第24話 驚きが……止まりません
「あ、あ……」
クリスティーナもナディアも地面に膝をついたまま、ただ茫然とするばかりだった。
五人の男達を一瞬のうちに打ち倒したその動き。
剣を極め、騎士団で三本の指に入る程の腕を持つクリスティーナにも、はっきりと捉える事はかなわなかった。
その上あの魔法だ。
マジックアローと思われるが、威力は常識外。しかも、避けた相手を追尾するなど見た事も聞いた事もない。
更には十五頭ものグロムレパードを瞬殺……。
「……い、意味が分からない……」
最悪の事態は避けられた、それは理解できる。
だが今ここで起こった事は、もはや理解の範疇を超えていた。
「あの……大丈夫ですか?」
シリューが首を捻りながら、固まったままの二人に声を掛ける。
先に立ち上がったのは、ドレス姿の女の子の方だった。
「あっはいっ、大丈夫ですっ、お陰でたしゅかっ、助かりました」
……噛んだ。
シリューは聞こえなかった振りをしたが、女の子は顔を真っ赤にして俯いた。
金髪に丸く大きな目、小柄だが出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。歳は十五くらいだろうか。
余程恥ずかしかったのだろう、しばらく下を向いていた彼女は、思い出したように顔を上げシリューを見つめた。
「も、申し遅れました。私はナディア・ロランス・アントワーヌ。この度は危ないところをお助け頂き、誠にありがとうございます」
ナディアは片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の膝を軽く曲げるカーテシーで挨拶をする。
その優雅な所作と名乗った家名から、何処かの貴族の子女だという事が窺えた。
「私は……つっ……」
赤い髪を揺らし、無理やり立ち上がろうとしたクリスティーナが、整った顔を歪め膝をつく。
「あの、無理しない方が……」
シリューが手で制すが、それでもクリスティーナは立とうとする。
「いや、主の恩人を前に……座ってなど……」
騎士としての矜持なのだろうが、傷ついた者を立たせるのはシリューの望むところではない。
「気にしないで、ってか、俺が気にします。ですからそのままで」
ナディアがクリスティーナの肩にそっと手を添える。
「さあクリス、この方もそうおっしゃっています。ね」
「は、はい……」
クリスティーナは腰を下ろし居住まいを正した。
「こんな姿で申し訳ない。私はクリスティーナ・アミィーレ・フェルトン。貴殿のご助力に感謝する」
「俺はシリュー・アスカ。間に合って良かったです」
クリスティーナとナディアは、涼やかなその笑顔に思わず引き込まれてしまう。
二人の脳裏に、あの絶望の時、風のように現れ炎を背に微笑む姿が浮かび、目の前の少年の姿へと重なってゆく。
「……正義の……味方……」
二人が同時に呟く。
「いや、改めて言われると恥ずかしいからやめて、いえ、やめてください……」
あの時はついついノリで啖呵を切ったが、今思うとそれ程カッコよくはない。
明らかに黒歴史になりそうだった。
「ご主人さまぁぁ」
姿消しを使い上空に隠れていたヒスイが、透明の羽をぱたぱたと羽ばたかせシリューの前に飛んできた。
随分と興奮している様子だ。
「すごいのっ、すごいの、ご主人さまぁ! こんなの初めてぇ!」
「うん、ヒスイ。誤解を与える言い方はやめようか。」
何が琴線に触れたのか、ヒスイはきらきらと星を振りまくように飛び回る。
前にも一度披露してみせたが、どうやら嬉しさを表現するダンスみたいなものらしい。
クリスティーナとナディアが目を丸くして固まった。
「そ、それ、ピクシー……ですか?」
二人が驚くのも無理はない。
用心深いピクシーが、人前に姿を見せる事は稀だ。
ましてやこれ程人に懐くなど、クリスティーナもナディアも聞いたことがなかった。
「彼女はヒスイ。昨日知り合ったばかりなんだ」
ヒスイはシリューの肩に座り、ちょこんと首を傾げた。
それから夕方までかかって、襲撃現場の処理に当たった。
シリューが倒した野盗の五人は、全員が心臓を刺され息絶えていた。
口封じの為に殺されたのは明らかで、身元を確認できる物も所持していなかった。
身に着けた装備から単なる野盗では無く、元はそこそこのクラスの冒険者だったとクリスティーナは推測した。
それから、生存者は女性騎士、男性騎士が一名ずつ、護衛兵三名、御者二名の計七名。それにナディアとクリスティーナの合わせて九名だった。
ナディア以外いずれも重傷だったが、
馬車は最初に襲撃を受けたもの以外は無事で、荷物も殆ど手付かずで残されていた。これはシリューが、グロムレパードを瞬く間に殲滅したお陰で、荷物を運び出す時間がなかった為だろう。
一台の馬車に兵士たちの亡骸を乗せ、クリスティーナが氷結の魔法で凍らせてゆく。
その光景を見て、シリューはどうにもいたたまれなくなり、思わず目を背けた。
余程酷い顔をしていたのだろう。クリスティーナが心配そうにシリューの顔を覗き込んだ。
「……どうかされたか? 顔色が良くないようだが」
「……いえ……ただ、俺がもう少し早く……」
人の死に立ち会った事はあるが、これ程多くの死者を見るのは初めての事だ。
「貴殿が気に病むこ事はない、皆覚悟を持って任務に当たっていた。……そもそも貴殿が来てくれなければ、間違いなく全滅していたんだ。本当に感謝している、ありがとう」
クリスティーナはそう言って深々と頭を下げた。
「あ、いえ、はい。でも偶々通りかかっただけですから、気にしないで下さい。……じゃ、俺は魔物を回収して来ます。いいんですよね?」
どうも、女性に改まって挨拶や感謝されると、どう返していいのか分からず焦ってしまう。
身体能力が強化されてもこういうメンタルは元のままのようだ。
シリューはさっさと話題を切替た。
「勿論。全て貴殿が倒したんだ。貴殿にはその権利がある……」
クリスティーナはそこでふと疑問をに思った。
「……でも、どうやって?」
大きさが成牛並みのグロムレパードは、400kg以上の重さがある。
それを二十頭、合わせて8トン以上になるのだ。
「えっと、マジックボックス? かな」
シリューは誤魔化すように笑って、その場を離れた。
クリスティーナはその後、今日何度目になるか分からない驚愕の光景を目にする事になる……。
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