第12発 色気

女宰相「陛下! あれは自衛隊の護衛艦ではありません!」

男「なんだあれは?」

女宰相「あれは、異時代からなる幻影です」

そこに現れたのは、旧帝国海軍の軍艦であった。


船からモールス信号が飛ぶ。「石油ガ尽キ・・・港ニ寄港シタイ」

男は、ズボンを履き急いでチャックを上げると皇帝の正装となり、

裸体の家臣団にも礼儀正しい服を着るように命じた。



船から軍人たちが上陸する。皇帝たる男は、船員たちに食料と医療を提供した。

軍人たちは感謝の意を示すとして、皇帝の男を表敬訪問した。


軍人「私は帝国海軍少将の佐藤と申します。船員たちを助けていただいて、なんとお礼を申し上げてよいのやら。かたじけない」

男「実はね、戦争が終わった後に、就職氷河期が来るんです。皆、まともに就職できず、私みたいに仕事に就けなかった者も大勢います」

軍人「そうですか。戦争は、どう終結したのですか?」

男「日本国とアメリカ合衆国は、平和な世界での共存を選びました」

軍人「え? 大日本帝国の名前が日本国って・・・あ、察しました。畏れながら、負けたのですか」

男「その言い方はしたくないです。今の日本国、世界で胸を張って頑張っていますから」

軍人「で、就職氷河期の話については、私からも言いたいことがあるんだ」


軍人は言う。彼らは、普通に学問をおさめて働きたかったが、世界情勢がきな臭くなってきて、順次赤紙が送られてきて、戦地に立たされた。

異国を尊重する者も、平和主義者も、戦いたくない者も、皆銃剣を持たされて、そして散っていったのだと。

企業戦士という言葉がある。未だに現在でも企業で実際に命を落とす者も多いので、比較するのはお互いによしておこうと言って、軍人は温かく微笑んだ。


男「そうでしたか。就職活動の難しい氷河期もあれば、戦争で戦地に立たされる戦争期もあるのか・・・。うーむ」

軍人「私は教訓めいたことは言いたくないので言いません。ですが、私たちの子孫が元気に明るく生きていると知って、私たちの無念も少しは報われました」

男「なるほど、なるほど。いつまでこちらに滞在なさるのですか?」

軍人「君は私に似ている。もしかしてあなたも苗字は佐藤ではないですか?」

男「え? そうですが」

軍人「あなたのお父様のお名前は?」

男「○○です」

軍人「あなたの戦地で亡くなったお祖父さまの名前は、○○ですか?」

男「そうです。あなたはなるほど、私のおじいちゃんなんですね?」

軍人「そうか。そうか。私の孫が、まさか就職氷河期で苦しんでいたとは! 守ってあげたい」

男「おじいちゃん、写真でしか見たことなかったけど、手がとても温かい・・・」

軍人「でもね私は。あなたの心の隙間にあるものが映像化された幻影なのです。おじいちゃんそのものではなく、あなたの心の中にある幻影です」


男が祖父の軍人を見つめようとしても、だんだん幻影は薄れていって、そして跡形もなく消えた。港の船も、船員たちの幻も静かに消えた。


男「氷河期世代と戦争期世代、どっちが辛かったんだろう」

女宰相「それに対して、答えは一つしかありえません。すなわち、どちらもつらい思いをした人が沢山いて、比較するのはその時代を生きた人々に失礼にあたります」

男「そうだな。それを言うなら、今の新卒の初任給がようやく回復してきて俺は心から嬉しいが、彼らの命運もまだ予断を許さない」

女宰相「その通りでございます。今の若い人たちが氷河期世代と同じ目に合わないよう、氷河期世代が守ってあげてください」

男「ああ。もちろんだ」

女宰相「今日は唯一の色気のない日でしたね・・・」

男「・・・・・・(今回が今までで一番色気のある回だったと俺は思う。祖父の男気に惚れたぜ)」


男は港のほうを見た。そこに船の姿はなかったが、男は黙って港に一礼した。


(つづく)

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