015 killing 盗賊

 二日目もゆっくりと進み、途中で着いたドリュエイ村で一泊することとなった。

 村の商店で買い物をしたが、ミュラからもらった銅貨は小さい方で小銅貨一枚がパン二つ分になる。宿代が銅貨五枚ということで、日本での金銭感覚に馴染ませることは出来ないけれど、ミュラからもらった二十枚で往復分事足りそうだということは分かった。ちなみに小銅貨は十枚で大銅貨一枚になるらしい。

 そして三日目、事件が起きた。ドリュエイ村から二時間ほど歩いた場所にある森の中で……。


「金目のものを置いて行け!」


 厚手の刃物を持った三人の盗賊、一人は正面、一人は背後、もう一人は木の上にいる。

 やっぱりか……。なんとなく、ドリュエイ村から発った時から尾行されていたような気がしていたのだ。


「ら、ライカ……」


 リーナの火炎魔法は強力だけれど、こんな場所で使ったら山火事必至だ。

 私が構えをとると、抵抗の意志と判断したのか真正面の盗賊がナイフを構えて突進してきた。


「死ねぇ!!」

「せい! でぇあ!!」


 ナイフを半身になって躱し、左手でナイフを逸らし右手で盗賊の手首を殴ってナイフを落とさせる。空いた左手で驚きの表情を浮かべる盗賊の顔面に掌底を突き込む。


「ぐぁぁ!」


 一人が倒れ込んだのを見て、二人が一挙に攻勢に出る。後方の敵を光球で吹っ飛ばし、上からナイフを振り下ろしてきた盗賊には顔面に拳をめり込ませる。魔法の攻撃はさておき、拳に魔力を込めない物理攻撃ということもあり、うめき声を上げながらも盗賊は立ち上がった。


「ちっくしょう……ぶっ殺してやる。娘二人はその後犯す!!」

「リーナ、ジーンさんを守って」

「う……うん」


 狭い森の道、二人を背中に庇いながら三人の盗賊と対峙する。向こうが殺意に満ちている以上、ここから先は命のやり取りだ。

 前の世界でも、小娘一人の旅ということで人さらいや冒険者崩れに何度も襲われた。


「あなたたち、人を殺したことはあるのかしら?」

「あぁ、あるとも。誰もが死にたくないとわめくんだ。お前も、すぐにそうなる!」


 ナイフを振り下ろす盗賊、私はその刃を聖なる力で保護した左手で受け止める。驚愕する盗賊の腹部を拳を突き立てる。吹き飛んだ盗賊は森の木に頭部を強打し、動かなくなった。あと、二人。

 死んだ盗賊のナイフを回収した一人が、それを投擲してくる。躱せば後ろの二人に刺さってしまいかねない。先端が向いていたら保護で無力化できないかもしれない。となると……。


「ブライトショット!」


 魔法をぶつけて打ち落とす。その光を目眩ましに、顎を狙って拳を振り抜く。体勢が崩れたその盗賊の胸骨を狙って回し蹴りを放つ。骨が砕け、心臓に刺されば長くは保たないだろう。あと、一人。


「くっそぉ!!! 死んでたまるかっつうの!!!」


 狂乱したかのような雄叫びを上げながらも最後に残った盗賊は冷静で、刃を向けた相手はリーナとジーンさんの方だった。完全に怯えてしまったリーナは、杖を出すことすら叶わない。拳が届く間合いではない。……ならば。


「穿光斬牙!!」


 手刀の延長線上に光の刃を生み出す技、その一閃が最後の一人……その頸動脈を切り裂いた。否応が無く血飛沫が上がるその技を、私は可能な限り使いたくなかった。初めて人を殺めた時の技だから。あの時は逆に相手が近すぎて、拳の威力が出なくて……だからそうするより他なくて……。あの時に浴びた返り血の生暖かさが、私にとって最大のトラウマ。

 三人の死体を前に呆然とするリーナ。ジーンさんは両手を組んで鼻にあてる。お祈りのポーズだった。

 沈痛な面持ちのリーナに、ケガがないかと尋ねる。リーナは俯いたまま。

 とにかくレゾリックへ向けて進もうと言い、森を抜けようとする私をリーナが引き留める。


「どうして、殺してしまったんですか!! 返り討ちって、殺めることだったんですか!?追い払うことだって出来たでしょうに! なん、で……。聖職者が人を殺めるなんて……悪人相手とはいえいくらなんでもひどすぎます! 聖職者だからというより……私は、ライカが人を殺す場面なんて見たくありませんでした……」

「ごめんね……」


 私には、ただ謝ることしか出来なかった。とうとう泣き出してしまったリーナを、ジーンさんが優しくなだめる。


「仕方のないことだったんじゃ。シスター・ライカが我々を守ってくれなければ、倒れていたのは我々三人だったかもしれない。ああいう盗人はな、先に荷物を奪ってからその持ち主を殺めて、罪の証人を残さないようにするのが常套手段なのじゃ」


 リーナは綺麗すぎるのかもしれない。犯罪になんて縁遠そうなエヒュラ村でぬくぬくと育ったのだとしたら、人は協力して魔物に立ち向かうもので、人間同士で命を奪い合うなんて……想像だにしないのだろう。

 私も初めて人を殺めた時、いかに日本での生活が穏やかで尊いものか思い知らされた。

 人を殺してはいけないのは何故か、誰もが納得する理由なんてないのだろう。少なくとも日本では、法律で刑罰を科すとしているから、だろう。この世界でも殺人は罪なのだろうか。聖職者が殺人だなんて、言語道断なのだろうか、私は救いを求めるようにジーンさんに視線を向けた。


「咎人とはいえ殺めたことは事実。きちんと埋葬せねばな。むしろ放置することの方が罪になりかねん」


 木立の中のわずかな空間に穴を掘り、三人の遺体を埋める。……火葬が常識の日本生まれとしては、埋葬というより死体遺棄にしか思えず、罪の意識は深まるばかりなのだが。

 埋葬してもなお、リーナの表情は暗いままだった。


「ああしなければ自分の身が危険に晒されていただろうということも分かる。でも、目の前で人が死んでしまったのよ? 少し、一人になりたい。でも、見通しが悪いから単独行動は危ないということも分かる。私は……」

「ならリーナ、君が先頭を歩きなさい。私が真ん中に、シスター・ライカが殿を歩けばいい。互いが見えなくならない程度に距離を空けて、ゆっくり受け入れてくれればそれでいい。正しいだけでは、生きていけないんだ……」


 そこからの旅は、口数も少ない淡々としたものになってしまった。リーナとの関係がこじれてしまった今、私にエヒュラ村でのスローライフ……それ以前にこの旅に暗雲が立ちこめてきたのはこの時だった。

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