第28話 星空に映す思い
「逆に聞きたいんだが……何故分からないと思ったのかな?」
言い当てられて困惑するシリューに、更に目を細めてクリスティーナが尋ねた。
「え? ……えぇ?」
シリューは、まるで何処かに書かれた答を探すかの様に、自分の身だしなみを確認し始める。
「はあぁぁ……」
その姿を見て、クリスティーナは大きな溜息をついた。
「……やっぱり、自覚は無い、か……」
ぽつりと零したクリスティーナの言葉に、何故かシリューは強い既視感を覚えるのだった。
もちろん、実際にほのかや有希たち、それ以前にも女子から言われた事があった。
〝僚ちゃんって、ほんっと、天然だよねぇ〟
そういえば美亜からも、何度かそう言って困ったような顔をされた。
〝天然って、なんで? 俺どっちかっていうとツッコみだと思うんだけど……〟
瞬間的な洞察力と冷静な判断力を誇るとシリューだったが、自分自身の事に関しては、大きな認識違いをしていた。
もちろん、その事に気付いてはいないが。
「……いや、この話はもうよそう……」
クリスティーナの提案に、シリューはゆっくりと頷く。
「そうですね……そもそも何でこんな話になったんでしょう」
〝ええ? 君が言うのっ? 他人事なのっ?〟
クリスティーナは思いっきりツッコミたかったが、喉まで出かかった言葉をぐっと飲みこんだ。
このままでは埒が明かない。
「……ホント天然……たまにいるんだ、こういう男……もうっ、女の敵っ……」
クリスティーナのぼそぼそとした呟きは、シリューには聞こえなかった。
「……そういえば、何か俺に用だったんですか?」
「あ、いや。用という訳では……ただ貴殿と話がしたかったんだ。迷惑だったかな?」
クリスティーナは紅茶の入ったカップを、両手で包み込む様に口に運んだ。
「いえ、迷惑なんて……。特に一人が好きって訳でもないし」
エラールの森に来てから、ただ一人の話し相手だったヒスイは、羽を器用に身体に巻き付け、シリューの胸ポケットの中で熟睡している。
元々女性と話すのは苦手だったが、この世界に来て随分と慣れてきた。
クリスティーナ程の美人だと、少し緊張はするが……。
「シリュー殿は、レグノスに着いた後どうするのだ?」
「そうですね……取り合えず、冒険者ギルドに登録しようかと……」
冒険者として登録すれば、ギルドから身分証が発行され、各都市への出入りや、国境を越える事も比較的自由になる。
確か、エマーシュからそう説明されたのを覚えている。
勿論完全に自由という訳でも無く、ある程度ランクを上げる必要はあったはずだが。
「旅をするのに、その方が都合がいいかなって……」
「……やはり……故郷へ向けて旅立つのか?」
クリスティーナの表情がかげる。
「いえ。故郷にはちょっと……、色々あって帰れないんです」
「色々……? まさか、その、犯罪……」
恐る恐る、不安げにクリスティーナが尋ねる。
「違いますよ。ちょっとした家庭の、事情? ってやつです。だから今回の事は都合が良かったんです」
シリューが笑って否定した事に、クリスティーナはほっと胸を撫でおろす。
最もクリスティーナには、この少年が人の道を逸れた事をしでかすなど、出会ったばかりとは言え考えられなかったが。
「それで、冒険者として活動しながら、色んな所を見て回ろうかって……」
ただの思いつきだったが、悪くない考えだ。勇者たちから逃げる為にも、一つ所に長くは留まらない方がいいだろう。それに……
シリューは紅茶を喉に流し込み、星空を見上げた。
多分もう、戻れないのかもしれない。彼らの元にも、そして元の世界にも。
ほんの短い間だったが、日向や有希たちと過ごした時間は、シリューにとって簡単に捨て去る事の出来ない思い出になっていた。
元の世界に未練は無い。自分の腕の中から美亜を奪った世界を、シリューは少なからず恨んでいた。だから戻りたいとも思わない。
ただ心残りは、次の総体で100mの決勝に残るという、目標を達成出来なかった事ともう一つ。
いつか美亜と二人で見た星空を、二度と見る事が出来ないという現実。
シリューは目を閉じ首を振った。
もう決めた事だ。明日見僚という名を捨て、シリュー・アスカとして生きてゆくと。
龍脈で聞こえた女性の声が繰り返しシリューに囁く。
〝信じてください。そして探してください〟
シリューはその言葉の意味を心に噛みしめる。
――美亜が、この世界に転生しているかもしれない――
〝僚ちゃん、私を探して〟
不意に僚に呼びかける、幻のような美亜の声。
シリューはそっと拳を固める。
〝美亜、もし
方法も手段も分からない。でも、生きて、生きて、必ず約束を果たす。
たとえその人が、美亜としての記憶を失っていたとしても。
シリューは目を開き、もう一度空を見上げた。
「……そうか、貴殿はまだ若い。見聞を広めるのは、いい事だと思う」
クリスティーナの目には、星を見上げるシリューの横顔がひどく寂し気に映った。
まるでその星々の中から、失った何かを探すような眼差し。
クリスティーナの胸がちくりと痛んだ。
「クリスティーナさんたちは、どうするんですか?」
「ん、ああ、我々は、レグノスで二日休んだ後王都に向かう予定だったのだが……」
クリスティーナは肩を竦め首を振った。
「この有様だ……隊を立て直す為二週間程は、レグノスにあるアントワーヌ家の屋敷に滞在するつもりだ」
「じゃあ、また会えますね」
シリューが何気なく口にした言葉だったが、クリスティーナの顔には、満開に咲いた花の様な笑みが溢れた。
「うん、そうね……また、会えるね、うん……」
素に戻っているが、彼女は意識していないのだろう。
立膝でちょこんと座り、カップを見つめながら呟くクリスティーナが、右手で髪をかきあげ、耳を覆うように手を止めた。
「え? クリスティーナさん、それ……?」
「や、あっ、あのっ、これは、ただの癖でっ、別に……嬉しいとか、そういうわけじゃ、な、ないからっ!」
真っ赤な顔で否定するクリスティーナだが、言葉と裏腹に、嬉しさを隠しきれていない。
そんな時……。
クリスティーナの座る先で何かが動くのが見えた。
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