第26話 報酬……って、多すぎません?

「ときに、シリュー殿? 話は変わりますが……」


「は、はい。なんでしょう」


 振り向いて笑顔を見せるナディアに、シリューは少しだけ後ずさる。


「そんなに警戒しなくても、もう聞きませんよ…………話したく、ないのでしょう?」


「……ええ、まあ」


 相手は明らかに貴族である。しかも連れている護衛の数から、かなり高位の爵位だと思われる。


 そうであれば、意図しないところでエルレイン王家や、勇者との繋がりがないとは言い切れない。


 一応、警戒しておいた方がいいだろう。


「それよりも、シリュー殿にお願いがあるのですが……」


「それは……俺にできる事なら」


 ナディアはきちんと向き直り、真面目な表情を見せる。


「シリュー殿はこれからどうされるのですか?」


「……えっと、実はまだ何も考えてません。てか、ここが一体何処なのかも分からないんです」


 エラールの森。その名前だけはヒスイから聞いていたが、どこの国にあるのかまでは分かっていなかった。


「森の中で迷われたのですか? そんな風には見えませんけど……」


 ナディアは小首を傾げた。


 堂々とした立ち振る舞い、さっぱりと身綺麗ないでたち、服装は乱れも汚れもしていない。


「迷ったと言うか、気付いたらこの森にいたんです」


 シリューは自分自身に事を、差しさわりのない程度に話す事にした。


「もしかして……シリュー殿は、『森の扉』を通ったのですかっ?」


 ナディアは両手を口に当て、驚きと好奇心に溢れた表情を浮かべる。


〝森の扉〟


 ヒスイが巻き込まれこの森に飛ばされた、大きな森の中で極々稀に起こる魔力現象で、別々の森を結ぶトンネル……。


 シリューは、ヒスイが説明してくれた内容を思い返してみた。



 ―――原理は分からないが森の中にその入口が突如として現れ、付近にいるものを大きさに関係なく飲み込む。


 飲み込まれたものは、遠く離れた別の森の出口から吐き出される。


 トンネルは一方通行で出口から入る事はできず、生物を飲み込んだ瞬間に消えてしまう。


 前兆も予兆もなく予測もできない為、遭遇した場合まず逃れられない。―――



「……よく分かりません……ただ、俺はほかの場所に居て……いきなり光に飲み込まれて、流されるような感覚があって、その光が消えたらこの森の中に立っていたんです」


 多少脚色と端折ってはいるが、嘘は言っていない。要は、召喚の時と、龍脈に流された時を組み合わせただけだ。


「それこそ森の扉に間違いないと思います。……因みに、シリュー殿は何処にいたのですか?」


 シリューはどう答えるか一瞬迷った。


 エルレインも日本も、下手をすると身元を特定されかねない。


「俺は、……アルヤバーンという国に居ました」


 これも嘘ではない。


 偶々知っていただけだが、アルヤバーンはアラビア語で日本。これなら勇者たちに気付かれる可能性は低いだろう。


「……アルヤ……バーン、ですか? ごめんなさい、聞いた事がありません」


 右手を顎に添え、ナディアは申し訳なさそうに首を小さく振った。


「ですが、大陸を隔てる山脈と、広大な砂漠や平原を越えた東の果てに、貴方と同じ黒い髪と黒い瞳の人々が住む国があると言われています……。シリュー殿はそれ程遠くから……」


「じゃあここは、俺の居た国からかなり西の方なんですね」


 ナディアは静かに目を伏せて頷く。


「……はい。ここはアルフォロメイ王国にあるエラールの森です……」


 アルフォロメイ王国。


 エルレイン王国、ビクトリアス皇国と並ぶ、勇者の血を受け継ぐ三大王家の一つだ。


 今回の勇者召喚に、アルフォロメイがどの程度関わっているのか、それとも関わっていないのか。どちらにしても、これ以上の深入りは墓穴を掘りそうだ。


「……それより、頼みって言うのは?」


 ナディアは思い出したように顔を上げた。


「そ、そうでした。……私たちは今日はここで野営します。お急ぎでなければ、シリュー殿も御一緒にどうですか? 幸い荷物も殆ど手付かずで残されていました、御馳走とはいきませんがお腹を満たす事は出来ます」


 そう言われてシリューは、昨日から水さえ口にしていない事に初めて気付いた。


 あれだけ動いて歩いて、走って、その上戦闘までこなしたというのに、全く疲れもなく、空腹も喉の渇きも感じていなかった。


 身体が超強化されて、少ないエネルギー消費で済むようになったのか、それとも単にその辺りの感覚が鈍くなったのか……。


「ありがとうございます。じゃあ遠慮なく」


 ナディアが笑顔で頷く。


「それから、もう一つ……。私たちはエラールの森を抜け、その先のレグノスという都市に向かいます。それでシリュー殿に護衛をお願いできないかと……」


「護衛、ですか?」


「はい。勿論今回助けて頂いた分とは別に、報酬をお支払いします。どうか、受けて下さいませんか……」


 ナディアはじっとシリューの目を見つめる。その透き通った青い瞳には、思いつめたような光が宿っていた。


「……これ以上私の為に犠牲を出したくないのです……。私の身を捧げろと言うなら、それでも構いません。ですから……」


 本当に掴めない人だな、とシリューは思った。同時に憎めない人だとも。


「分かりました、いいですよ。俺も一文なしなんで助かります」


 シリューの答を聞いて、ナディアの顔に安堵の表情が浮かんだ。


「良かった……、断られたらどうしようかと思っていました……」


 ナディアは足元に置いてあったハンドバッグを、少し重そうに手に取りシリューに差し出した。


「えっ?」


 何気なく受け取ったシリューは、その意外な重さに驚く。


「1000ディール金貨で100枚、10万ディール入っています。少なくて申し訳ないのですが、何分今は旅の折、持ち合わせがそれだけしか……」


「えっ、ちょっと、10万ディールって、ほ、本気ですかっ?」


 シリューの顔からさぁっと血の気が引く。


「や、やはり少ないですかっ! 足りない分は後程必ず……」


「いやっ、待って待って! 10万ディールなんて大金っ、受け取れません!」


 1ディールは、日本の価値に置き換えると約300円程度、10万ディールはつまり3000万円。高校生のシリューには想像もできない大金だ。


 それを、少ないと言い切る感覚。


 もはや、別次元だ。


「いえ、助けて頂いた代償としては少ないかもしれませんが、受け取って下さいっ!」


「いや、だから受け取れません!」


「いいえ。受け取って貰えなければ、アントワーヌ家の名折れ。私が困りますっ」


「いや、それじゃあ、俺が困りますっ」


 二人とも、もう殆ど意地になっていた。


「…………」


「…………」


 お互い顔を見合わせて押し黙る。


「ぷっ」


 ナディアはたまらず噴き出した。


「なぜそんなに頑なになるのです?」


「え……?」


 言われてみればそうだ。


 相手はシリューのような庶民ではない。10万ディールを少ないと言ってのける程の財力を持った貴族だ。


「……シリュー殿の事情を考えれば、お金は幾らあっても邪魔にはならない筈ですよ。ね」


「……まあ、確かに……。でもグロムレパードを売れば幾らかにはなるだろうし、やっぱり多すぎない……ですか?」


 ナディアはシリューの一言に、僅かに眉を潜めた。


「幾らかに?……ですか?」


「はい、幸い魔核コアも残ってましたし、素材も結構採れるし……」


 ナディアは顔を伏せ、シリューからは見えないように笑った。


「そうだとしても、それは受け取って下さい。私の、私たちの気持ちです」


 お辞儀をしながら両手を突き出し、ハンドバッグをシリューに押し付けた後、ナディアはひらり、とスカートを翻しそのまま走り去って行った。


「ま、有難く受け取っとくか……ね、ヒスイ」


 それまでふわふわ周りを飛んでいたヒスイが、シリューの肩に降りて頷いた。


「はい、なの。ニンゲンにはお金が大事なの、です」

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