぜだか、上から目線のミリアム。


「なにいきなりお姉さんぶってるんだよ。だいたい一つしか違わな……い、じゃ……」


 シリューは笑顔を凍り付かせ、後の言葉を口に出せなかった。


 不意に思い出してしまったのだ。


 いつだったか、まったく同じ会話を美亜と交わしたことを……。


「……シリューさん?」


 急に押し黙ったシリューを、心配そうにミリアムが覗き込む。


「私っ、もしかして気に障るようなこと、言いました?」


 明らかに今までのシリューとは様子が違う。


 それはひどく寂しそうでもあり、ひどく傷ついているようにも見え、ミリアムはそっとシリューの頬に手を添えた。


「シリューさん? 大丈夫ですか?」


 我に返ったシリューは、ミリアムの手から離れ少し頬を染める。


「ばっ、なに……、いや、うん、別に……なんでもない……」


 気にはなったが、ミリアムはそれ以上聞くことはしなかった。


「あ、そういえば、ヒスイちゃんの姿が見えませんけど、どこにいるんですか?」


 不自然だが、ミリアムは無理やり話題を変えた。


「あ、ああ。姿消しを使ってもらってる。ほら、子供って無邪気だけど……」


 不自然な流れに、それでもシリューは乗る事にした。


「……結構、残酷ですもんね」


 初めての意見の一致に、互い笑顔で頷きあう。


「それで、今どこにいるんですか?」


 ミリアムはきょろきょろと辺りを見渡すが、シリューがじっと自分を見つめているのに気が付き、頬を赤くして肩を竦める。


「お前の右肩……」


「え?」


「さっきからお前の右肩にいる。ずいぶん気に入ったみたいだ」


 勿論、シリューにもはっきりと姿が見えている訳ではなく、PPIスコープの輝点で確認しているだけだ。


「ほ、ほんとですかっ? あ」


 ミリアムの耳に、澄みきった鈴の音がリィィンと響いた。


 シリューは何かヒスイに答え、あたふたと顔を伏せる。


「あの、ヒスイちゃんは何て?」


「あ、ああ、お前のほっぺたが、その、すべすべで気持ちいいって……」


 なんとなくどもってしまったが、ミリアムは気にする様子もない。


「うれしいっ、ずっとここにいてもいいですよぉ」


 その日、無事バザーが終了し、後片付けを終え別れるまで、ヒスイはミリアムの傍を離れなかった。


 そのせいか、ミリアムはぼんやりとだが、姿を消したヒスイを感じることが出来るようになった。


 オスヴィンからは、天才的な魔力と体力の持主だと聞いて耳を疑ったが、どうやらただのポンコツでもなさそうだ、と少しはミリアムを見直したシリューだった。


 勿論、本人には口が裂けても言わないが。


「シリュー殿、今日は本当にありがとうございました。貴方に神のご加護のあらんことを」


 深々と頭を下げてオスヴィンとハリエットが荷馬車に乗る。


「お兄ちゃん! ありがとー!!」


 ミリアムに促されて、子供たちが声を揃える。


「ホントにありがとうございました。私、シリューさんの事、ちょっと見直しちゃいました」


 ミリアムは微笑んでちょこん、と首を傾げる。


「別に、お前のためじゃないし」


 まっすぐに見つめられ、シリューはおたおたと目を逸らす。


「わかってます。子供たちのため、ですよね」


「まあ、それだけじゃないけど……」


 目を合わせようとしないシリューに、ミリアムはすっ、と顔を寄せる。


「……シリューさんって……案外照れ屋さんなんですね」


 ミリアムの余裕ぶった言い方に、何となくイラっとしたシリューは、ミリアムの左右の頬を摘まんで引っ張った。


「み゛ゃあ゛あ゛あ゛っ」


「余計な事言ってないで、は・や・く・馬車に乗れっ。置いてかれるぞっ」


「の、のひまふ、のひまふから、はなひてくださひいいっ」


 シリューは手を放し、さっと踵を返す。


「じゃあ、


 ミリアムは去ってゆくシリューの後ろ姿に、深々と腰を折りお辞儀をした。


「ありがとうございました……」


 シリューは振り向きもせず片手を上げた。






 因みに……。


「このひとのおっぱいは、ふかふかでいい気持ちなの。ご主人様も触ってみるの、です」


「いや、ヒスイ。それダメだから、普通に犯罪だから……」

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