第22話 参上!
間に合うかどうかギリギリの所だった。
馬車を見つけた時、シリューの目に飛び込んで来たのは、剣を手にした男が、馬車の横で蹲る二人へ近づいて行く光景だった。
どちらを倒すべきかは一瞬で判断がつく。だが、走っても間に合わない。
魔法は、駄目だ。今の命中精度では、助けるべき相手も巻き込む恐れがあるし、例え相手が野盗とはいえ人を殺す覚悟はない。
そう思った時、またしても、セクレタリー・インターフェイスのガイドが表示された。
【ターゲットスコープ(光像照準システム)を起動します。目標の座標をセットして下さい】
考えている暇はない。シリューは蹲る二人と、剣を持つ男の間に赤いマークを目線で移動する。
【ロックオン、魔法発動可】
「いけぇぇぇ! フレアバレット!」
バランスボール大に調整した炎が、寸分違わず目標の位置に着弾し、一気に人の背丈の3倍以上の火柱を上げる。
剣を持った男は、炎の勢いに押され後ずさる。
「なっ、魔法使いかっ、何処だ!」
「ここだよ」
声と同時に、燃え盛る炎の中から影が飛び出し、男を打ち据える。男は何が起きたか理解できぬまま吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「何だっ」
「誰だてめえ!」
野盗の仲間達は次々と馬を降りて剣を構える。数は十二人。
吹き飛ばされた男も、起き上がりその列に加わった。殺さないように加減したのだが、少し力を抜き過ぎたようだ。
「今ので一人は潰しておきたかったんだけどな……」
シリューの呟きは、野盗達には聞こえなかった。
「お前、誰だ……」
先程シリューが殴り飛ばした男が口を開く。どうやらこの男が一団のリーダーらしい。
「……正義の味方ってとこかな……」
野盗達から一斉に笑い声が上がった。
「正義の……ぷぷっ」
「こいつ、馬鹿じゃねえのか」
「くくっ、腹いてぇ、くくくっ」
シリューはその様子に眉をひそめる。
「あ、やっぱ、正義の味方はないか……」
リーダーの男が歩み出る。
「大方馬車の中に、もう一人護衛が潜んでやがったんだろ。だがミスったな? さっきの魔法の隙に逃げ出してりゃあ、生き残る事もできたろうに」
男はニヤニヤと下卑た笑い浮かべる。自分達が圧倒的有利な立場にいると確信しているのだろう。
「……だな。お前らが」
シリューは右の口角を上げて笑った。あからさまに相手を挑発する態度だ。
「ちっ、殺せ」
リーダーの男は手下たちに顎でしゃくり指示した。
野盗達は剣を振り上げ一斉に襲い掛かる。
だが遅い。
ポリポッドマンティスやハンタースパイダーに比べれば、まるでスローモーションだ。
シリューは正面の男が剣を振り下ろす前に懐に入り、鳩尾に掌底突きを打つ。さっきよりほんの少し力を入れるように。
男の足が衝撃で宙に浮く。一人目。素早く切り返し右の男を蹴り飛ばす。二人目。
男が飛んで行く先にいるもう一人の脇腹へ、左フック。三人目。身体を回転させ、右脚で思い切り踏み切る。
今度は左へ。
僅か一歩で間合いを詰め、右の縦拳を放つ。これで四人。勢いをそのままに5人目を体当たりで弾き飛ばす。
そして、一人目の男が地面に転がった時、シリューは初めに立っていた位置に戻り、大きく息をついた。
全ては一瞬。
リーダーの男は、たった今起きた出来事に目を剥く。
「……な、何だ、今のは……」
男の目には、ただ影が流れたようにしか見えなかった。
「ザルツの旦那……どうします」
リーダーの隣に立った男が、目に明らかな怯えを映して聞いた。
ザルツは冒険者崩れで粗暴な男ではあったが、決して無謀でも馬鹿でもなかった。今、目の前で涼し気な笑みを浮かべているこの少年が、自分達より遥かに強い事を認められるくらいには。
「……お前、魔法使いじゃなかったのか……」
「あれ? 正義の味方って言わなかったっけ」
シリューはわざと惚けて見せた。
「さてと、で、どうする? 大人しく捕まるか、それとも……」
一旦言葉を切り、シリューは倒れて気を失っている男達を見渡す。
「こいつらと並んで昼寝するか、好きな方を選んでいいよ」
「ほう、随分とお優しいじゃねえか……」
それには答えず、シリューはじっと男を見据える。
ザルツは剣を鞘に納めると、指を咥え口笛を鳴らした。
「けどな……悪いが俺達はどっちも選ばねえよ」
そう言って右腕を高く掲げ、人差し指を立てた。
そして、ゆっくりと腕を下ろし指をシリューに向ける。
妙に芝居がかったその行動に、シリューは眉を潜めた。
「さあ! エサの時間だぜぇ!」
ザルツが叫んだ瞬間、唸りを上げて迫る灰色の影がシリューに襲い掛かった。
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