010  Dismantling 祈り

 倒れ伏した草原の覇者、その毛皮を男衆がせっせと剥がしている。今はまだ温かいのだが、もうじき寒い時期がやってくるらしい。それに備えて、草原の覇者のような大型魔獣の毛皮が重宝されるのだという。


「あの巨体をどうやって切り分けるの?」


 もし包丁のような刃物があるのだったら、昨晩の戦いで鉄製の刀剣類が使われていてもおかしくないだろうし、となると黒曜石のような鋭い石器が使われるのだろうか?


「石包丁で削ぎ切るんですよ。本当なら金属で切った方がいいんでしょうけど……。でも、お肉は本当に美味しいんですよ」


 そうだ。美味しいとはずっと聞かされているけれど、その美味しさが分かるということは……少なくとも一度は草原の覇者を討伐して食しているということのはず。だとしたら、それはいつのことなんだろうか。


「ねぇ、草原の覇者を食べたこと……あるの?」

「もう十年前かなぁ。両親を殺したのは、十年前の襲撃してきた覇者なんです。あの頃の村は、十一年前の豊作もあって金銭的な余裕がありました。金属製の農具や武器があって、それに冒険者も数人逗留していて……あと、村の人口も多かったから、冒険者の方を隊長に大規模な討伐隊を結成して……壊滅的な被害を出しながら、辛くも勝ちました。父――次期村長を亡くして、村は沈んでしまいました。けれど祖父は、生き残った人たちを褒め称えるべく宴を催しました」


 なるほど……喪に服さねばならないというのも分かるけれど、その一方で草原の覇者を討伐したことも祝う気持ちもあるし、生き残った人たちをねぎらうことも大事だ。


「ちょうどその日だったなぁ。リューン、彼女が産れたのは。それに、祖父が言っていたの。誰かが亡くなった日は、誰かの誕生日だって。どれだけ悲しいことがあっても、悲しみ続けてはいけない。いつか気持ちに折り合いをつけて、未来を見据えて笑顔で生きなきゃいけないんだって」


 少しずつ解体される草原の覇者を眺めながら、なおもリーナは言葉を続ける。


「父が戦いに出る前に、草原の覇者がいかに美味しいのか教えてくれたんです。両親の亡骸の前で食べた覇者のお肉が美味しくて、一緒に食べられなくて辛くて、大泣きしながら食べたのをよく覚えています。だから私は忘れません。両親のことも、あの味も。ずっと……」


 かすかに涙を浮かべながら、でも決して流さずとどめるその姿が印象的だった。なおも草原の覇者の解体は続き、血を抜く作業が始まったこともあり辺り一体が血生臭くなってきた。血の一部は樽で保存されるようだ。その用途を尋ねると、気付け薬として使われるらしい。魔獣の血液を固めた結晶は、魔法力が枯渇した時の虚脱感を緩和してくれるらしい。


「そろそろ肉の切り出しっぽいね。私がさっと焼いて一番に食べさせてあげるからね」


 いったい何人分の肉になるんだろうか……。部位によって多少色が違うものの、概ね濃い赤色で牛肉にも似た雰囲気で脂肪が入っている。肉を切り出して総重量を減らすと、もう片面の毛皮を剥いで、肉を切り出す。大仕事ということもあって、さっきまで作業していた人とは別の人に交代して作業にあたるようだ。


「ライカのおかげで、今回の襲撃での死者は二人だけ。ライオスさんもルドマンさんも、十年前の討伐隊で活躍したんだけど……。張り切っちゃってね。でも本当に、ライカのおかげでケガした人ももう皆、元気だし被害が少なくて済んだの。改めてお礼を言うわ。ありがとう」

「そんな、私は何て言うか自分に出来ることをしたまでだから」


 もっと早くこっちに来ていれば死者を出さずに討伐できたのかもしれない。思い上がりかもしれないけれど、自惚れかもしれないけれど……改めて言われるとそう思ってしまう。会ったことないけれど、ライオスさんもルドマンさんも、自分の人生があって、家族を守りたいとか、十年前の仲間の仇を討ちたいとか、色んな気持ちがせめぎ合って戦いに臨んでいたのかもしれない。大体の人は覚悟もなしに武器を取れない。


「その動きは?」


 私が胸前で十字を切ると、リーナが尋ねてきた。どうやらこの世界でのお祈りはこういう作法ではないらしい。たった半年しか通えなかったけれど、ミッション系の中高一貫校で習ったから、ちゃんとしたお祈りの作法のはず。とはいえ、今は気持ちが通じればいい。今回亡くなった二人にも、その前の襲撃で亡くなった多くの人にも。


「私たちはお祈りする時はいつもこうするの」


 そう言ってリーナは両手の指を組んで右親指の関節を鼻の頂点につけた。祝う時も悼む時も、そうするのが習わしらしい。


「あ、お肉の配布が始まるみたいだよ。串に刺してあるから、取り敢えず一本ずつもらいに行こう」


 どうしても私に早く食べて欲しいのか、私の手を引いて肉を配るおばさんのもとへ駆け出すリーナ。後ろをちらっと見ると、ミュラとリューンの二人が微笑ましげに私たちを見送っていた。

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