第30話 女子会をしましょう

「……で、どうでしたか?」


 野営の為に張られたテントの一つで、ナディアとクリスティーナが厚めのマットレスの上に座り、魔法具の明かりの下、ひそひそと会話を楽しんでいた。


「ど、どうとは?」


 ナディアと向き合って座るクリスティーナは、その質問に思わず顔を背ける。


「シリュー殿の事です、分かっているでしょう?」


 ナディアがにっこりと笑う。


「……し、シリュー、どのはっ、その……天然……です」


 クリスティーナは、頬を染め下ろした髪を指でもてあそぶ。


「ええ、それにとんだヘタレですね」


 ナディアがシーツをギュッと抱きしめた。


「先程は、残念でしたねクリス」


「先程って……み、見ていたのですかっ」


 ナディアはこくこくと頷く。


「せっかく勇気を出して、貴方から迫ったのに……。まさかあれで止めてしまわれるとは……殿方の風上にも置けません」


「ちがっ、迫ってません! あれはっ、その、あのっ……」


 真っ赤になった顔をシーツで覆い、クリスティーナはぷるぷると首を振った。


「眠れそうになければ、シリュー殿のテントに行ってもかまいませんよ?」


「……もうっ……からかわないで下さい……」


 クリスティーナは涙目になり俯いた。


 これ以上は不味い。ナディアは引き際をよく心得ていた。


「……ごめんなさい、では本題に入りましょう。実際話してみてどう感じました?」


「そうですね……」


 クリスティーナは、シリューとの会話を思い返してみる。


 話しぶり、言葉遣い、どれを取っても高い知性を感じさせる。


 ただの平民や冒険者とは思えない、おそらくは高度な教育を受けた貴族か豪商の子息。アスカという家名を持つ事、金に全く無頓着なところを考えれば、やはり貴族だろう。


 クリスティーナのシリューに対する見解は、概ねそんなところだった。


 無論、シリューは養護施設育ちである事を除けば、ごく一般的な高校生である。


 だが、この世界でまともに教育を受けられるのは、貴族か裕福な家庭の子女だけであり、教育レベルも現代日本と比べれば、かなり低いと言わざるを得ない。


 話し方にしても、中学、高校と部活動を続けていれば、ある程度の敬語は身に着くものだ。


 加えてシリューは、親がいない事で馬鹿にされない様、マナー等も比較的厳しくしつけられてきた。


 勿論本人の性格によるところも大きいが、この世界で貴族と思われても、それ程おかしくはないだろう。


「貴方もそう思いますか……」


「では、ナディア様も?」


 ナディアが大きく頷く。


「それで、シリュー殿はこれからどうされると? やはり故郷に向かわれるのでしょうか……」


 クリスティーナは、ゆっくりと首を振った。


「いえ、家の事情で国へ帰る事はできぬようです」


「家の事情……。跡目争い、というところでしょうか」


 貴族の間では、後継ぎを巡って争いが起こるの決して珍しい事ではない。どちらかと言えば日常茶飯事で、争わない事の方が珍しいくらいだ。


「……見聞を広げるため、冒険者として色々なところを旅したい、と申されていました」


「そうですか、冒険者……」


 ナディアは口元に指を添えた。


「クリス、シリュー殿との出会いは、神様の思召しかもしれませんね。実際私たちは彼が居なかったら死んでいた訳ですから。でもそれだけではないような気がします。貴方にとっても、私にとっても……勿論アントワーヌ家にとっても……。彼との繋がりは切らさないようにしましょう」


「……は……い……」


 ナディアの考えを否定する根拠は何もなく、クリスティーナにとっても好ましいものの筈だが、何故かクリスティーナの返事は煮え切らないものだった。


「……どうしました?」


 ナディアは俯き押し黙るクリスティーナを、訝し気に見つめた。


「……怒っては……いないでしょうか……」


「シリュー殿が、ですか?」


「はい……」


 クリスティーナは力なく頷いた。


「クリス。貴方に馬乗りされて、その魅惑的な胸に顔を埋めて、怒る男がいる訳がありません。むしろ大喜びで……」


「そ、そこではありませんっ!」


「え?」


「……分かってて言ってますよね、絶対」


 クリスティーナは抗議する様に、ナディアを上目遣いで見つめた。


「……シリュー殿を叩いた事ですか?」


 クリスティーナはこくりと頷く。


「シリュー殿があれくらいで怒るような、小さな男とは思えませんが、気になるのなら、明日しっかりと謝るべきですね」


 ナディアの、責めるでもなく優しい進言に、クリスティーナは大きく頷いた。






 長い夜がようやく明け始め、登りかけた日の光に照らされた白い雲が、碧い空にくっきりと浮かび上がる。


 季節は日本で言えば初夏に当たるのだろうか。草の香りを運ぶ、湿り気を帯びた風が心地よく頬を撫でる。


 シリューは馬車の屋根の上で半身を起こし、両手を突き上げる様に大きく伸びをした。


 昨夜は、シリューが一人で見張りを引き受けた。


 皆、回復薬ポーションや治癒魔法で怪我からは回復していたが、失った血や体力はそうはいかず、十分に闘える状態ではなかった。


 それにこの森に来てからというもの、眠れない訳ではないが眠くならないのだ。


 疲れや空腹に加えて、眠気も感じない。


 龍脈の中から復活した時、身体の代謝に変化があったのかもしれない。


 それについて、セクレタリー・インターフェイスに確認したところ……。



【およそ三十日間は休息・休眠・補給無しでの連続的活動が可能です】



 と言う、益々怪しい結果が表示された……。


「なにそれ? 太陽電池かなんかで動いてんの? ちゃんと人間だよね俺」



【…………】



「無言かい!!」



【人間……です……?】



「え! まさかの疑問形っ? そこは明言しようよ!!」


 そんなやり取りはあったが、何より眠くならないせいで、夜が一際長く感じられ、とにかく退屈だったのも理由の一つだ。


 それに、急に増えたスキルをある程度慣らすという目的もあった。


 お陰で二つのスキルを、ほぼ使いこなせるようになった。


 まず、【探査】だが、受動的パッシブ能動的アクティブの二つのモードが解放された。


 アクティブモードでは、目標の対象を絞り込む事で、探査範囲は狭くなるが距離が延びる。〔正面に対して、探査角60度・距離7km〕


 パッシブモードでは逆に距離は3kmと短くなるが、探査範囲が360度、対象を広く設定出来、更に常時探査が可能となる。


 もう一つは【翔駆】の水平移動だ。


 これもコツを掴むのに時間が掛かったが、身体を地面とほぼ水平に倒し、足場の構築を意識的にずらしてつま先で蹴る事で、角度・方向を調整出来る様になった。


 そうして夜の間、この2つのスキルを使い、野営地から半径3Km以内に近づいた魔物達を狩るを続けたのだった。

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