第20話 素敵です! ご主人様

「フレアバレット!」


 シリューの放ったラグビーボール大の炎の塊が、逃走しようとするゴブリンの背中に命中し、その上半身を跡形もなく消し去る。残った下半身はそのまま数歩進み、やがて力なく倒れた。


「随分慣れてきたけど……」


 朝から2時間程歩いただろうか。


 時折現れる魔物を魔法の練習がてらに倒しながら、シリューは森の中を彷徨っていた。


「すごいの。フレアバレットは初級魔法で普通あんな威力ないの。ご主人様のは、おっきくてすっごく激しいの、です」


「うん、ヒスイ。言い方おかしいからそれ」


 だがヒスイの言う通りだった。


 通常フレアバレットは拳程の大きさで、ゴブリン等最下級の魔物でも倒すのには数発が必要となる。桁外れの魔力を持つ葉月ほのかなら、一撃で倒せる威力を出せるが、それでもゴブリンの身体を穿ち燃え上がらせる程度だった。


 所詮初級魔法とはそのレベルなのだ。いやそのレベルの筈なのだ。


 なのにシリューのフレアバレットは、その常識を大きく逸脱していた。


 最初に発動した時、その夕日のような赤い火の玉は直径3mを超え、危うく森林火災を起こすところだった。


 そもそも魔力のないシリューには、魔力の調整はおろか魔力そのものが理解できていない。それでも何度か魔法を使い、試行錯誤の結果ようやく分かってきたのは、繊細なイメージを創り上げるという事だ。


 おかげで最初は直径3m以上の赤い炎だったものが、バランスボール並みのオレンジ色、そして今はラグビーボール大の白に近いオレンジ色と、随分小さくする事ができるようになってきた。


「……でも、威力がなぁ……」


 どうやら魔法一発の大きさは小さくなっても、エネルギーの総量自体は変わらないらしい。結果、エネルギーが圧縮された分、高温・高密度となり、ゴブリンの上半身を魔核ごと消し去る程の威力になった。なってしまった……。


「これじゃあ、売れる素材も残らないよ……」


 シリューは下半身だけになった、ゴブリンの死体を眺めて溜息をついた。


「もっと練習しないとダメだな」


 大きさ、威力に加え、命中精度にも問題があった。


 静止している標的でも僅かにずれるうえに、標的が動いている場合の命中率は三割程度だ。フォレストウルフ相手にはほぼ当たらなかった。


 目線の動きと魔法の発動のタイミング。おそらく、それが命中精度に関係している筈だ。


「次からはその辺を意識してみるか」


 役に立ちそうもない、ゴブリンの死体をガイアストレージに納め、何となく歩き出したシリューは、ふと思いついた事をヒスイに尋ねる。


「ねえヒスイ。君は森に詳しいんじゃないの?」


 ピクシーは別名、森の妖精とも呼ばれている。彼女に聞けば、この森が一体何処なのか分かるのではと思っていたのだ。


「……ここは、ヒスイの居た森じゃないの、です」


「え? じゃあ、他の森からきたのか?」


 シリューの肩に立ち上がって、ヒスイはじっくりと辺りを見渡した。


「ヒスイはアストワールの森のピクシーなの。……でもここは、多分エラールの森……なの」


 匂いや直観でその森の名前が分かるのは、ピクシーに備わった能力らしい。


「……ヒスイは、どうやってこの森に来たんだ。やっぱりその羽で飛んできたの?」


 翔駆を使った時に確認したが、この森はかなり広大な面積を持っている。アストワールの森との位置関係は分からないが、ピクシーの小さな身体と薄い羽根で移動できる距離とは思えなかった。


 ヒスイはぷるぷると首を振った。


「ヒスイは、そしたらワームホールに飲み込まれたの、です」


「ワームホール⁉」


 ヒスイの言葉から、いきなり興味を惹かれる単語が出た。


「ニンゲンやエルフは、“森の扉”と呼んでるの」


 ヒスイの説明によると、ワームホールは大きな森の中で極々稀に起こる魔力現象で、別々の森を結ぶトンネルのようなものらしい。


 原理は分からないが森の中にその入口が突如として現れ、付近にいるものを大きさに関係なく飲み込む。飲み込まれたものは、遠く離れた別の森の出口から吐き出される。


 トンネルは一方通行で出口から入る事は出来ず、生物を飲み込んだ瞬間に消えてしまう。


 前兆も予兆もなく予測もできない為、遭遇した場合まず逃れられない。そして、飲み込まれた者の大半に待つのは、死である。


 それもそうだろうなと、シリューは思った。


 いきなり勝手の分からない見知らぬ森に飛ばされるのだ、余程の運がない限り生き残るのは難しいだろう。


 シリューは肩に乗るヒスイを横目に見た。するとヒスイは何かを察したように舞い上がり、シリューの目の前に飛びそれからちょこんと頭を下げた。


「ヒスイはとても運が良かったの。ご主人様がいなかったら、ヒスイはきっと死んでたの。だから、改めてありがとうなの、です」


 シリューはくすりと笑った。何とも律儀なピクシーだ。


「さっきも言ったけど偶々だし、そんなに恩を感じる事ないんだけどなぁ」


「違うのっ、これはきっと運命なの、ですっ」


 ヒスイが胸の前で両手の拳を握り、興奮ぎみに力説する。


「……なんか、段々大げさになっていくような……」


 それにしても興味深いのはワームホールである。


 ヒスイの話を聞く限り原因や規模は別としても、現象自体は元の世界のものとほぼ同じに思えた。


 魔力が絡むのか、重力が絡むのか……。機会が出来ればぜひ研究してみたいものだ。


 そんな事を考えていた時だ。遠くから微かに聞こえてくる音に気付いた。


「ん? ヒスイ……今音が聞こえなかった?」


 ヒスイは手を添えじっと耳を澄ます。


「……なにも聞こえないの……」


「気のせいかな……」


 そうではなく、おそらく超強化された聴力のせいだろう。意識しなければ聞こえ方は普通と変わらないが、非日常的な音や警戒が必要な音は敏感に拾う。


 シリューは目を閉じ、聞こえてくる音に集中する。


 鳥の声、木々のきしみ、風が揺らす枝葉や草。雑多な音の中から、目的の音だけを選び探り出す。


 そして。


「やっぱり聞こえる」


 狂ったように疾走する馬車の車輪の音と、それを追い掛ける馬の蹄の音。


「誰か、襲われてる?」


 数も状況も詳しくは分からない。かなりの速度が出ている事から、馬車は森を抜ける街道を進んでいるのだろう。そして、集団に続く音が聞こえないという事は、魔物に追われて集団で逃げている訳ではなく、逃げる馬車を馬に乗った一団が追い掛けていると思われる。


 この場合一番考えられるのは。


「野盗に襲われてるのか……」


 放っておくという選択肢もある。気付かなければそれでもいいだろう。


 だが気付いてしまった。


 気付いた以上、自分にできる可能性があるのなら、やらないという選択肢はない。陸上でもこの世界に来てからでも、シリューはずっとそうして来た。


 偽善者……。何処かの誰かからはそう呼ばれるのかもしれない。


「……何でもいいさ。俺は、やりたい事をやるだけだ」


 ただ、困った事が一つ。音が遠すぎてはっきりした方向と距離が掴めないのだ。


「参った、闇雲に走ってもなあ……」


 そう思った時。



【固有スキル、探査による探知・測距を行いスコープに表示します。対象を設定して下さい】



 いきなりの新スキルに少し驚く。が、ぐずぐずしている暇はない。


「対象は音の発信源だ、頼むぞ」


 すると、視界の右上部に円形画面が表示され、その画面の左上に黄色い輝点が現れた。


これは、自分の位置を中心として、探知した目標を鳥瞰的に表示する、レーダーのPPIスコープそのままだ。



【前方11時の方向に対象物。距離5.283Km】



 約5Km、間に合うかどうかギリギリのところだろう。


「ヒスイ!」


「は、はい、です」


 真剣な顔で名前を呼ばれた事に、ヒスイはびくんと肩を震わせた。


「全力で走るから、ここに入ってて」


 シリューに促され、ヒスイは胸のポケットに身を潜める。


「狭いけど、暫く我慢してくれ」


 指先でヒスイの頭を撫でると、シリューは全力で目標に向かい走りだした。


「……真剣な顔のご主人様も……素敵なの……」


 ポケットから顔だけ出したヒスイは、凄まじい勢いで流れて行く風景を眺めながら囁いた。

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