第25話 お礼を言うべきです?
「いや、いやいやいやっ。おかしいだろうっ」
クリスティーナは、目の前で行われる信じられない光景に、半ばパニックに陥っていた。
原因は勿論シリューだ。
二十頭ものグロムレパードをどう回収するのか、状況を考えれば
素材にしても、馬車の空いたスペースに幾らかは積む事ができる。
恩人に対して、それくらいはするつもりでいた。
ところが……である。
一頭目。丸ごと収納してしまった。およそ400kgだ。
「ほう、随分容量のあるマジックボックスだな……」
空間魔法の使い手は少なくないが、400kgの容量となるとかなり重宝される。
二頭目。
「……800kg、すごいな……」
この容量となると、国中探しても十人といないだろう。
三頭目。
「ち、ちょっと待て……1トン超えたぞ、どうなってる?」
四頭目。
「おい……」
五頭目、続けて六頭目。
「おいおいおい」
粛々と回収作業を進めてゆくシリュー。そして十頭。
「……ねえクリス……私はおかしくなったのでしょうか。それとも夢でも見ているのでしょうか……」
いつの間にかナディアが、クリスティーナの隣でぽかんと口を開いて立っていた。
「大丈夫です……私も同じものが見えています……」
更に回収は続き、遂には二十頭全てが収納されてしまった。
「いやっ、いやいやいやいやっ。おかしいだろうっ、いやいや絶対おかしいっ。絶対……ぜったい……あは、あははは……」
パニックの後、茫然となるクリスティーナ。
「……現実を受け止めましょう、クリス……うふっ」
だが、ナディアの目は虚ろで焦点が合っていない。
「ど、どうしたんですか二人とも、大丈夫ですか?」
回収を終えて戻って来たシリューは、まるで蝋人形のように固まるナディアとクリスティーナの顔を訝し気に覗き込んだ。
自分が原因だとは、少しも思っていないようだ。
「どうしたもこうしたもっ。き、貴殿のマジックボックスは一体どうなっているんだっ」
未だ状況に対応しきれていないクリスティーナが、シリューに詰め寄る。
「あの、く、クリスティーナさん、近いです……」
シリューにそう言われて、クリスティーナはハッと我に返った。
身長はほぼ同じ位のシリューの顔が、それこそ息も掛かる程近くにあったのだ。
しかも迫って行ったのは自分から……。
「……大胆です……クリス……」
隣でポツリとナディアが呟く。
「ち、ちがっ、違わないけど、そうではなくてっ」
クリスティーナは顔を真っ赤にして、ぷるぷると首を振った。
「クリス、かわいい」
「ナディアさまっ、からかわないで下さいっ」
クリスティーナの顔が更に赤くなる。
きっと主従関係よりももっと深い繋がりがあるのだろう。二人のやり取りを見てシリューはそう思った。
「ですが、私も知りたいですねシリュー殿?」
ナディアが頬に指を当て小首を傾げる。
「えっと、どういう事でしょう?」
シリューには質問の意味が理解出来ていなかった。
そもそも、シリューが使ったのはガイアストレージでマジックボックスではない。
「容量の事だよ。1トンを超えるマジックボックスなど聞いた事がないっ」
クリスティーナがほんのりと赤味の残る顔で腕を組んだ。
「え? マジックボックスって容量に限界があるんですか?」
「え?」
シリューの疑問に、ナディアとクリスティーナの二人は目を丸くする。
「……普通なら……多くても数百キロといったところなんだが……まさか、その、無制限……」
「あ、じゃあ、これで限界でいいです」
「「ええええっ?」」
ナディアとクリスティーナ、二人の声が重なる。
「今、じゃあ、って言ったっ⁉ 何そのあからさまな誤魔化し方っ」
クリスティーナが再び、興奮気味にシリューに詰め寄る。
「く、クリスティーナさん、話し方変わってません? あと顔、近いです……」
「そ・ん・な・事・よりっ! あの体術とっ、あの魔法とっ。それからマジックボックスっ! あと、エレクトロキューションを何発も受けて平気なところとか! 君は一体何者っ?」
今日、クリスティーナの中で色んな常識が崩壊した。
「ひゃっ」
更に詰め寄ろうとしたクリスティーナは、足元の木の枝につまづきよろけてしまう。
シリューは、クリスティーナ支えようと伸ばしかけた手を、一瞬躊躇して止めた。
今、クリスティーナは鎧を着けていない。
触れてはいけないものが、そこに迫っていたからだ。
その結果。
ぽふんっ。
シリューの胸の辺りに、はっきりと柔らかい感覚……。
クリスティーナの赤い髪が、シリューの頬をくすぐる。
ほぼ密着状態で、傍からみれば完全に抱き合っているようにしか見えない。
「あ、あの、クリスティーナさん……」
「あああああ、あのっ、こ、これはっ、ごめんなさいいぃっ!」
クリスティーナは慌てて突き飛ばすように、シリューから離れる。
「い、いえ、俺の方こそ、すいませんっ」
何故かシリューも謝っていた。
いつもは比較的冷静なシリューだが、こうゆう事態には免疫がなかった。
「きっ、気にしないでっ! いや気にしてっ、じゃなくて、あああ、失礼しゅるっ」
噛んだ。
この主従は焦ると噛む癖があるらしい。
頬を真っ赤に染めたクリスティーナは、両腕で自分を抱きしめ踵を返すと、逃げるようにその場を去って行った。
「え、えっと……」
対するシリューも茹蛸のように赤くなっている。
「クリスったら、意外に純情なんですから……。完全に素が出ていましたね」
クリスティーナの後ろ姿を見送り、ナディアが穏やかな声で言った。
「それにシリュー殿?」
「は、はい?」
ナディアはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「あそこは謝るのではなく、むしろお礼を言うべきでは?」
「ナディアさん!」
どうも、このナディアという女性の性格が掴めない。
「冗談ですっ♪」
だがシリューの目にははっきりと映っていた。
「……木の枝……凄いタイミングで蹴りましたよね……」
「冗談ですっ♪」
シリューが横目に見ると、ナディアはしてやったりという顔でころころと笑った。
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