第3話 協力しよう

「……で、どう思う」


 直斗はゆったりとしたソファーに腰掛け、他の四人に問いかけた。


 ここは召喚の間から程近い、応接室の一つ。パティーユから一通り状況の説明を受けた後、五人だけで相談したいと彼女には席を外してもらった。


「なんか信じらんないけど……現実なのよね」


 有希は顔を上げずじっと自分の手にある指輪を見つめていた。


 ひとつ。この世界には魔力が存在し、それの源となるマナで満たされている。


 ひとつ。この世界に存在する無機物以外の全ては魔力を内包している。


 ひとつ。この世界の生物は活動する為に魔力を使い、マナを消費する。消費されたマナは魔素(瘴気)として排出され、その魔素が魔物を生む要因となる。


 そして数百年に一度、世界中を覆いつくす程の魔素が一つに集まり、この世界を滅ぼしてしまう規模の大災厄が発生する。


「そしてその大災厄に対抗する手段が、異世界からの勇者召喚……ですね」


 恵梨香の言葉に全員が頷く。


「でも、俺の場合は……どうなんでしょう」


 僚の疑問はもっともだった。


 自分のステータスに勇者や従士の称号も、おおよそ戦闘に必要と思われるスキルも全く無かった事から、僚はこの世界での自分の立ち位置を把握出来ずにいた。大災厄に対処する力があるのかと。


「大丈夫だって、皆で力を合わせれば何とかなるし。ええと、明日見……君だったっけ。俺は日向直斗、聖稜高校の三年だ、よろしくな」


「直斗はこの間まで、野球部の主将だったんだよね~」


 有希が横からにこにこと付け加える。


直斗は180cmを超える身長で、日焼けした肌にきりっとした眉と目鼻立ちは、いかにもスポーツマンのさわやかなイケメンだ。


「明日見僚です。江南工業の二年です」


「へえー、いっこ下だったんだ。落ち着いてるから同い年か大学生かと思っちゃった。あたしは高科有希、よろしくね」


 有希は顔を僚の方に向けたまま、直斗を指さした。


「直斗はさ、こう見えてまあ割と頼りになるよ。で、あたしも空手部の主将だから、かなり頼りになると思うよ」


 有希は直斗に向けていた右手で、自分の胸をぽんっと叩いた。


「俺は割と、でお前はかなり、かよ」


「間違ってないでしょ」


 そう言って有希はいたずらっぽく口元を緩めた。


「明日見君って、部活やってるよね?」


 有希がそう尋ねたのは、直斗程ではないが、僚が健康的に日焼けしている事と、細目に見えて、意外と厚い胸板が制服の下からでも分かったからだ。


「一応陸上部で短距離やってます」


「陸上かぁ、俺も足にはそこそこ自信あるんだけど。因みに100m何秒?」


 直斗が興味深々といった様子で聞いた。というのも聖稜高校には陸上部が無かったからだ。


「ええと、公式の自己ベストは10秒98ですけど……」


「はやっ!!」


 直斗と有希の声が被る。


「日向さん、今度一緒に走ってみたらどうですか」


「い、いや、遠慮しとくわ」


 恵梨香はただ野球部と陸上部の対決を見てみたいだけだったのだが、直斗は何度も首を振り即断で拒否した。


 恵梨香は右手を口元に当てて、楽しそうにくすりと笑う。


 意外にも直斗はイジラレキャラらしい。


「初めまして、わたしは穂積恵梨香といいます。一応弓道部の部長でした。宜しくお願いしますね」


「あ、はい」


 恵梨香は切れ長の瞳でまっすぐに僚を見つめた。穏やかな表情だが、その視線には射貫く様な迫力がある。


「恵梨香ちゃんは誰にでも敬語なんだよねぇ」


 おっとりとした話し方で、ほのかは丸く黒目がちな瞳を細める。


「私は葉月ほのか、えーと、吹奏楽でフルートをやってるの。よろしくね明日見くん」


 交差点で僚の声に気付き、振り向いた少女だ。


 僚は何とも言えない気まずさに、思わず目を反らし頷いた。


「明日見くんって、照れ屋さん?」


 僚の仕草を見てそう感じたのだろう。


「あの、す、すいません」


 実際、女の子と話すことにあまり慣れていない。美亜とは普通に話ができるのだが、ほかの女の子だと緊張してしまい、うまく言葉が出ないのだ。


 そのせいで、クラスの数少ない女子生徒からも、ぶっきらぼうとか無愛想とか言われていたが、ほのかはいい方に捉えてくれたようだ。


「ねえ明日見くん。さっきの交差点で……たしか、って言ったよね」


 ほのかの問いかけに、全員の視線が僚に集まる。


「あの、それは……」


 小さく呟いただけのはずだと思っていたが、ほのかには聞こえていたらしい。


「それって、森崎美亜ちゃんの事?」


 僚は目を丸くして顔を上げた。まさか森崎美亜の名前がほのかから出てくるとは思わなかったからだ。


「美亜を知ってるんですか?」


 よく考えてみれば、美亜も直斗やほのか達と同じ、聖稜高校の生徒だったのだ。


 彼らが知っていても不思議では無い。


「私たち、仲良かったんだよ」


 ほのかは首をちょこんと傾げて微笑んだ。


「え? もしかして美亜の言ってた彼氏って、明日見君の事だったの?」


「美亜さん、最後まで名前は教えてくれませんでしたけどね」


「そういや、誕生日に貰ったストラップ、嬉しそうに見せてくれた事あったな……」


「そう、それに……」


 僚は四人の話を聞きながら、そっと目を閉じてそのストラップとネックレスを渡した時の事を思い出していた。新聞配達のバイトで買った、初めてのそして最後の誕生日プレゼント。少し奮発したそのプレゼントを美亜は弾けるような笑顔で受け取ってくれた。


 そのネックレスが入った胸のポケットを、僚はぎゅっと握って微笑んだ。


「明日見くん? ……あ、ごめんね辛い事思い出させちゃった?」


 下を向いた僚の表情は、向かいに座るほのかには見えなかったのだろう。


 ほのかだけではない、他の三人の話し方からも本当に仲の良い友人達だった事が伺えた。


「いえ、そうじゃなくて……、美亜の事を大事に思ってくれて、覚えててくれる人が俺以外にもちゃんといたんだって思ったら、なんか嬉しくて……」


 死んでしまったとしても、誰かが忘れずにいれば、その人の存在が消える事はない。


 いつかどこかで聞いた言葉が、僚の胸を過る。


「大丈夫、誰も忘れてないさ」


 隣に座る直斗が僚の肩に手を置く。


 僚が顔を上げると、直斗は笑顔で頷いた。


「……ありがとう、ございます」


「う、あたし泣きそう」


 有希はそう言いながら、すでに溢れんばかりの涙をためている。


「有希ちゃん、気が強いけど泣き虫だもんねぇ」


「ほのかさん、そこは涙もろいと言ってあげましょうね」


「どっちも変わんない!」


 涙を溢れさせながら笑う有希と、それにつられて笑う直斗、恵梨香、ほのかの3人。


 その様子を見て、僚の顔にも笑みが浮かんだ。


「今回の事は、森崎が引き合わせてくれたのかもな……」


 直斗はソファーからゆっくりと腰を上げた。


「うん、あたしもそう思う」


 涙を拭った有希が、直斗につづいて立ち上がる。


「明日見さんとわたし達が一緒に召喚されたのは、決して偶然では無いと思います」


「きっと私達だけじゃなくて、明日見くんも必要だったんだよ」


 恵梨香とほのかが立ち上がって僚を見つめ、頷いた。


 直斗は有希達三人を見渡した後、困惑した様子で座ったままの僚に右手を差し出し。


「だから皆で協力しようぜ。そんで皆で大災厄ってやつを乗り切って、皆で元の世界に戻ろう。俺たち……な」


「……はい」


 僚は立ち上がり直斗の手を取った。

 

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