009 Fist&magic おだやかな時間

 朝食を済ませた私たちは、まだお昼まで時間があるということでミュラとリューンの家に向かった。まだ無事を報告できていなかったからだ。村の人びとも少しずつ動き始めているようで、煙突から煙があがっているのが見える。体感的には午前十時くらいだろうか。

 ミュラたちの家の扉をノックすると、中から姉妹二人揃って出迎えてくれた。


「あぁ、ライカさん! ご無事でしたか」


 ホッとした声色のミュラにぎゅっと抱きしめられる。リーナよりもさらに大きな膨らみは、包まれるというより埋まってしまうくらいのサイズ感だ。甘く優しい匂いに安堵する。ほどなくして抱擁を解くと、昨日と同じようにお茶のお誘いを受ける。


「せっかくですから、昨日のライカの活躍を聞いてもらいましょうよ」

「え、それはちょっと恥ずかしいよ」

「……聞きたい、な」


 リューンの一言で私は恥ずかしさなんて忘れ、昨晩の死闘について語り始めた。


「まず驚いたのはその大きさ。それでいて足が速いの。すごい勢いで突進してくるから驚いちゃったよ。でもきっちり、私がボコボコにしてやったよ」


 胸の前で拳を合せてアピールする。


「え、特別な武器も使わずに拳で? シスターって皆さんそうなんですか?」


 ミュラにも驚かれてしまったということは、やはり徒手空拳で戦うというのは変なのかな……? 前の世界には剣闘士ならぬ拳闘士が多数いる世界だったのだけれど……。だからこそ、魔王との対決で砕けてしまったが光属性の力を極限まで励起する手甲を作ってもらえたのだ。

 もっとも、あの手甲も拳を保護するというよりは、聖なる力を効率的に運用するために用いていたわけだからなぁ。ただ魔法力も大きく減ってしまったから効率は大事だし、技の威力への影響が大きいことから、やっぱり手甲は欲しいかもしれない。

 服を直すくらいだから武器だって元通りにしてくれたって良かったのに、と金髪幼女への不満が募っていく。


「シスターが皆そうっていうわけじゃないと思うけど、私は武器を持つよりは拳や蹴りで戦う方がいいかな。魔法を

使って拳や足を保護しているから、私にダメージが返ってくることはないからね」


 とはいえ、こちらの世界ではまだシスター・ジーン以外のシスターに会ったことがないのだけれど。にしても、この世界の人が信仰する宗教の体制や儀礼について知らないままというのは不安だなぁ。私から他の人に聞くのも変な話だし、どうにかして知りたい。あと、暦も気になってはいるんだよねぇ。リーナが十六歳でリューンが十歳って発言しているから、年齢を数える上で一年の区分がどこかにあるはず。独特の概念が言語の加護で変換されて私が理解しているだけかも知れないけど……どうなんだろう。

 一回目の転生先でも少し困惑したけれど、地球上のありとあらゆる言語が転生先の言語と同期するからよく分からないことになってしまう。例えばリーナの苗字はストラテジーだが、日本語では戦術とか戦略っていう意味の単語だ。こちらでも本当にそういう意味なのだろうか? いや、話が逸れてしまうから今はいいか。それに――


「ね、どうやって保護? してるの?」


 今はリューンの疑問に答えてあげる方が、私の疑問を解消することよりも重要だと思う。

右手から指先にかけて光の魔法力を注ぎ込む。右手が光を帯びて輝くと、リューンが凄いと驚いてくれる。


「このパンチで草原の覇者もノックアウトだよ」


 ここまで自分の活躍をアピールしたから、その上で村人みんなの力やリーナの魔法がサポートしてくれたお陰でもあるんだよとリューンに語る。これは言えないけれど、ずっと一人で戦ってきたから、他の人にサポートしてもらいながら戦うというのは凄く心強く感じられた。


「特にリーナの火炎魔法が凄かったんだよ。尻尾のせいで男の人たちが倒れちゃって、危ないっていう時に魔法がドーン! って当って、草原の覇者がもう頭抱えて攻撃の手が止まったの。そこに私がドカンと一発! そうやって草原の覇者を倒したんだよ」


 身振り手振りも交えて、リューンに分かりやすく話をすると、リーナが照れたようにその水色の髪を弄る。そうこうしていると、ドアがノックされミュラが立ち上がった。


「あら、こんにちは」

「草原の覇者の解体を始めるから村人はみんな集まってくれって」


 どうやら一軒一軒を訪問して伝えているようだ。やはり電話やメールといったものがないと、こういう連絡手段が一番確実なのだろう。私たちは全員そろって、昨晩草原の覇者を撃破した村外れの草原へ向かった。

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