014 Money 旅立ち

 ジーンさんをレゾリックへ送り届ける日が来た。

 昨日のうちに準備をするはずが、村長が送別会をするのだと昼間から大盛り上がり。夜になってようやく準備を始めることが出来た。とはいえ、元々の荷物がない私に何を準備するのかという感じだ。

 だが、幸いなことにミュラが少しの現金を持たせてくれた。村の中ではなかなか使わないから、と。くすんだ茶色のそれはおそらく銅貨、一枚あたりでいくらの価値になるか分からないが、それは実際に使う時に分かるだろう。

 他にも持つ物は食糧だ。パンや干し肉、水筒だ。それらを革袋にいれて、ベルトにくくりつける。多少の重さはあるが、聖印の効果で魔除けもされているだろうからそこまで戦闘を想定する必要もないだろうと考えている。

 それらの確認をしていると、フォレストバレー家の扉がノックされた。ミュラが扉を開けると、そこにはリーナの姿があった。初めて逢った時と同じく絹っぽいブラウスにスカート。外行きの格好だ。動きやすくするためか、綺麗な空色の髪はスカーフでポニーテールにくくられていた。


「ライカ、準備は出来てる?」

「うん、大丈夫だよ。教会に行こっか」


 リーナの荷物は麦わらで編まれた籠バッグに入っている。まるでピクニックだなぁと思いながら、往復でほぼ二週間の旅程を楽しみにしていた。

 教会へ向かうと、ジーンさんの手荷物はほとんどなかった。


「手放して惜しい物はほぼないからの、後は若い者に任せる。好きに使ってくれ」

「ライカがエヒュラ村のシスターになってくれて本当に嬉しいわ。でも、旅は本当にいいの?」

「うん。私もこの村が好きになったから」


 私の言葉にリーナが嬉しそうに微笑む。出発だという彼女のかけ声で、私たちは村から南方へと向かった。私が最初にやってきた山は北側だったから、南がどんな様相なのか楽しみである。街道を歩き始めると、リーナが私の荷物を見ながらある質問をしてきた。


「ライカと初めて逢った時、何も持っていなかったように見えたけど……荷物はどうしたの?」


 言われてハッとしてしまった。そもそも前の世界で魔王と対決していた時の所持品は、あの世界で失ってしまった。だから、こっちに来たばかりの私は手ぶらだったわけで。だとすると、リーナにどう説明したらいいのだろう。


「盗られた……の。その時に聖印も盗られちゃったから、今頃……神罰が下っているだろうね」


 嘘に嘘を重ねる私に神罰は下るだろうか。仮にあのハートロードが神様サイドの存在なら、きっと罰を下すことはないだろうけれど、違ったら大問題かもしれない。


「ライカほどの実力者なら盗人なんて返り討ちだと思うけどなぁ。ていうか、どこで? もしエヒュラ村の近くならけっこう危ないんじゃ?」


 なるほど……それはそうだ。どこで、って言われてもこの世界の地理に詳しくないし……そもそも地図があるのかどうかすら分からない。教会にあったらいいなあ。


「村からはけっこう遠いかな。私がつい眠ってしまった時に、袋ごと持っていかれちゃって」

「そっかぁ。でも良かったね、乱暴なことされなくて」


 乱暴なこと、かぁ。言葉を濁しているけれど、そういうことなんだろう。

 私も前の世界ではすごく危ない目にあった。私を呼んだ国の王子がロリコンで、一度夜間に寝所へ招かれたことがあるが、私は断固として固辞した。

 王子の婚約者だった貴族の女の子とは一悶着あった後に、すごく打ち解けて仲良くなれた。今頃どうしているんだろう……。思えば彼女とリーナは何となく似ているかも。体つきとか、聡明なところとか……だから仲良くなりたいと思ったのかな。なんて、流石にそれは二人に悪いか。彼女は彼女だし、リーナはリーナだ。


「どうしたの? ライカ、疲れた?」

「あ、ううん。まだまだ平気だよ。ジーンさんはどう?」

「私もまだ平気じゃ。疲れたら言うから、あまり心配しなさんな」


 体感的には一時間で三キロくらいのペースで歩いて行く。歩いて五日となると、レゾリックという街はかなり遠いなぁ。というか、エヒュラ村が辺鄙なところすぎるんじゃないかな。


「そういえば、エヒュラ村ってどうやって現金を得ているんですか?」


 年長者ということでジーンさんに聞くが、答えてくれたのはリーナだった。村長の孫娘だし、詳しいのかもしれない。


「エヒュラ村から東へ行くとミャルセットっていう街があって、健脚な人が歩けば一日かからないくらいの近さかな。そこに大きな市場があって、小麦や綿、あと野菜とかを買い取ってもらうの。そうして得たお金のほとんどは税として納めるんだけどね」

「徴税官は月末に来る。レゾリックから戻った頃には、徴税も終わっているだろう。人頭税が大銅貨で二十枚分、それと交互に麦や農作物を納め、男衆には労役。田舎にゃ重たい税負担じゃのう」


 暦が分からないけれど、十日後くらいが月末だと分かる。そこからまた何日後に徴税官が来るかで、一ヶ月の長さが分かってくるだろう。いっそカレンダーがあればいいのになぁ。

 銅貨、銀貨、金貨にそれぞれ大小があるとのことだけど、渡された銅貨は大小どっちなんだろう。親指の爪より大きいくらいのサイズ感……小銅貨、だよね多分。

 一日目の旅程は小高い丘で昼食を摂り、その後は坂を下りながらゆったりと進み、魔物の活動が活発になる夕暮れ時には野営場所を決めて、野宿となった。リーナと交代で寝ずの番となったが、旅が初めてだというリーナはあっさりと寝てしまった。

 リーナが焚いてくれた火が、彼女の寝顔を照らす。私の膝の上でまどろむ彼女を、とても愛おしく思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る