第15発 在ったかもしれない日々

次の日の夕方、オフィーリアと男は塾に通い始めることにした。

リカレント教育ではない。二人は本気で中学校の制服を着ている。


講師「というわけで、"I" "my" "me"という単語の使い分けについてだ」


二人は、中学生のやり直しにしては「悲壮感の漂う」と言っていいくらいのまじめなノートをとっていた。

しかし、記憶力が追い付かない。空回りし、焦るばかりであった。

二人は、何度も綴りや発音を繰り返して書き出し、声に出し、覚えようとしていた。

ところが他の生徒は嘘のようにどんどんすらすらと新しいことを記憶していく。


講師「ところで、みんな。今のうちに勉強をしっかりしないと、後で絶対後悔するからな?」


講師が生徒に活を入れた。その時だ。オフィーリアの手が震えるのを見て、男はオフィーリアを伴って塾を途中退出した。


オフィーリア「私ね、私たちね」

そう言う頬が涙でぬれている。

男「分かってる。何も言うな」

オフィーリア「そうね」


男はオフィーリアを力いっぱい抱きしめた。そうするのが気持ちいいからではなく、愛していたからであった。


オフィーリア「私は、病弱で今まで勉強できなかったの。自室で自習すれば良いって思うでしょ? でもそれだと限度があるの」

男「そうだな」

オフィーリア「私がかつて日本で高校を受験したときに出た問題を今でも鮮明に覚えているの」

男「そうか」

オフィーリア「国語が恋愛小説から出題されてたんだけど、私の経験したことのないシチュエーションから出題されて、全滅」

男「どんな問題だったんだい?」

オフィーリア「公園で待ち合わせをしてて、男子が約束の時間に遅れる話だったの」

男「そうか」

オフィーリア「女子の心境、私は読み違えたの。女子はぜんぜん気にしてないって答えたら不正解。私、女子なのに間違えちゃった」

男「ちょっと歩こうか」

オフィーリア「ええ」


男は、オフィーリアをつれて公園にやってきた。


男「ちょっと、コンビニに寄って来る。18時ちょうどには戻る」


だが、男は18時を15分以上も過ぎたが戻ってこない。オフィーリアは男に何か事故でもあったんじゃないかと思い、気が気でなかった。


男「ごめん、お待たせ」

オフィーリア「どこ行ってたの? すごく心配して気が気でなかったのよ?」

男「国語の問題だよ」

オフィーリア「え?! あなた、そのつもりだったの? 確かに。なるほどそうね、そうよ!」

男「ね。でも、正解と不正解があるという考え方なんて、俺はしなくていいと思う」


男は言う。未熟で、読み違えをして。それが一体何だっていうんだ?と。


オフィーリア「あなたらしいわ。変なテクじゃなくて、本気で私のことを思って言ってるところが、ね」

男「それは褒めているのかい?」

オフィーリア「・・・あなたが、問題行動をするところを今までに3回見ています」

オフィーリア「その1:小学校の頃、捨て猫を拾ってきて飼おうとしてしつこかったそうじゃない? その2:中学校で、解剖用カエルを勝手に裏山に逃がして叱られてたでしょ その3:そして今、こっちの世界では塾をさぼって、女の子と夜の公園でデートしてるじゃん?」

男「褒めてない感じだね」

オフィーリア「いいえ。社会は問題行動だと評価しても、私はそれぞれの行動の理由を分かっています」

男「理由とは?」

オフィーリア「あなたは、とてもとても優しい男の子なの」

男「ちょっとこそばゆいな」


オフィーリア「私はあなたのことをちゃんと知っています。でも、もっと知りたい」

男「俺も、君のことが知りたいな」


男はそういうと、オフィーリアの制服のリボンに手を伸ばした・・・が、その0.5秒後に男は頬をパシッと叩かれた。

二人は、中学生の頃の日々を一緒に取り戻していた。


さっき男はコンビニで、今まで買ったことのないコンドームを買おうとして15分以上かかっていたが、結局使う場面ではない。

そもそも使い方が分からない以上、使う場面にならなかったことでかえってホッとしたのだった。

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