第21話 絶望を覆す! 思いは今
「止まるなっ、走れ!」
豪奢な装飾の施された馬車の御者台で、必死に手綱を取りながら、騎士のクリスティーナは生き残った者たちに叫んだ。
「何としてもナディア様をお守りするのだ!」
油断があった訳ではない。
だが、たかが野盗と侮ってはいなかったか?
野盗など我々の敵ではないと。
そんな思いがクリスティーナの頭を過る。
それは電撃的、といえる襲撃だった。
四台車列で進んでいた先頭の馬車が、突然攻撃を受けた。
護衛兵一個小隊二十人のうち十人が、ものの十数秒で命を落とした。
攻撃方法はおそらく、雷系の特殊技能による集中砲火。賊に魔物使いが混ざっているのだろう。
それ程広くない街道で先頭車両が止められた事により、続く三台も停止せざるを得なくなった。
四台目の馬車から、十人の護衛兵が素早く展開。だがこれは悪手だった。
雨のように降り注ぐ矢に隊列を乱された兵士たちは、その直後、左右の森から飛び出して来た野盗の集団によって、殆ど抵抗も出来ぬまま壊滅した。
事ここに至って、漸くクリスティーナは痛感する。
これは、ただの野盗の集団などではない。
訓練され、軍隊並みに統率されたゲリラ兵団なのだと。
半年程前から、このエラールの森に凶悪な野盗団が出没するようになった。
話は聞いていたし、注意喚起もされていた。
その為に今回の任務では、一個小隊二十人の兵士と、クリスティーナを含む騎士六人を護衛として随行させたのだ。
数では、いや、戦力でもクリスティーナたちが上回っていた。
しかしそれは広い戦場において、軍同士が正面から対峙した場合である。
今回のような見通しもきかず、十分な陣形もとれない森の中でのゲリラ戦では、数や戦力差はそれ程問題にならない。
倍の数の兵士がいたら……。
クリスティーナは他の騎士たちと共に、賊を切り伏せながら思った。
だが、例えそうであったとしても、戦況はさほど変わらなかっただろう。
問題は、想定外だった魔物使いだ。
「がっ……」
「っは、ぐ」
二人の騎士が身体を激しく痙攣させながら倒れた。
一瞬、クリスティーナの目に映った雷光。
「やはり雷系……
だとすれば、敵の使う魔物はかなり上位のものだ。しかも一頭や二頭ではない。
クリスティーナを含め騎士たちは魔法防御力の高い、ミスリルの鎧を着けている。
普通なら致死性のエレクトロキューションでも、一撃だけなら気を失う程度には耐えられる。
クリスティーナは倒れた騎士たちに目をやる。
一緒に訓練を受け、一緒に戦ってきた仲間たち。
「すまない」
目を背け、仲間たちへの思いを振り払い命令を下す。
「撤退する! 騎乗! 騎乗! ナディア様を守れ!」
心臓に矢を受け、絶命した御者を押しのけ御者台に座ったクリスティーナは、守るべき主人を乗せた馬車を即座に発進させる。
「がっ」
騎士の一人が走り出した馬から落ちて動かなくなった。
「星月夜に輝く瞬刃の火炎、緋色に染まり、かの敵を貫く槍となれ……フレアランサー!」
クリスティーナは行く手に立ち塞がる野盗に、炎の中級魔法を放つ。
僅か二十歳で騎士団第三隊の隊長に任命された彼女は、剣と槍以外に、魔法使いとしての才能にも恵まれていた。
「いくぞ! 続け!」
森を抜けるには、全力で馬車を走らせても一日は掛かる距離だ。
それまで馬たちが持つ筈がない。
「くっ。快速の矢、瞬け、マジックアロー!」
何度か道を塞ぐ野盗達を、魔法でやり過ごし馬車は疾走する。
どれ位走ったのか、時間の感覚も麻痺している。
クリスティーナが振り向くと、既に仲間の姿はなく、後方を追いすがる野盗達が見えるだけだった。
クリスティーナは俯き、ぐっと唇を噛みしめる。
「……私は……諦めないっ……たとえこの身が裂けても、任務を全うする……」
もとより命を惜しむつもりはない。
騎士として主に忠誠を誓った時、守るべき者の為に命を捧げる覚悟を決めた。
「そんなっ、行き止まりか!」
クリスティーナは慌てて手綱を引き、馬車を止めた。
街道を走っていた筈が、いつの間にかこの開けた場所に誘導されていたらしい。行く手には木が生い茂り、道は消えていた。
万事休すだ。
クリスティーナは馬車を降り、追ってくる野盗達に向き合い剣を抜いた。
「ナディア様、私が戦端を開きます。その隙にお逃げ下さい。どうかご無事で」
それは最早、単なる望みであった。
事此処に及んで、生き残る術がある筈もない。
いや、女である以上、戦って死んだ方が苦しみは少なくて済むのかもしれない。
「……私も……ナディア様も……」
だが、クリスティーナは首を振り、その考えを切り捨てる。
「私は絶望なんてしないぞ……」
こうなったら、一人でも多く道連れにしてやろう。
「こい! 下郎ども‼ 闘志の炎、十六夜の……っ!」
クリスティーナの思いは、誰にも届かなかった。
呪文を唱えようとした彼女を遮ったのは、見えない位置からのエレクトロキューション。
「あ、くっ……」
だが彼女は倒れない。
膝をつき、剣を杖代わりに身体を支え、近づいて来る男をねめつける。
「ほう、女か……こりゃあ思わぬ収穫だぜ」
馬を降り剣を抜いた男は、その凶暴な顔をいやらしく歪める。
「クリスティーナ!」
クリスティーナはその声に目を見開き動揺する。
ナディアが事もあろうか、駆け寄って来たのだ。
「い、いけませんナディア、様……は、はや、く、お逃げくだ、さい」
ナディアは、そっとクリスティーナの肩を抱き首を振った。
「貴方はよくやってくれました。もういいのです……ね」
ナディアの目線はそっとクリスティーナの剣へと移る。
クリスティーナは理解した。
それは主の望み、そして最後の命令。
ゆっくりと頷いたクリスティーナは、剣を握る手に力を籠める。
「おいおい、そうはさせねえぜ!」
男が、二人の意図に気付き走りだす。
その時。
凄まじい轟音と共に焼け付くような熱風が、クリスティーナとナディアの頬を薙いだ。
クリスティーナは目を開きゆっくりと顔を上げる。
そして、しっかりと自覚した。それが、今この状況を、迫りくる運命の全てを覆す、力そのものだという事を。
クリスティーナの思いは、届いていたのだ。
今そこに立つ、その人に。
彼女の目の前には、燃え上がる炎を背に、涼やかな笑みを浮かべた少年が立っていた。
「間に合って良かった」
少年は絶望と希望とを隔てた、その炎に向かって飛び込んでいった。
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