012 Days in the village 平穏な暮らし
私がこの世界に来てから、五日が経過した。初日に草原の覇者と対決し、その翌日にバーベキュー。一昨日はシスター・ジーンを手伝って薬草畑の水やりや、雑草の草取りをして過ごした。
外傷は治癒術で治すことが出来るけれど、誰もが術を使えるわけでもないから、傷薬になる薬草も絶やしてはならない。
他にも解熱作用のある薬草や、解毒作用のある薬草、見た目は前の世界で使っていたそれに似ていたが、名前は全然違って、一から覚え直さねばならないのは少し手間だけれど、時間だけはあるから。
昨日と今日はひたすら農地の整備に費やした。元々農地だった場所は雑草だらけになっていたり、草原の覇者に踏まれて地面が固まっていたりしてしまっている。リーナが雑草を焼いたり、私を含め村人たちで耕したりした。
そうして農業が出来るようになった土地へ、草原の覇者の骨を粉々にしたものや、バーベキューの時に出た灰、それからトイレから回収してきた……まぁ、それらを土に混ぜて土地に栄養がある状態へ変えていく。今は土が乾いているから、雨を待たねばならないらしい。汲んだ水をまいてもいいが均一に水分を含ませるなら、雨が一番手っ取り早いとのことだ。
「ここに何を植えるの?」
作業をしながらリーナに質問したら、綿花を植えるのだと返事が返ってきた。小麦じゃなくて大丈夫なのかな。なんだか食糧がかなり乏しいって話だけれど。
「収穫間近の小麦畑を襲われたからね……。でも時期的に綿花を植えるしかないのよ。それに少しだけでも収穫できた麦は今、製粉しているはずだよ。苗にする種も残さないといけないから、今年の冬はどうやって越そうか。肉の備蓄があるだけいいのだろうけど」
小学校五年生の頃にバケツで稲作をしたことあるけれど、やっぱり春先に苗を植えないといけないから仕方ないんだよね。はぁ、やっぱりお米が恋しいなぁ。
夕暮れの頃になると、作業を終えて村人たちは帰宅の途に就く。私もリーナと別れ、フォレストバレー家に帰宅した。
「お帰りなさい。農作業お疲れ様でした」
「おかえり。お風呂、入れるよ」
ミュラとリューンに出迎えてもらうと、疲れなんてすぐに吹っ飛んでしまう。抱きつきたいけれど、それをぐっとこらえてお風呂へ向かう。フォレストバレー家はリビングダイニングと寝室が二部屋、それからお風呂とトイレという間取りだ。
私は今、ミュラとリューンの両親の部屋を借りている。衣類はミュラには小さくリューンには大きい服を借りて、三着くらいを着回している。今日も土にまみれてしまった。毎日お風呂に入れるのは、本当に幸せなことだ。近くに川があるエヒュラ村は、地下水脈も豊かで井戸があちこちにある。
そこから汲んだ水を石で出来た浴槽に入れ、焼いた石か薪で加熱してお湯にする。フォレストバレー家では石を焼いて熱している。木桶で頭からお湯をかぶり、他にも泥汚れだとか、それこそ臀部を丁寧に洗う。シャワーなんて便利なものはないけれど、この世界には魔法がある。魔法を使った技術がある。
「ついでにこれも洗っちゃおっと」
そう言って浴槽から取り出した掌にのるサイズの立方体。それはマジックアイテムと呼ばれ、今持っているのは浴槽内の汚れを吸着するアイテムだ。地球で言えば冷蔵庫に入れる炭みたいな役割だろう。
お湯は毎日入るたびに減ってしまうけれど、全部を入れ替える必要が無いというのはありがたいのだ。
「今日も働いたっとぉ……はふぅ」
本当に毎日が充実している。村の人たちは優しいし、空気は美味しいし、水も美味しい。魔物の襲撃もないし、戦わなくていい日々なんて日本じゃ当たり前のことなのに……どれだけ尊いことか。
「ほんと、このまま一生をこの村で過ごしても後悔はない」
だとしたら、この先の人生をどうやって送るか考えなくてはならないよね。シスターとして働けるかと言われたら分からないことだらけだし、治癒術の腕には覚えがあるけれど怪我人のいない場所では無用の長物だ。いや、出番がない方がいいのだけれど。
「そろそろ出るか」
浴槽から出てちょっとジャンプ。水気を落としてから拭き始める。拭いては絞り、拭いては絞りで水気を拭う。ノーブラノーパンで貫頭衣を被る。ちゃんと水気を取らないと透けてしまうのだ。作業中に汗で透けてしまったリーナの艶姿を見てドキドキしてしまったっけ。
お風呂から出てリビングへ向かうと、ミュラが料理をしていた。その料理にも、マジックアイテムが使われている。地球風に言えばコンロだ。そんなコンロ風のマジックアイテムで火に掛けられているのは鉄板。何を作っているんだろう?
「ミルクとタマゴを分けてもらったので、新しい小麦粉と一緒に溶いて、キノコと少しのお肉を包んで焼いてみました」
木の皿に移されて提供されたそれは、お好み焼きとかそういう粉ものよりはクレープに近い印象を受ける。
手づかみで食べて手が汚れないというのは、この世界の料理にとって重要な要素らしい。手で持って食べると、素材本来の味を感じる美味しい料理ではあるのだがソースやマヨネーズといった調味料があればなおさら美味しいのだろうなあと思わずにはいられなかった。
前の世界は、日本人が思い描く異世界転生先のテンプレートみたいなものなのか分からないけれど、マヨネーズがあった。マヨネーズの作り方は小学校の家庭科で聞いた記憶があるのだけれど、必要なのは卵黄と油、塩それからお酢だったはず。
お酢を作るのが大変なんだろうけれど、お酒があるならきっとお酢もあるんじゃないかなと思う。そう言えば、草原の覇者を倒した後の宴ではお酒を飲んでいる人もいたっけ。
「ミュラってお酒飲まないの?」
「そう言えば私、年齢を言っていなかったわね。私はまだ十七歳で、お酒を飲めるのは十八歳になってからなの。でも飲まないと思うわ。大工だった父は、手元が狂うからってお酒を飲まなかったもの」
なるほどなぁと納得したのも一瞬、ミュラが十七歳という事実に衝撃を受けた。確かに、リューンが十歳で、たった二人の姉妹であることを考えたらそこまで年齢差はないのだろうけれど、見た目が放つ大人っぽさは十代のそれではない。
リーナもリーナでそれなりに大人っぽいと思っていたけれど、まさか十七歳だとは思わなかった。一歳しか変わらないんだ……そっかぁ。
私が衝撃を受けているのを、表情に出さないよう努力していると、ミュラが小麦を製粉する前に教会で儀式をした時に頼まれていた伝言を教えてくれた。
「そうそう、シスター・ジーンが教会に来て欲しいって言っていたわよ」
「分かった。農地の整備もだいぶ落ち着いただろうし、明日は教会に行くよ」
食後はお茶をおともに、ゆったりとした時間を過ごした。リューンに旅の道中についての話をせがまれ、私は前の世界や日本での日々について、当たり障りの無い範囲で話してあげた。
私が魔法で光源を出しているから忘れていたけれど、すっかり日も暮れ夜になっていた。私たちはそれぞれベッドで休むことにした。
この世界のベッドは木枠に麦わらをつめて、シーツとなる綿布をかけたもの。前の世界でほぼ野宿だった私には十分すぎるベッドだ。ほどよい疲れもあり、私はあっさり眠りに落ちた。
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