第23話 戦闘開始! スキル変化!
クリスティーナは驚愕した。
目の前で起こった信じられないような出来事に。
魔法による炎が消えた時、少年は剣を構えた野盗達と、武器も持たずに対峙していた。
そして、瞬きをする程の僅かな間に、五人の男達が宙を舞った。
何が起こったのか、少年が何をしたのか、騎士であるクリスティーナでさえはっきりとは分からなかった。
だが、クリスティーナが本当に驚くのはこれからだった。
「ぐっ!」
シリューは咄嗟に腕で顔を覆い、辛うじて頭への直撃をガードしたが、それでも軽く10mは吹き飛ばされる。
完全に不意を衝かれた。
いやそれこそ、ザルツと呼ばれた男の狙いだったのだろう。男の芝居がかった仕草に気を取られ、周囲への警戒を怠ってしまった。
「な、なんだ……」
地面を二回三回と転がった後、半身を起こしシリューは襲ってきた相手を見据える。
灰色の体毛に黒い斑点。猫科の猛獣を思わせる姿。頭に二本の縦に並んだ角を持ち、大きさはフォレストウルフの倍以上あり成牛並みだ。
「あ、あれは、グ、グロムレパードっ」
クリスティーナは声を震わせ呟いた。
自分達を壊滅に追いやった魔物。それがよもやグロムレパードだったとは。
単体でもブルートベアより上位のE級。
一体につき最低その三倍の人数で対処すべき魔物、それが群れをなしている。
「くはははっ、お前の相手は
ザルツが高々に叫ぶ。
周りはいつの間にかグロムレパードだらけ、二十頭はいるだろう。
先程シリューを襲った個体が、未だ立ち上がっていない獲物に止めを刺そうと地を蹴る。
ハンタースパイダーを上回る速さ。
一瞬で間合いが詰まる。
グロムレパードは人の頭程もある鉤爪の生えた前脚を、雷光の如く振り下ろす。
人の身体など粉砕してしまう程の一撃。
だがシリューは体勢の整わないまま、左腕一本で受け止めて見せた。
「悪いな、そう何度も喰らってやれないんだ」
渾身の力で、グロムレパードの顎に右アッパーを放つ。
下顎もろとも、頭の殆どが吹き飛ぶ。
知覚もないまま、一瞬のうちに命を刈り取られたグロムレパードは、どさりと崩れ落ちる。
「……それに、魔物相手なら手加減は必要ないしね」
シリューは立ち上がり、取り囲んだグロムレパード達をねめつけた。
「ヒスイ」
「はい、なの」
ヒスイがぴょこりとポケットから顔を出す。
「姿消しを使って、空の高い所に逃げておいて」
負ける気はしないが、ヒスイに気を遣う余裕まではないだろう。
「はい、です。ご主人様。気を付けてなの、です」
相変わらずの変な敬語で、ヒスイは姿を消し、すうっとポケットから抜け出した。
同時に、一頭のグロムレパードが、牙を剥いてシリューに迫る。
シリューは土煙を上げ駆け出す。
危険を察知したグロムレパードは淀みない動きで右へ。シリューは透かさず追随し、左前脚の付け根を狙い貫手を打ち込む。皮膚を裂き、肉を抉り、心臓を穿つ。
「ゴアァァァッ……」
断末魔を上げて倒れるグロムレパード。
シリューは半ばまで埋まった腕を抜き、血を払う。
「きゃああ!」
叫び声に振り返ると、二人の女性に向かって一頭のグロムレパードが飛び掛かろうとしていた。
【ロックオン 魔法発動可】
「マジックアロー!!」
轟音を上げて飛翔する透明な鏃が、グロムレパードを撃ち落とす。
威力は抑えたつもりだが、まだまだオーバーキルだ。
「大丈夫ですか?」
シリューは二人を背後に庇う位置を取り、振り向いて声を掛けた。
「は、はい、な、何とか」
ナディアがクリスティーナの肩を抱いたまま応えた。
「……数が多いな……」
シリューが呟いた通り、グロムレパードの数は残り十七頭。しかも、三頭が瞬く間に倒された事で警戒を強め、今はあからさまに距離を取っている。こちらから動けば、その隙に後ろの二人を襲うだろう。
グロムレパードを倒せたとしても、それでは本末転倒だ。
「くらえ!」
一頭にロックオンし、マジックアローを放つ。
「な、躱した?」
だが、音速で迫る鏃をグロムレパードは事も無げに躱してみせた。
「これならどうだ!」
今度は、十数発を立て続けに撃つ。応援の太鼓のように、周期的な発射音が響く。
しかしグロムレパード達は、右に左にとしなやかな動作で躱してゆく。
「って、見えてるのかっ」
見えているとして、そう簡単に躱せるものなのか。いくらグロムレパードが早いと言っても、音速を超えるようなスピードで動いている訳ではない。
そんな事を考えている時、何頭かのグロムレパードに変化が起こる。それはほんの一瞬だったが、シリューの目がはっきりと捉えた。
グロムレパードの頭にある二本の角が光った。
次の瞬間。
全身を壁に叩きつけられたような、激しい痛みと痙攣が襲う。
「かっ、はっ」
声を出す事もできない。それどころか呼吸もままならない。
〝ヤバい……〟
さっきグロムレパードの角が光った事が関係しているのだろう。
恐らく魔法か特殊技能。
〝それにしても……〟
【エレクトロキューションによる感電をレジストしました】
【特殊技能、エレクトロキューションを獲得しました】
「遅いよ!!」
漸く痛みと痙攣から解放されたシリューは、大きく息を吸ってあたかも目の前にいるかのように、セクレタリーインターフェイスにツッコんだ。
「何で、痛いとか苦しいとかはレジストに時間がかかるんだよっ」
【攻撃の特性と種類、及び身体に対する影響の分析に僅かに時間が必要となります】
「……あ、そう。時間がね……。結果出る前に死ななきゃいいけど……」
【心配は不要です。ギリギリで間に合います】
言い切られた。
「ギリギリかい……」
呟いた自分の言葉に何かが引っ掛かった。
「……ギリギリ?……えっと……」
その時、再びグロムレパードの角が光るのが見えた。
シリューは咄嗟に横に跳んだ。一瞬遅れて、青白い幾つもの光の筋が、シリューの居た場所に降り注ぐ。一本一本が致死性の放電現象。
「避けて良かった。耐えられるけど痛いのは……うん、なしだな」
そして、今ので分かった事がある。
【ロックオン、魔法発動可】
「マジックアロー!」
刹那、頭上に光が輝きマジックアローが放たれる。
そしてまさに、その光が現れた瞬間、グロムレパードが動いた。
シリューがエレクトロキューションを避けた時と全く同じだ。
難しく考える必要はない。
つまり、魔法や特殊技能は、発動前に必ず前触れが起こるのだ。
要は、その前触れが見えた瞬間に動けば、躱すのはそれ程難しくないという訳だ。
勿論それを見極める目と、実行できるスピードがあってこそだが。
「さてと、どうするかな……」
魔法を使ったところで、状況は変わらない。ならば、イチかバチかで特攻を掛けるか。だが、助けるべき相手が死んでは、此処へ来た意味がない。
「待てよ、魔法を滅茶苦茶に撃って、その隙に……いや駄目だ、牽制は意味ないな……くそ、せっかくロックオンできるんだ、ミサイルみたいに飛んでくれれば……」
そして、またしても突然。
【マジックアローに自動追尾機能が追加されました。ホーミングアローに変化します】
「……なに……それ……」
【発射後に目標を追尾・撃破します】
「いや、分かるけど……そうじゃなくて……うん、まあいいや」
じわりじわりと包囲網を縮めるグロムレパード。
そのうちの一頭に狙いを定めロックオン。
「いくぞ! ホーミングアロー!」
マジックアローより若干遅い速度で、魔法の鏃が飛翔する。
目標のグロムレパードは余裕でこれを避ける。が、鏃はそこから角度を変え、一度は避けたグロムレパードを捉えた。
「つぎっ!」
二発目のホーミングアローが、正確に敵を補足・撃破する。
「いけえぇ、つ……」
グロムレパードが一斉に動いた。次々と角を光らせる。
「まずいっ」
シリューは反転し背後に庇った二人の傍らに立つ。
「伏せて!」
二人は言われた通り地面に蹲る。
そこへ、一斉に放たれたエレクトロキューションが降り注ぐ。
「ぐっ」
右手を高く掲げ、避雷針のように全ての放電を受ける。
痛い。ものすごく痛い。だがそれだけだった。今度は、身体が痙攣する事はなかった。
「いったいけどっ」
シリューは、グロムレパードの学習能力の高さに驚く。
これではここから動く事ができない。
しかし、ホーミングアローで一頭ずつ倒していては間に合わない。
グロムレパード達は何頭か犠牲になっても、確実にシリュー達を殺す方法を選んだ。
それは普通では考えられない行動だった。おそらくは魔物使いによって、強力な支配を受けているのだろう。
「くっそ、やられてたまるか!」
【ターゲットスコープ(光学照準システム)がストライク・アイ(統合目標指定システム)に変化しました。複数のターゲットを同時にロックオンする事が可能です】
「え?」
またしてもスキルの変化だ。
最早、驚きも超音速で通り過ぎて行く。
ただ、呆けている暇はない。
【ストライク・アイ、起動】
視界に映る全てのグロムレパードに赤いマーカーが表示される。視界に入り切らないものはPPIスコープ上でマーキングされた。
【ターゲットロックオン、マルチブロー(同時複数発射)での魔法発動可】
迷っている場合でもない。
シリューは即座に魔法を発動させた。
「いっけええええ! マルチブローホーミング!!」
シリューの頭上に十五の光が輝く。
「ファイアー!!」
一斉に放たれた魔法の鏃がミサイルのような軌跡を描き、それぞれ捉えた獲物をほぼ同時に屠ってゆく。
後に残ったものは静寂。
倒れた五人の男。
蹲る二人の女性。
二十体の物言わぬ魔物。
そして、ただ一人風に吹かれた髪を揺らし立ちすくむ少年。
「……ここまで来ると、戦闘機かイージス艦ってとこだな……俺ってホントに人間? だよね……」
シリューは、自分でも信じられない光景に、茫然と佇むしかなかった。
血の匂いを漂わせ、静かに風が吹く。
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