第2話 えっ? 4人じゃなくて、5人?

 白い大理石の床に描かれた、金の魔法陣から淡い光が立ち昇る。


 その神々しい光は一気に強さを増し、家一軒がまるごと入るほどの広さがあるホールを明るく照らす。


「成功……です」


 パティーユはその美しい顔を僅かに歪めよろめいた。


 勇者召喚の儀。


 それは人並み外れた魔力を誇る彼女にあっても、そのほとんどを使い果たしてしまう程の術であった。


「姫様!」


 後ろに控えた四人の女官と、護衛とおぼしき男二人が、慌ててパティーユを支えようと手を伸ばすが、彼女は気丈にも差し伸べられたその手を制した。


「大丈夫です」


 碧く煌く腰にまで届く髪が魔法陣から溢れる光に揺れる。


 髪と同じ色の丸く大きな瞳を見開き、パティーユは目の前の魔法陣をまっすぐに見つめた。


 立ち昇る光の中に、ぼんやりと影が浮かぶ。


 影は徐々に輪郭を表し、ゆっくりと減衰してゆく光とは逆にやがてはっきりと人の形をとる。

 

 そして立ち昇る光が完全に消えた時、魔法陣の上には四人の男女が立っていた。


「な、何だっ」


 四人の中でただ一人の男である少年が、目の前に立つ人影に気付き咄嗟に三人の少女達を庇うように前に出た。


「ちょっと、なに此処?」


 緩くウェーブのかかった髪を短く纏めた少女が、その勝気な瞳に不安げな表情を浮かべながらも、少年の斜め横に立ち両拳を握り半身の構えをとる。


「恵梨香ちゃん、私たち交差点にいたよねぇ」


その二人の後ろで、肩にかかる髪をかきあげながら、少し垂れ目気味の少女がおっとりとした声で呟いた。


「この状況でも、マイペース……ですか。流石ほのかさんですね」


切れ長の目を細め、長身でポニーテールの少女が半ば呆れた様に、隣りに立つほのかの顔見る。


「直斗、どうなってんのこれ」


「俺にも分かんねーよ、有紀」 


直斗は空手の構えをとる有紀をちらりと見やり、正面に立った者達に向き直る。

 

 パティーユは警戒心をあらわにする直人達に向け、ドレスの裾を両手で摘み、にっこりと微笑んでお辞儀をした。


「皆様、ようこそ……」


「姫様、言葉が」


「あ、そ、そうでした」


 害意が無いことを示すため挨拶を交わそうとしたパティーユだが、女官の一人に声をかけられ、そのままでは言葉が通じない事を思い出した。


「例の物を」


 パティーユの指示に、一人の女官が銀製の箱を両手で持ち、直人達の前にゆっくりとした所作で進み出た。


「指輪?」


 直斗が捧げる様に差し出された箱の中を確認すると、そこには四つの指輪が並んでいた。


 訝し気に箱の中を覗き込む直斗に、パティーユは身振り手振りでそれをはめる様促す。


「これを付けろって?」


「直斗……」


 心配そうに見つめてくる有希の声に、伸ばした手を一瞬止めた直斗は目を閉じ、大きく深呼吸をした後。


「迷ってても仕方ねーか」


 指輪の一つを取り左の中指にはめた。


「言葉が……分かりますか?」


「え?日本語……、ってこの指輪が翻訳してんの?」


 今まで何を喋っているのか全く分からなかった相手の言葉が、いきなり日本語で聞こえて来た事に直斗は驚き、付けた指輪を掌を返しながらじっくり観察した。振り向くと三人も同じように、目を丸くして指輪を見つめている。


「改めてご挨拶を。私はパティーユ・ユミルアンヌ・エルレイン。勇者様、従士様方、ようこそ我がエルレイン王国へ。我々はあなた方四人を歓迎いたします」


 パティーユは優雅な所作でお辞儀をした。


「勇者? なにそれ……」


「詳しいご説明させて頂きます。ですが場所を変えましょう、どうぞ……」


 その時。


「あの……」


 パティーユの言葉を遮る声が聞こえた。


「四人じゃなくて、五人みたいなんですけど」


 全員が一斉に声のした方に顔を向けた。


 直斗たち四人の後ろ、少し離れた所に確かにもう一人。


「え?」


 パティーユは大きく目を見開いて、もう一度その声の主を見た。


「ええええっ⁈」


 それは、想定外の五人目の召喚者だった。




 その後、落ち着きを取り戻したパティーユによって、僚たち五人は召喚の間とは別の部屋へと案内された。


「これは賢者の石板と言って、自分のステータスを開示する事ができます」


 パティーユは、テーブルに置かれた石板を手で指し示した。


 それはA3サイズより少し小さい大きさで、石で出来ているとは思えないくらい美しい艶があり、全体が黒く輝いていた。


「なんか、タブレットっぽいな……」


 直斗の漏らした感想は、それほど的外れでは無かった。


「この石板に手をかざしてみてください」


 パティーユに促されて、直斗が石板に手をかざした。

 


“ 日向 直斗 ”

 称号 勇者 世界に勇気を与える者 魔法剣士

 年齢 18歳

 魔力 1500

 魔力量 4770

 固有スキル バーニング:味方の全ステータスを一定時間五~10倍に上げる

 スキル 

 魔法:火、水、風、土、雷、無、空間、光

 属性攻撃:火、水、風、雷、光

 剣術、槍術、聖剣技

 身体能力補正

 アビリティ:魔力、覇力、理力



「す、素晴らしい能力です……文献で見た事はありますが、実際に目にすると……」


 パティーユは石板に映し出された直斗のステータスに、驚きを通り越し茫然となる。


「やっぱり直斗が勇者かぁ、ま、そうだよね。じゃ次はあたしね」


 

“ 高科 有希 ”

 称号 従士 勇者と共に在る者 闘士

 年齢 18歳

 魔力 880

 魔力量 3010

 固有スキル バースト:敵一体の魔法効果を無効化

 スキル 

 属性攻撃:火、風、土

 拳闘術、棒術、鏢術

 身体能力補正

アビリティ: 魔力、覇力



「なんか、直斗に比べるとしょぼいなあ」


「いえ、そんな事は有りませんよ。現在この国で最も高い魔力を持つ者でさえ160なのですから。それにあくまでも初期値です、成長すれば更に増えるのですから」


感嘆の声をあげるパティーユに、有紀は表情を緩める。


「次は、わたしですね」



“ 穂積 恵梨香 “

 称号 従士 勇者と共に在る者 弓術士

 年齢 17歳

 魔力 1050

 魔力量 3000

 固有スキル バスター : 敵一体の攻撃力、防御力を下げる

 スキル

 属性攻撃 : 風、水、火

 弓術、短剣術

 アビリティ:魔力、覇力



「へえー、恵梨香は弓道部だから弓術士なんだ」


 有希が横から石板を覗き込み、自分よりも背が高い恵梨香の顔を見上げた。


「有希さんは空手部だから闘士で拳闘術なんですね」


「俺は野球部だから、剣士とは関係ないけど」


 二人の会話に直斗が首を捻る。剣と野球では共通点など無いように見えるからだ。


「あ、でも直斗の場合バット振り回してるじゃん」


「いや、振り回してねーし……」


「直斗君、アブナイ人みたいだねぇ」


 ほのかが全く悪びた様子もなくにっこりと微笑む。


「ほのか、なんか違うってそれ」


 彼らの後ろで聞いていた僚も思わず噴き出した。と同時に微妙な違和感を覚えて眉をひそめる。


「じゃあ、次は私がいくね」



“ 葉月 ほのか “

  称号 従士 勇者と共に在る者 魔導士

 年齢 18歳

 魔力 1800

 魔力量 5820

 固有スキル バリア 任意の味方に一定時間、物理・魔法による攻撃を完全に無効化する障壁を展開する

 スキル

 魔法:火、水、風、土、雷、無、空間

 身体能力補正

 アビリティ:魔力、理力



「アビリティっていうのはどういう意味なんですか?」


 僚はそれまで誰も言わなかった疑問を口にした。


「あ、それ。あたしも聞こうと思ってたんだよね」


 有希がそう言うと、残りの三人を大きく頷いた。


「アビリティは、そうですね行使できる能力といったところです。魔力は魔法や属性を武器にのせる力、覇力は肉体を強化したり身に纏わせる事で、攻撃力を大幅に上げる力で闘気とも呼ばれます」


「理力は?」


「少し難しいのですが、物理的に作用する力です。例えば物に手を触れず動かしたり、目に見えない盾を出現させる事が出来ます」


 パティーユはそこで一旦区切り、皆の顔を見渡した。五人は頷いて理解した事を伝える。


「ただ、それぞれの力を同時に使う事は出来ませんので、注意して下さいね」


 と、そこまでは良かった。


 問題は、僚が石板に手をかざした時。



“ 明日見 僚”

 称号 ???? 想定外の異世界召喚者 ***

 年齢 17歳

 魔力 0

 魔力量 0

 固有スキル ―――

 スキル

 身体能力補正

 アビリティ:―――

 

 ギフト:生々流転 覚醒



「なんか、ツッコミどころ満載って言うか、色々問題ありって言うか……」


 僚は石板に表示された自分のステータスに、思わずツッコミを入れたくなった。前の四人と比べてあまりにも酷い。が、ここまで酷いと逆に冷静になるものだ。


「名前があるだけでもマシか」


 明日見僚という名前は親が付けたものでは無く、児童養護施設の経営者が後見人となって付けてくれた名前だった。


 だからひょっとしたら名前が表示されないのではと、もしくは本当の親が付けた名前が表示されるかもしれないと思っていた。


 特に気に入りも嫌いもしていない名前だったが、普通に表示された事になぜか安心している自分が可笑しかった。


「そ、そんな……あり得ませんっ、魔力0なんて」


 代わりに焦った声をあげたのはパティーユだった。


「この世界に生きる者は全て、魔力を持っているのです、それなのにっ」


「ほら、俺この世界の人間じゃないし、別に何ともないから大丈夫だと思うんですけど……」


 僚は極めて冷静に対応した。昔からあまりものに動じず、冷静に状況分析を行う性格なのだ。


「あのっ、ご自分のステータスなのですよ」


 パティーユの真剣な慌てぶりと表情を見て、僚は思わず口元を緩めた。この人は本気で心配してくれているのだろう。


「ステータスっていってもよく分からないし。それに他にも、称号が『?』とか『*』とか」


「それに固有スキルとアビリティが『―――』だしね」


 僚の右から覗き込んだ有希が腕を組み首を傾げる。


「でも皆には無いギフト『生々流転』と『覚醒』ってのがあるな」


 直斗は石板に間隔を開けて表示された文字を指さした。


「ギフト、というものも初めて目にしました、一体どういう能力なのか……」


 パティーユは眉根を寄せ真剣な顔で考えこむ。


「生々流転……世の中の全ての物は次々と生まれ、時間とともに常に変化し続ける……という意味だったはずです」


「さっすが恵梨香、よく知ってたねそんな言葉」


 恵梨香の淀みない説明を聞いて、有希は目を丸くして少し大げさに驚いて見せた。


「もしかするとこの生々流転というギフトが、ステータスに影響しているのかもしれません。明日見様だけが指輪無しで言葉が通じるように」


 パティーユはまだ心配そうにしていたが、僚はそれほど気にしていなかった。


 身体や精神に影響が無ければ、心配する必要は無いだろう、そう思っていた。




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