011 Grilling 美味

 草原の覇者、その肉が配布されると辺りはバーベキューのような雰囲気になる。大きめの枝を組んでたき火をし、そこで肉を焼く人が集まる。この時に出る灰も肥料として使うらしい。いわゆる草木灰というやつで、まだ日本で生きていた時に習った記憶がある。


「まぁ、私はあそこに行かなくても焼けるからさ。ほら、焼けたよ」


 魔法力を行使して指先に火を灯すと、その火力で草原の覇者をこんがりと焼くリーナ。表面を強火で炙った肉からは、油がしたたり美味しそうな匂いがぷんぷん漂ってくる。思わず唾を飲み込む。まだ焼いていない串と交換してそれを受け取ると、もう我慢できずにかぶりついてしまった。


「お、美味しい!」

「そこは脂身の多いお腹のお肉でね、加工肉にするのが難しいから早めに食べちゃうの。美味しいでしょう?」


 噛みついた時のじゅわっとする感覚や、野性味あふれる味わい……味付けは一切されていないけれど、肉の味が濃い。脂身が多いことから肉質は柔らかく、次から次に食べたくなってしまう。願わくは……白いご飯が食べたい。うわぁ、前の異世界では極力思い出さないようにしていたからなぁ。この衝動はそうやすやすと沈静化しないぞ、これ。あぁ、でもお肉美味しい……。


「ところでさ、あの肉どうやって保存するの?」

「干します。ただ干すだけですね。魔獣の肉は微量の魔力を蓄えているので、腐敗を防げるんです。虫も寄ってきませんが、別の魔獣を引き寄せることもありますね。今回はすっかり他の魔獣を食べ尽くした後の覇者なので、その心配もありません」


 草原における食物連鎖の頂点なんだなあ。覇者を名乗るだけのことはあるわけだ。防虫防かびとなると、保存食としては最高だね。普通の家畜よりよっぽど加工しやすいし、量も得られる。ただ、討伐は命がけだけれど。


「ここは内陸なので、塩が手に入らないんですよ。お塩があれば、水分が抜けやすいので乾燥が早まりますし、味も付くんですけどねぇ」


 言われてみればハムとかベーコンは塩漬けした加工肉だ。あれ? そう言えば昨日のスープにも干し肉が入っていたような。あれは何の肉だったのかリーナに聞いてみる。


「あれですか? 行商人から以前購入した牛の干し肉だと思いますよ。覇者がいなくなって、街道の安全が担保されたとなれば以前のように行商人も来てくれるでしょう。あ、おかわり貰いましょう」


 草原の覇者のお肉は食べ応えもあるし美味しいが、だからと言って一本じゃ物足りない。村の男達が食べやすい大きさに切り分けた肉に、串をうってもらい受け取る。

 再び焼き担当はリーナなのだが、今度は少し火から離してゆっくりと肉を焼く。解体現場を見ると、手際がいいのか草原の覇者だったそれはすっかり骨格と一部の筋繊維を残すだけのものになってしまった。脚部や背骨の太さに圧倒されるが、それ以上に角の雄大さに驚きを禁じ得ない。あれに突かれたらひとたまりもなかっただろう。弱体化した私が生きてこうして肉にありつけるというのは、ひょっとしたら奇跡的なことなのかもしれない。

 スローライフが送れるはずの世界に来た初日にあの激闘を繰り広げたわけだから、ほんとうにあの幼女は信用ならないな。悲しいことにまた会うことは確定しているというハートロードという幼女に、絶対にまた文句を言ってやるんだと決心した。だがそれは何十年後の話。今は美味しいお肉を食べて、リーナやミュラ、リューンとともにエヒュラ村でゆっくりと過ごせたらそれでいい。


「はい、焼けたよ。さっきよりじっくり火を通したから柔らかいはずだよ」


 受け取ってかぶりつくと、リーナが言ってくれたように表面が柔らかくて、あっさりと噛みちぎることが出来た。中はほんのり赤くて、血の味がするというかますます野趣あふれる味わいになった。最初に食べた外側がカリカリになって油が浮いているのとはまた違う、噛んでからじわーっと油が出てくるその食べ応えに私はもう大満足。


「美味しいなぁ……塩なんて必要ないよ。こんなにも肉の味がするんだもの」


 しみじみと呟く私が面白かったのか、笑いが漏れてしまうリーナ。集中出来なくなったのか、指先に灯していた火も消えてしまう。


「気持ちは分かるけれど、お塩は料理を豊かにしてくれるし、日々少しずつ摂らないと健康を害するのよ? シスターさんに言うのもおかしな話だけれど」


 日本風ないし地球風に言うならば釈迦に説法というやつか。医学薬学神学がシスターの領分なのはこの世界でも同じだろう。だからこそ今は知識が欲しいのだけれど……。


「あと塩の効果といえば浄化よね。ライカは腸詰めって食べたことある?」

「ソーセージのこと? うん、あるけど」


 日本でのことだから三年以上前になる。いっそ無いと言ってしまった方がよかったのかもしれない。


「最初は動物の腸に肉を詰めるなんてって思ったけれど、一度だけ、祖父が行商人の方から買ったのを食べたことがあるの。美味しくて驚いたわ。でも腸をとても丁寧に洗浄する必要があって作るのにすごく手間がかかると祖父から聞いたら、なんだか二口目それこそ最後の一口がもったいなく思えてしまって。もう、笑わないでよ」


 リーナとこの世界のことを知りながら、旅をして、その道中で美味しいものを食べる、そんな生きたかもいいのかもしれない。それはきっと、魔王討伐を目的とする過酷な旅とは比べものにならないくらい楽しいんだろうなぁって。そう思わずにはいられなかった。

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