第10話 強敵

「皆! 魔物から離れてしゃがんで!!」


 僚は、その場にいる全員に聞こえるように大声で叫んだ。


 騎士達は、その声の主が勇者一行の一人と分かると、すぐさま魔物から間合いを取って身を屈めた。


 僚はパティーユを庇うように膝をつき、拳を握った左手を突き上げる。


 拳を開く。


 一呼吸。


 大きく振り下ろす。


 次の瞬間。


 風を切り裂く唸りと共に、水の魔力を纏った矢と氷の槍が飛来し、次々と魔物たちを貫いて行く。


 恵梨香の弓術、驟雨しゅうう


 ほのかの魔術、アイスランサー。


 続いて直斗の放った、サンダースピアが閃き、一瞬遅れて耳を劈く轟音が響く。


 淀みない一連の流れによる攻撃は、ブルートベアの群れを一掃し戦況を覆す。


「僚っ、後ろ!」


 生き残ったブルートベア二頭が、僚の背後から迫るのを見てパティーユが叫ぶ。


 剣は先程倒したブルートベアに突き刺さったまま、僚は武器を持っていなかった。


 其れにも拘わらず、僚は微笑んで人差し指を立てた。


〝1〟


「はあぁぁっ! 飛龍閃!!」


 有希の飛び蹴りが、一頭のブルートベアの頭を粉砕する。


 続いて中指を立てる。


〝2〟


「くらえ! 旋風斬!!」


 残ったブルートベアを、直斗が一刀のもとに両断する。


 僚はゆっくりと立ち上がり、剣を引き抜いた。


「明日見君っ、飛ばし過ぎ!」


 有希が両手を腰に当てて、首を傾げるように僚の顔を覗き込む。


「まったく、付いてくのに苦労したぞ」


 直斗は軽く首を振り肩をすくめた。


「ほんと、わたしたち体力派じゃないんだよ」


「でも、間に合いましたね」


 追い付いてきたほのかと恵梨香は息を切らしている。


「皆様……」


「勇者様!!」


 パティーユが安堵の顔で囁き、騎士達は闘志を再興させて叫んだ。


「あとは、あのでかいヤツだけか……」


 直斗がポリポッドマンティスに向け真っすぐに剣を向ける。


「うわ、キモっ。」


 有希は顔をしかめながら、背中に装備した2本のスティックを引き抜き、目の前で連結する。それを回転させて上に放ると、更に2本を同じく連結し素早く左手へ。最後に落ちて来たものを右手で受け、左手のものと連結させ2m40cmの棍を完成させた。


「氷結せし霊槍の穂先よ、不動なる敵を貫け……いくよ、アイスランサー!」


 ほのかの魔法を合図に、正面から直斗、右翼から有希、左翼から僚がポリポッドマンティスに向け駆けだす。


「行きます、双牙!」


 恵梨香の放つ風の矢は、空中で二つに分かれ加速しながらポリポッドマンティスに迫る。


 ポリポッドマンティスは躱しもせずその身に受ける。


 氷の槍も風の矢も、硬い外骨格に遮られ悉く砕け散る。


「傷一つ無しか、これならどうだ! 雷振破!!」


 直斗が剣を振り抜くと、雷を纏った衝撃波が大地を抉りながら突き進み、ポリポッドマンティスを捉える。


 だが雷も衝撃波も体表を滑るように流れて行く。


「なっ、硬いだけじゃないのか」


 立ち止まった直斗に、二本の前脚が襲い掛かる。


「日向さん! まともに受けちゃだめだ」


 僚が叫び、直斗は咄嗟に剣でいなす。


 対処できないスピードではない。


 だが、鎌状の前脚による攻撃は絶え間なく続き、躱すかいなすかが精いっぱいで、それを掻い潜る事ができない。


「全然近づけないよっ」


 有希が嘆きながらも、巧みに棍を操り攻撃をいなしてゆく。


「一旦下がってください!」


 恵梨香が弓を番える。


「翔破!」


 矢はポリポッドマンティスの足元に中り、土煙を上げて爆発した。


 勿論、外したわけではない。


「無情なる槍手の刃、その爪痕を残し、地の果てに轟け……メタルランサー!!」


 ほのかの詠唱が終わると同時に、土煙からポリポッドマンティスが顔を出す。


 狙いは一点。


 鋼刃の槍が寸分違わず、ポリポッドマンティスの口へと飛翔する。


 最も柔らかいはずの、口の中を狙った一撃。


 だが、恵梨香とタイミングを合わせ、不意を衝いたはずの魔法の槍は、左右に動く顎にガッチリと咥えられ霧散する。


「そんな……」


 現在ほのかが使える中でも最大の貫通力を誇る、土魔法岩石系の上位である鉱石系中位のメタルランサー。


 それがいとも簡単に止められた事に、ほのかは茫然となる。


 無防備なほのかに二本の前脚が迫る。


「ほのかさん!!」


 恵梨香の声に我に返ったほのかの目に、迫りくるポリポッドマンティスの前脚が映った。


 その瞬間、淡紅色で透明なドーム型の壁がほのかを覆う。


 ほのかの固有スキル、バリア。


 一定時間、あらゆる攻撃を無効化する障壁。


 だが、ほのかの顔が苦しそうに歪む。


「え? う、嘘……」


 完全な防御を誇るはずのバリアが、僅か数発の攻撃で崩壊し始めたのだ。

 

「ほのか!」


 その様子に気付いた直斗が叫ぶ。しかし直斗の位置からでは到底間に合わない。


「きゃああっ」


 遂にバリアが完全に消失した。


 顔を伏せて蹲るほのかに、ポリポッドマンティスの無慈悲な一撃が振り下ろされる。


 鎌状の前脚がほのかを捉えるかに見えたその時。


 弾丸を思わせるスピードで僚が飛び出す。


 僚はそのまま躊躇わずに、体ごと激しく前脚にぶつかる。


 前脚は軌道を変えほのかの脇の地面を抉る。


 恵梨香は目の前で起こった出来事に息を飲んだ。


「葉月さん、穂積さんっ、下がって!!」


 僚は、すぐさま立ち上がり剣を構えるが、ぶつかった衝撃のせいで足元が覚束ない。


 そこへターゲットを僚へと移したもう一本の脚が、横薙ぎに襲い掛かる。


 躱しきれない。


 僚は剣で受けるが、いなす事が出来ず吹き飛ばされる。


「ぐっ」


 そのまま地面に叩きつけられ、二度三度と転がった。


「……痛っ」


 直ぐに立ち上がろうとするが、胸に鋭い痛みが走り動きが止まる。


 両断こそ防いだものの、肋骨が何本か折れたらしい。だが、ゆっくりしている暇はない。僚は痛みを振り切り上体を起こす。


 顔を上げた僚の目に映った更なる追撃。


「やばいっ、剣が!」


 吹き飛ばされた時手放した剣が、1m程先に転がっていた。


「僚―――!!」


 パティーユの叫び声が聞こえた。


 僚は顔を反らし、目を閉じる。と、同時に激しい衝撃音。


「え?」


 ポリポッドマンティスの攻撃は何故か僚を逸れ、転がった僚の剣を粉砕した。


 そしてもう興味はないとばかりに、直斗たちに向き直るポリポッドマンティス。それ以上の追撃が僚に加えられる事はなかった。


「……逸れた?……逸らした?」


 僚は今起きた一連の流れを振り返り考える。


「運が良かったのか?……いや……」


 今まで正確な狙いで攻撃してきた相手だ、動けない者に対して狙いを外すとは考えられない。ましてや意図的に攻撃を逸らすなどあり得るだろうか。


「待てよ……だとすると……」


 何かが引っかかる。


「僚! 大丈夫ですかっ」


 パティーユが駆け寄り、僚の脇に屈みこんでそっと手をまわした。


「すぐに治療しますから」


 パティーユは右手を僚の胸に添えた。


 それを見た瞬間、僚にある考えが閃く。


「パティ! 待って」


 僚はパティーユの右手を握りしめた。


「ですがっ」


 訳が分からずパティーユは困ったように眉をひそめる。


「大丈夫、痛みは我慢できるよ」


 僚はパティーユの手を放しゆっくりと立ち上がった。


「それよりパティ、やって欲しい事がある……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る