生々流転ではじまる異世界浪漫!~魔力もスキルもないけど俺だけが持つ「生々流転」はどんな逆境も覆せる最強のギフトだった~

水辺野かわせみ

第一章 エルレイン王国編 召喚

第1話 振り向けば異世界?

「どうしたの? 僚ちゃん。さっきから何かソワソワしてるけど?」





前日まで降り続いていた雨があがり、梅雨時期には珍しく雲一つ無い紺碧の空が広がる、穏やかな日の公園。





 大きな池の外周を囲むカラー舗装の遊歩道を隣に並んで歩く森崎もりさき美亜みあは、先ほどから落ち着かなげに視線を移す明日見僚あすみりょうの顔を覗き込み、ちょこんと首を傾ける。


「いや、別に、そんな事、ないけど」


 さっと顔を背ける僚の態度は、明らかに何かを隠しているのがみえみえだった。


「あ、もしかして僚ちゃん、えっちなこと、考えてた?」


 美亜がいたずらっぽく笑って僚の前にまわり、後ろ向きに歩き出す。


「ばっ、ち、違うっ」


 少し前かがみに手を後ろで組み、大きなアーモンドの瞳で僚を上目遣いに見つめる美亜の、長いストレートの髪が一筋肩から流れて落ちる。


 パステルピンクのボーダーニットに浮き立つ胸が、斜め掛けしたバッグのストラップでより強調されている。


 ニットに合わせた白のプリーツスカートはかなりの膝上で、動くたび、風が吹くたびに危うく揺れる。


〝ちょっとあざといかなぁ?〟


 美亜はそう思ったが、狙ってやっているのだ。まったく考えていないと言われてしまうのは、それはそれで悲しい気分になる。


 ただ、僚が落ち着かない理由がそれだけではない事ぐらい、美亜にもちゃんと分かっていた。


〝今日、僚ちゃんから誘ってくれたって事は……そ、そういう事、だよね?〟


「ねえ僚ちゃん、ちょっと座ろ?」


 美亜は僚の右腕をとり、木陰のベンチを指さす。


「ああ、待って。ほら、この上に座れよ。白のスカートじゃ、汚れ目立つし」


「うん、ありがと。やっぱり僚ちゃんは優しいね♪」


 腰を下ろそうとした美亜の手を引き、僚は自分のバッグの中から取り出したタオルをベンチに広げた。


ぽふんっ、と座った美亜のスカートが揺れ、中のピンクが見えたのは僚だけの秘密だ。


 僚は美亜の左に、少し間を空けて座る。


「あ……んん……まあ、いっか」


 聞こえないくらいの声で、美亜が呟いた。どうせぴったりくっついて座ったとしても、僚は必ず間を空けて座りなおす。


「ねえ僚ちゃん、お腹空かない?」


「うん、そうだなぁ。どっか食べに行く?」


「それもいいけどぉ……」


 美亜はバッグの中から、ランチクロスで包んだ弁当箱を取り出した。


「じゃーん。実は、作ってきちゃいましたぁ!」


 クロスの中身は折り畳みのサンドイッチケースで、蓋を開けると色味も綺麗なサンドイッチが並べられていた。


「卵に、ハムレタスに、ツナ。それから……」


 美亜はべつの少し小さめなケースを開け、中のサンドイッチを一つ摘まんで取り出す。


「ホイップフルーツっ。僚ちゃん、好きでしょ」


「あ、おお……いただきます」


 僚は、目の前に差し出された、ホイップクリームとバナナのサンドイッチを嬉しそうに頬張る。


意外に甘党な僚の横顔を眺めて、美亜はたおやかに目を細めた。


「あ、そうだ美亜っ」


「え、あ、なにっ?」


 唐突に名前を呼ばれ、美亜は少し上ずった声をあげた。


 ホイップサンドを一つ食べ終えた僚は、美亜の用意した紙おしぼりで綺麗に手を拭い、左側に置いたショルダーバッグのファスナーを開く。


 それから、少しだけ迷ったあと、ゆっくりと確認するようにバッグの中身を手に取る。


「美亜、誕生日おめでとう」


 僚は思いっ切り感情を込めた声で、ピンクのリボンの掛かった包を美亜の目の前に掲げた。


「……え? うそ、ホントに? あ、ありがとう」


〝おめでとう、って言ってくれるだけで嬉しいのにっ……〟


 美亜は涙が滲んでくるのを必死で堪えた。


「ねえ僚ちゃん。開けてみてもいい?」


 涼し気な笑みを浮かべて、僚は無言で頷く。


 リボンをほどき、綺麗に包装された紙を破らないよう丁寧にはがして、美亜は白く細長い箱を開けた。


「わあぁ」


 ローズクォーツとピンクゴールドのネックレスに、同じデザインのストラップ。


「美亜に似合うかなと思って」


「僚ちゃん……」


 美亜は右手で髪をかきあげ、そのまま耳を覆うように手を止める。


 思いがけず嬉しい事があった時の、美亜のかわいい癖だ。


「あ、ありがとう僚ちゃん。私、わたし……」


 感極まった美亜の瞳から、大粒の涙が零れる。


「ちょっ、泣くなよっ」


「だって、嬉しいんだもん、しょうが、ないよ……」


 俯いた美亜にそっと寄り添い、僚はその震える肩に優しく手をまわした。


「ありがとう、ありがと、僚ちゃん」


「うん。美亜が喜んでくたのなら、俺も嬉しいよ」


 僚は、ポケットから取り出したハンカチを美亜に手渡す。


「喜んでる、いっぱい喜んでる」


 僚のハンカチで涙を拭い、美亜は笑って顔を上げた。


「ごめんね、こんな所で泣いちゃって」


「気にするなって。それよりほら、サンドイッチ」


「うん、そうだね。あ、待って、はいこれ、コーヒー」


 美亜は、水筒から紙コップへアイスコーヒーを注ぐ。


「あ、ありがと」


 コップを口元に近づけ、僚は一旦手を止める。それから一口、ゆっくりと味わうように飲み込む。


「美亜、これって……」


「さすが僚ちゃん、やっぱりわかる? サイフォンで淹れたんだよ、どお?」


「うん、美味いよ。コーヒーもサンドイッチも」


 そのたった一言が心から嬉しくて、美亜は木陰から揺れる木漏れ日のような笑みを浮かべる。


「この時間が、ずっと続けばいいのにねぇ」


 ただ何気なく零れた言葉だったが、それは美亜自身も意識していない、心の奥から湧き上がる本当の願いだったのかもしれない。


「ホントに、な……」


 それは、ある夏間近な、よく晴れた日曜日。


 二人がまだ、未来を信じていた頃の、淡い思い出。






 その日。


 ふと 気がつくと、いつもの交差点だった。


 もう、半年も通っていなかった、半年前までは毎日通っていた道。


 いつもの交差点で、いつものように待っていてくれた、幼馴染の少女。


 6歳の時に両親を亡くし、養護施設にやって来た森崎美亜。


 産まれてすぐに捨てられ、養護施設で家族を知らずに育った明日見 僚にとって、彼女は世界で最も大切な存在だった。


 17歳で一つ年上だった美亜は今年の春、18歳の誕生日を迎える事なく、たった一人で逝ってしまった。


 それから半年以上が過ぎた今でも僚は現実を受け入れる事が出来ず、だから意識してこの道を通らなかった。


 それなのに。


 今日は何故か考え事に気をとられ、無意識の内にいつも美亜と待ち合わせた、この交差点に来ていた。


 交差点には信号待ちの学生たちがいて、楽しそうにお喋りをしている。


「美亜と同じ制服か…」


 その四人のグループは美亜の通っていた、この近くにある県内でも有名な進学校の生徒らしかった。


 背の高い男子一人にあとは女子が三人。


「去年の今頃は、美亜もこんな風に友だちと笑ってたんだよな……」


 僚は、胸のポケットからローズクォーツのネックレスを取り出し、じっと見つめた。


 何かある度に繰り返し思い出すあの日の出来事は、いつまでも色褪せる事なく僚の心に刻まれている。


 もう二度と取り戻す事のできない、永久に失われてしまった二人の時間。


 僚は、目を閉じてぎこちない笑みを浮かべ、ネックレスをポケットに戻した。


 そして、何気なく交差点の先に目をやった時。


 僚は信じがたい光景に息を飲み足を止めた。


 横断歩道の向こう側に、もうこの世にいないはずの美亜が一人で佇み、小さく手を振って笑っている。


「うそ、だろ……」


 あり得ない事だと分かっている、半年前に亡くなった美亜がここにいるはずがない。見えるはずがない。


 だが、たとえ幻でも話がしたい、声が聴きたい。


 そう強く願ったとき、美亜の口元が僅かに動いた。


〝僚ちゃん。私を、探して〟


 はっきりと聞こえたその懐かしい声は、耳ではなく頭の中に直接響いた。


「探す……? 美亜、どういう意味だ……」


 美亜はきらきらと笑うだけで、何も答えてはくれない。


 僚が目を擦って見直した時、おぼろげなその姿は、もう何処にもなかった。


「美亜……」


 美亜の消えた横断歩道の先を見つめ、僚は思わずその名前を口にした。


「ん?」


 はっきりと聞こえる程の声では無かったはずだが、一番後ろの女子生徒が振り返り、僚の顔を一瞬いぶかしげな表情を浮かべて見つめる。


「……いま……?」


「あ、あの、ごめん!」


 僚は咄嗟に謝って、相手の言葉を遮った。


「何?ナンパ?」


「へぇこんな所で」


 前にいる三人が振り返り、少しからかう様に笑った。


「違うんだ、ホントごめん!」


 別に逃げる必要も無かったのだが、気不味さに耐えきれず僚は今来た道を駆け出した。


 そして、丁度五歩目を踏み出した時。


「うわっ」


 周りの一切の音が消えた。


 それだけではない、身体が宙に浮かんだまま固定された様に動かなくなり、周囲一帯が停止していた。


 自分の思考だけが進み、全てが時を止めている。


「なんだ、これ……」


 その直後、目を開けて居られない程の光に包まれる。


 いや、包まれるというより投げ出されるといった感覚だろうか。


「うっ」


 熱くも冷たくも無い、が、目を閉じていても身体全体でかんじる、息が詰まる程の光の圧力。


 堕ちているのか昇っているのかさえ分からない浮遊感。


「くっそ、どうなってるんだ」


 僚は、唸る様に声をあげる。


 そして、身体に感じていた圧力が唐突に消える。それと同時に浮遊感も無くなり、身体を支えきれずに冷たい床に尻餅をついた。


「冷たい? ……」


 今は10月、夕方とはいえアスファルトは日中の日の光で温められ、かなりの温度になっているはずだ。


 僚はゆっくりと目を開き床を見た。


「大理石?」


 白く艶のある床材は、いつか行った美術館のものとそっくりだった。


 周りに目をやると、そこはかなりの広さがあるホールの様な造りで、壁も床も同じ石材が使われているようだった。


 少し薄暗いのは、目が慣れていないせいでもあるだろう。


「ようこそおいで下さいました」


 透き通る様な女性の声が背中の方から響いた。


「召喚に応じて頂きありがとうございます、勇者様、従士様」


 勇者?召喚?。気になるワードが聞こえ僚は片膝立ちで振り返った。そしてすぐにその女性の言葉が、自分に向けられたものでは無いと気付いた。


 僚がいる場所から5m程の所に、スポットライトにでも照らされたかの様に四人の男女がこちらに背を向けて立っていたのだ。四人共制服姿で背の高い男子が一人に女子が三人、先ほど交差点にいたグループのようだ。


 よく見ると彼らの足元には、円形の紋様が金色で描かれており淡い光を放っている。


「これって……」


〝異世界召喚〟


 本を読むのが好きだった森崎美亜から、たまに借りた本の中に、そんな内容の物がいつかあったと思う。


「まさか……本当に?」


 チートな能力をもった勇者の冒険に、異世界への召喚や転生。それらは全て本の中の物語であり、現実を忘れ、ひと時の間主人公になりきり夢の世界を楽しむ。


 そして本を読み終えれば、また現実へと戻る。


 実際にあれば面白いだろうなとは思うが、それはあくまでも創造の産物であり、現実に起こりえるはずはない。


 そう、起こるはずがない……。


 今日まで、いや今この時まで僚はそう思っていた。


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