第4発 心から感謝するということ
現実世界に移ってから初めての朝が来た。男は確かな生を実感していた。
男「俺は、確かに今、生きている」
まだ寝ているベアトリーチェの胸元から顔を起こすと、笑顔の女官たち。
女官A「昨晩は入浴なさらなかったのですね? 朝風呂のご用意が出来ております」
女官B「一発お湯を浴びると、心の奥底からすっきりしますよ?」
男「そうだな。ちょっと汗か何かでべとついているから、さっぱりさせてもらうよ」
普通の人生がこれほどまでに楽しく、温かく、そして気持ちのいいことだとは! 頭の中で想像するだけの半生だったが、男は現実に、ありったけの幸福を手に入れ、そしてその喜びを手のひらでいじり倒し、揉み解すという普通の生き方が始まったことを肌で感じていた。
女官C「お体を」
男「ん?」
女官C「お体で」
男「ああ、洗ってくれるのか。ありがとう」
男は、このわずかな間にも人に心から感謝することが出来るようになっていた。否、本来持っていた心を取り戻しつつあった。
女官C「あの、ご精神も綺麗に洗っておきますね」
男「ああ、ありがとう」
人間のぬくもりに囲まれて生きることの気持ち良さ。暖かさ。そして鼓動を感じあう喜び。これが、男として、人間として、あるべき真の人生なのだった。
男は、精神を軽く一発しごいて、玉座に向かった。しかし、この楽しさはいつまでも続くものではなかった。玉座に向かうと、そこで女宰相と女大主教が激しく言い争いをしていたのだ。その理由は、とても悲しいものだった。皇帝と総大主教の地位の優劣が対等であるため、皇帝兼総大主教の横の序列2位の席に女宰相と女大主教のどちらが座するのか、というものであった。男は、自分が総大主教であるという自覚はまだなかったため、女宰相を序列2位と定めようとした。実際に片方のおっぱいなどを堪能しており、その意味でも信頼と親しみも先んじていたからであった。だが、それが新たな悲劇の始まりであった。
男「2位は、女宰相に決めようと思う」
女大主教「いあぁぁぁぁ~!!」
女大主教は、全人格を否定されたかのように泣き叫ぶと、手にしていた神具、聖水入りの黄金杯を床に落とし、そのまま泣き崩れてしまったのだ。床に座り込んだ女大主教のスカートの下で、神聖な神具たる黄金杯は割れ、その割れ目から見事な聖水が流れ出した。
女大主教「ああ、私は! なんてことでしょう! 覆水盆に返らずです!」
男は、動揺する女大主教の胸を優しくさすってあげて、安心させようと努めた。
男「総大主教として、君に伝えたい思いがある」
男は、そう言うと割れた黄金杯のかけらを集めて、微笑んだ。
男「杯には、また注げばいいのです。とりあえず、心を込めて新しい杯に俺の精神を一発注いでおこう。それでも不服かい?」
そういうと、男は替わりの杯にありったけの精神を湛えた。
女大主教「わぁ、こんなにいっぱい・・・・・・、感謝しても感謝しきれません。なんとお礼をしてよいのか・・・・・・」
天女「そうですよ? 猊下に感謝なさい。心から感謝するということ。それが人間のありようで最も大切なことなのです」
女宰相「私も少し意地を張りすぎました。でも、いつも教会には感謝しています」
女大主教「わわ、そんな。きょうは教会の堅苦しくお上品なお話になってしまい、恐縮です。私は皆さまのために祈り、そして感謝いたします」
男「いいんだよ。済んだことは。それよりも、俺にも喧嘩を止めに入るだけのチカラがあったなんて、ちょっと驚いている」
人間は社会的動物だと言われている。男は、人間らしさを少しずつ思い出していこうと、決意した。その本質は、やはり感謝の気持ちだろう。
(つづく)
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