025 steal 街の暗部

 ミャルセットの北部で農具や砥石を購入した私とリーナは、武具店に足をのばすことにした。手甲がなくても、メリケンサックみたいなものがあれば妥協しようと思っていたのだが、どうにもサイズが合わない。


「いやぁ、手甲かぁ……ないこともないがよおぉ、お嬢ちゃんみたいな手の小さい女の子が使うようなサイズはねぇよ。オーダーメイドしてもらった方が手っ取り早いっじゃねぇかあ?」


 店主の言うことやもっともである。ここからさらに北にいった村で職人に会うのもいいが、これ以上エヒュラ村を空けるわけにもいかず、購入は断念することにした。

 基本的にはシスターの聖印があるから、魔物の襲撃は滅多にないのだが……雨季直前のフロッゲコのように理性を欠いた状態の魔物はなりふり構わず襲ってくるし、これまた避けたいが対人戦も起こりうる。素手というのはなかなか不便だ。


「取り敢えず必要なものは……そっか、私の食器だ」


 ミュラにそろそろ自分用の食器を買いそろえてもいいんじゃないかって言われたんだった。ミュラの家にも教会にもそれなりに食器はあるのだが、年季が入っているものが多いし、せっかくだから自分用のものが確かに欲しかった。食器ってけっこう愛着湧くものだし。

 この世界では食器は木工品がメインだ。貴族なんかは銀食器を使うこともあるらしいが、一般市民は木の食器で充分だ。漆みたいな木に塗ると水を弾きやすくする素材も簡単に手に入るらしく、木製食器は発展しているそうだ。


「木工品があるのって西のエリアだっけ?」

「そうだよ。じゃあ、行こうか」


 武具店そして北部エリアを後にし、西エリアへ向かおうとする私に、女の子がぶつかってきた。


「ごめんなさい!!」


 真っすぐ中央エリアへ向かう女の子を見て、リーナが柔らかく微笑む。


「うーん、子供が元気なのはいいことだね。エヒュラ村は子供が少なくて――」

「ごめんリーナ、あの子スリだね。追いかけるからここを動かないで」


 魔力を足に込めて、蹴るように駆け出す。リーナを一人にするのはそれなりに不安やリスクがあるけれど、買い込んで荷物が多い状態だからそこは割り切る。土地勘がないが赤茶色の髪を目印に全力で駆ける。


「追いついた!」


 粗末なぼろ布を縫い繋いだような服を着た小さな女の子は、明らかにおびえていた。まだ十歳にもなってないだろう。

 聖女と呼ばれた身としては、こういう詰問するみたいなシチュエーションはいささか以上に落ち着かないが、取り敢えず財布を返すように促してみる。


「……なんのことか分からない」

「じゃあこのふくらみは何かな?」


 ポケットに手を突っ込むと財布はあっさり見つかった。そもそもポケットも布を貼り合わせた程度のもので、盗んだものを隠せるような代物ではない。どうやら、あまり手慣れているようではないらしい。

 少女はボソボソとスリをしたわけを話してくれた。それはあまりにありふれていて……。


「……怖いおじさんがお金持ってこないとぶつの……」


 世界というのは、どこもそういう風に後ろ暗い部分があるよう作られているらしい。前にいた異世界も魔王の恐怖があるというのに、人と人との諍いも絶えず犯罪もはびこっていた。人身売買も横行しており、魔王崇拝者が買った幼子をいけにえに捧げる邪教の儀式なんてのもあって、それを潰したのは結構覚えている。……あの時は何人か殺めてしまった。

 正直、こういうのに首を突っ込むのはもう大概にしておきたい。が、この子を放っておくのも据わりが悪い。


「うーん、私と一緒に違う村で暮らさない?」

「だ、だめ……弟、病気……置いていけない」

「じゃあ、私が治してあげる」

「……どうして?」


 どうして、その真っすぐ問われると答えに窮してしまう。そもそも私はこの世界からすれば異物で、何か目的があってここにいるわけではない。そんなことを子供に言ってもしょうがないので……取り返した財布を見せて、


「私はシスターだから。お代をもらったし、病気の子供を治すくらい朝飯前だよ」

「……変なお姉さん」


 らしくないことを言ったなという自覚はあるけれど、子供は本当に素直で……だからこそ、変なって言われたことが地味につらかった。とほほ、だ。

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