026 skirmish 圧勝
何はともあれ彼女、ファナちゃんに案内されミャルセットの、有体に言ってしまえばスラムへと案内された私。薄い板で辛うじて小屋と呼べるようなものがいくつも作られ、そこには老若男女がひしめいていた。一様に目力ばかり強く、それ以外は瘦せ細っている印象を受けた。
「……ここ」
あばら家にはファナより小さな男の子が藁を敷いたうえに横たわっていた。医者ではないので一目でどういう病に冒されているかまでは分からない。けれどかなりの重症ということは分かる。
腰に吊るしているポーションを一本出して飲ませてみる。現代日本で言えば抗生物質に近い役割を果たすポーションだ。感染症の類なら、即効性はないがいずれ効く。同時に治癒術による回復後の不調を抑制する効果もある。治癒術の光を手に集め、少年にかざす。
「う、うぅ……」
どうやら細かい外傷があるようで傷が治ると同時に、血色が良くなっていく。あとは彼自身の体力でどうにか回復するだろう。
「弟と二人、仲良くね」
ここに来る道すがらで、エヒュラ村へ連れていくという私の発言は撤回した。連れていくなら弟や、ここに暮らす仲間たちを全員連れて行ってほしいと言われたからだ。魔王を倒し、二度目の転生でここに来たけれど、全員に救いの手を差し伸べられるわけではない。
ファナを村に連れて行こうと思ったのは、私のエゴだったんだ……。
「ばいばい、変なお姉さん」
最後まで変なお姉さん扱いは変わらなかったけど、ファナの家を後にする。すっかり日が傾いてしまった。北エリアに置いて行ったリーナは大丈夫だろうか。そんな心配をしていると、ガラの悪い男とすれ違う。ジロジロと見られながらすれ違うと、私は思わず振り返った。
「うぉおい! ファナ! 金はまだか、おい!!」
そのガラの悪い男はファナの家の扉を蹴り開け、怒鳴り散らす。あれがファナの言う怖いおじさんか。
「ちょっと、子供相手に怒鳴るとか何やってんの!」
あれこれ考えるより先に言葉が出ていた。男は振り向きながらナイフを右手に構えこちらに突進してくる。スローライフを送ってねと言われたわりに、なんであちらこちらで厄介ごとに巻き込まれちゃうかなぁ……。
「んだてめぇ!!」
真っすぐ突き立てられたナイフに対し、身体を時計回りに捻りながら左手で相手の右手首をがっちりホールド。そのまま身体を正面に戻しながら反時計回りに捻りつつ相手の手首を外側に向ける。あとは自分の右手を鎌のごとく振るって相手の首を打つ。転がした相手の腹に踵を落とすというより差し込むように蹴る。
「――――っ!!」
痛くて声も出ないようだ。ナイフは没収して光の魔力で強化した拳で握り砕く。殴ったら骨とか砕いてしまいそうだから、投げ落とすようにして撃退。実に平和的な解決だ。男は這うようにして逃げ出した。
「つ、つよ……」
建物の陰からのぞいていたファナが駆け寄ってきた。その表情は驚きが半分と……不思議と悲しげに見えた。
「怖いおじさん……明日からもっと怖くなるかも」
……そうか、今日は撃退できたからと言って明日からここに来なくなるなんてことはなくて、そしたら今日の鬱憤が向かう矛先はこの子達なんだ……。
「ごめんね。ひっちゃかめっちゃかにして……」
「いいよ……弟も治してくれたし。一緒に、こんな街出ていく」
ファナは扉がなくなった家に戻り、横たわった弟を起こす。
「ヘンリー、この街を出よう。このお姉さんと一緒に」
「……さっきの光ってた人? ……いい人?」
「変な人……でも、多分いい人」
荷物もほとんど無いようで、ファナとヘンリーの姉弟を連れて一先ずリーナと合流することにした。……リーナ、どういう反応をするんだろう。ちょっとだけ心配だけど、エヒュラ村は子供が少ないって言っていたくらいだし、絶対に拒絶って感じではないだろう。そう思いながら子供二人の手を引いて北エリアを目指した。
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