013 Inquiry シスターという職

 明くる日、パンと目玉焼きの朝食をミルクで流し込んだ私は村唯一の教会へ向かった。教会へ行くということもあって、今日はもはや普段着となった綿のワンピースではなく、鮮やかな青のシスター服を着用している。まぁ、膝丈のミニワンピ形状のシスター服はシスター・ジーンのそれと大違いなのだけれど。


「よく来てくれたわね。お茶を用意するわ」


 教会内の個室に案内され、お茶まで用意してもらった。ミュラたちと飲むのと同じお茶で、すっかりお気に入りになってしまった。

 石造りの建物ということもあり、リーナの住む村長邸やミュラとリューンが住むフォレストバレー家とは雰囲気が違う。燃焼の恐れがないということもあってか、暖炉があるのも魅力的に感じる。


「改めて、草原の覇者を討伐してくれてありがとう」

「いえいえ、自分に出来ることをしたまでですから」


 あくまでもその話は本題ではなく、シスター・ジーンは一通の手紙を開きながら語り出した。


「貴女が草原の覇者を討伐してくれたおかげで、手紙の配達が再開されたわ。それで息子夫婦からの手紙が届いて……一緒に暮らさないかって提案されたのじゃ。でも、この国では村に一人は聖職者がいないといけなくてのう」


 手紙のやり取りが再開されたこと、村に聖職者が常駐しなければならないこと、どちらも初めて知る内容だ。この国、というワードも気になる。法があって、誰かが統治している。教会組織も同じなのだろう。そんな思考を巡らせていると、シスター・ジーンは衝撃の一言を投げかけてきた。


「シスター・ライカ、貴女……この世界の人間ではないわね?」

「んぁ!?」


 やはり薬草の名前を知らなかったり、この世界での常識に疎かったりしたのが怪しかったのかなぁ。……どうなっちゃうんだろう。黙り込む私の目をじっと見つめるシスター・ジーン。


「本来、シスターになるためには学校へ通う必要があっての。そこで薬草学や治癒術を学ぶの。貴女がどうやって治癒術を修得したかは分からないし、その衣装もどやって入手したか分からない。けれど、貴女が善人であることは分かったわ」


 なんか、ちょっと違う? ひょっとして、この世界って……シスター業界のことなのだろうか。だとしたら、その方がありがたいのかな、私にとって。


「こう見えて私も、昔はシスター養成学校の教師をしておったわ。だから、その権限を行使して、貴女をシスターとして正式に認める」

「……だから私にこの教会で働け、そういうことですよね?」

「そうなるわね」


 年の功とでも言うのだろうか、私はその提案を断ることが出来るものの……その後の立場が分からなくなる。きっとエヒュラ村で過ごすということは出来なくなるだろう。ただ、シスター・ジーンの言うこの世界がシスター業界のことであるなら、私にはシスターを騙ることが罪か問えないのだ。


「ちなみに、正式なシスターとそうでないシスターはどうやって見分けるんですか?」


 だから私は、当たり障りのなさそうなギリギリの質問をした。仮に、治癒術や薬草学の知識だけなら、今からでも意地を通して正式なシスターだと言い張ることだって出来るはず。


「聖印を所有していること。これも一種のマジックアイテムでね、所有者の穢れを祓う効果を持っていて、魔物を遠ざけたり身を清めたり、そういった力があるわ」

「そ、そんなマジックアイテム……便利だし、盗まれることはないんですか? 盗まれたら、シスターとしての地位まで失うことになりかねませんよ」

「邪な意図を持ってこれを入手した者には、神罰が下るの。主は全知全能じゃから、それくらいのことは容易なのさ」


 神様すごいな……もしかして、あのハートロードという幼女も神様の一人なのだろうか。不意に誰かに見られているような感覚がする時があるのだが、もしかしたらそうなのかもしれない。にしても、邪な意図っていうのが曖昧だなあ。たまたま手に入れたとかなら問題ないのかな?


「しかしの、シスターが認めた相手に譲った際は、譲られた人物を新たに所有者として認めるのじゃ。さっきもシスターは本来、学校で認められる必要があると言ったけれど、ここみたいに小さな村ではシスターが現地の少女を見初めて、教育を施すの。そして聖印を渡す……ちょうど、こういう風のう」


 シスター・ジーンが私を出迎えた時に手渡したお茶のように、さも当たり前のようにそれを渡すものだから、つい受け取ってしまった。

 手にずっしりと重みを与えるそれは、一人の女性と葉が生い茂る大樹が掘られたメダルだった。これが、聖印……。


「改めて、この村をお願いしますぞ。シスター・ライカ。いやぁ、リューンに任せようと思っておったが、彼女はかなりの人見知りだからのう。加えて悲しいことに治癒術の素養がなくて……。助かったわぁ」

「いや、え……ちょっと」

「本来なら直接指導する必要がありますが、貴女は飲み込みが早いので……ここにある全ての資料に目を通せば十分にシスターとしての役割を果たせるでしょう」


 口調と姿勢を正し、深々と頭を下げるシスター・ジーン。完全にシスター・ジーンのペースに乗せられてしまった。だが、冷静に考えれば私が欲していた知識がここにあるし、この村でスローライフを送るという目標にぐっと近付いたのではないだろうか。


「そうそう、貴女の手腕を見込んでもう一つお願いがあるのだが、よいかの?」


 もう、私の中では何でもいいやという気持ちが勝って、そのお願いを二つ返事で承諾した。

 エヒュラ村から歩いて五日ほどの場所にある街、レゾリックへ向かう旅路の護衛だ。聖印を手放したせいで、当然魔物に襲われるリスクもある上、老婆の一人旅は純粋に過酷だ。


「そうじゃ、旅路にリーナも誘うといい。彼女はなんだかんだ、この村を出たことがないからのう。いずれは村長になると言ってはいるが、村の外を見るのもいい経験だろう。それに、レゾリックには温泉があるからの」


 温泉、その言葉で私の心の内は一変した。仕方なしに受諾した依頼ではなく、これはもう行くしかないというところまで変わった。この世界は入浴文化が盛んだと教えられたが、まさか温泉まであるなんて。

 出立は明後日と聞かされ、話は終わった。私は聖印をかつてポーションなど即効性のある薬品を入れていた、シスター服の内ポケットへ入れると、教会を後にした。取り敢えずリーナにこの話を伝えなくては。

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