023 Sweets ミャルセットへ
いよいよミャルセットへ買い物に行く日になった。私は朝から教会の扉にシスター不在、怪我をしませんようにという張り紙を貼った。それからレゾリックでもらった銀貨を懐にしまい、ちょっとした旅支度を調えた。
と言っても、ミュラにお弁当と水筒を持たせてもらったくらいなのだが。ミャルセットまでは歩いて三時間から四時間くらいだ。辛うじて一日で往復できる場所に大規模な市場があるのもエヒュラ村の利点らしい。
「おはようライカ。準備万端だね」
「おはようリーナ。ミュラに頼まれたものもあるから、さっそく行こうか」
今のところ不便に感じたことはないが、ミュラの家には私用の食器がない。ということで、木製の皿やカップを買ってきてと頼まれたのだ。というか、私が使うから好きなものを買ってきてといった感じだ。
あとは香草の苗や布が欲しいと言っていた。リーナの方はどうだろう。欲しいものがあれば村長に申し出るのが通例らしいから、きっと頼まれものがあるのだろう。
歩き始め、道中でその話題が上がった。
「鉄製農具とかこれから蒔く種とか、あとは砥石とかそういったものが多いかな」
生活に密着したものが多いなぁ。流石にこういった時代でおもちゃとかお菓子とか、ねだるのなんて難しいものね。そういえば塩はあるらしいが砂糖はどうなんだろうか。
「ミャルセットで甘い物、食べられるかな?」
「どうかしら? ミャルセットから少し南東にウィッタリアっていう村があるんだけど、そこではシュガービーツって作物が育てられているの。そろそろ収穫期のはずだけど、加工はまだ終わってないだろうから、今が一番甘い物が買いづらい時期かも」
シュガービーツってなんか聞いたことあるような……。あ、甜菜か! この世界にはサトウキビはないのかな? 甜菜糖が主流なんだなあ。というか多分、異世界の言語を翻訳する時にシュガービーツがチョイスされたんだろうなあ。ていうことは、なんか太めの根っこをいい感じに加工して砂糖を作っているわけか。
「ライカは甘い物、好き?」
「うん。果物の甘みとかもいいんだけど、口にまったり残る甘みが恋しいかな」
前回の異世界で食べたチーズケーキが最後に食べたスイーツかな。しかもそのチーズケーキを食べたのは旅立つ前の王城だったから、三年くらい前になる。蜂蜜とかメープルとかそういったものは無いのかな? 蜂、いないのかな?
「リーナって蜂を見たことある?」
「ん? あぁ、ドリュエイ村は養蜂が盛んだよ? 温泉が湧いて温かいからか知らないけど、花もけっこう一年中咲いているし、蜂蜜を採取するにはいい土地柄みたい」
知らなかった!! 思い出してみればドリュエイ村で食べたパンはほんのり甘かった気がする!!
「蜂蜜だったらミャルセットで買うよりドリュエイ村まで行った方が安いわね。輸送費がかかっちゃうから。それか、その輸送中にエヒュラ村に立ち寄るはずだから売ってもらうことね」
どうやらちょっと間が悪かったらしい。とはいえ蜂蜜が存在することを知れたのは良かった。ドリュエイ村は温泉が気持ちよかったこともあり、何度か行きたいと思っているから尚更だ。とはいえ、あまり教会を空けるわけにもいかないけれど。
「なんか思ったより遠いなぁ。買い物に向けてわくわくしているからかも。だけど身体強化の魔法を使うなら帰り道の方が良いよね」
「そうね。荷物もあることだから」
買い物なんていつ振りだろう。前回の異世界は服も武器もほぼほぼ支給品だったからなあ。フロッゲコを倒す時も思ったけど、やっぱり手甲が欲しいかも。とはいえ、この先どれくらい戦闘をする機会があるのか疑問だ。
「ちょっと休憩にしましょうか」
「そうだね。急いでもあまりいいことないもの」
人が踏み固めた道から少し外れるが、大きめの樹が一本ある。その木陰で休み、水筒の水を飲む。この世界は水資源がそれこそ日本と同じくらい豊かなのか、水筒は文字通り筒状の素材で、なんとなく瓢箪に似た形をしている。飲み口はコルクにも似た栓で閉めるようになっている。
「魔法で水が出せたら補給も楽なんだけど」
近くの川で水を補充し、聖属性の魔法で浄化する。洗浄や殺菌に関してはおそらく現代日本より手軽かもしれない。
「ライカや私みたいな魔力酔いの心配が無い人には便利だけれどね」
この世界の人たちは基本的に一つの属性しか行使できないらしい。そんな話をしながら、再びミャルセットへ向けて歩き出した。
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