016 arrival 静寂の街

 歩みがゆっくりだったこともあり、予定より一日多く時間をかけて、エヒュラ村を発ってから六日後に到着したレゾリックの街。エヒュラ村からは大きく南下した後、山を回り込むように南西、北西、真北と進み、南の大門から街へ入った。

ただ、そこは活気ある温泉街とはかけ離れた静けさ。思わず気まずさを忘れてリーナと目を合わせて首を傾げてしまう。


「なんか、変だよね」

「えぇ、人の往来が少ないです」


 平面に整えられた石畳の道を歩く。街の看板には番地が記されており、それを見ながらジーンさんの息子夫婦が営むという宿へ向けて歩く。

 木造平屋ばかりのエヒュラ村とは異なり、石でできた二階建ての建物ばかりが建ち並ぶレゾリックの街だが、歩けど歩けど人とすれ違わない。閑静と言えば聞こえはいいが、まるで廃墟群にいるような気分だ。


「ここね、この静かさの理由も分かればいいのだけれど」


 宿屋に入ると、優しそうな夫婦が出迎えてくれた。

「母さん、こんなタイミングになってしまうなんて……」

「何があったんだい?」


 食堂へ通され、飲み物をもらう。コーヒーにも似た香りの飲み物で、味も苦みの奥に芳醇な甘みを感じるそれだった。


「ミルクってありますか?」

「あ、持ってくるわね」


 素直にミルクをいただき、少し苦みを抑えながらいただく。そんなことをしている間にも、宿の主人が現状について教えてくれた。


「実は魔物の大群が夜、襲撃してくるんだ……。それに備えて、戦える人間は今寝ているよ。それから武器屋防具屋は手直しや作製が忙しくて工房に篭っているだろうから、街には誰もいないってわけだ」


 また……夜戦かぁ。協力したいのは山々だけど、旅路で普通に疲れている。せめて、負傷者の治療くらいで済ませてしまいたい。けれど――。


「ライカ、その……」

「助けたいんだね。うん、死者が一人でも減るなら……やろうか。あの、怪我人はどこに集まっていますか? あと、戦闘に参加する人を取りまとめている組織はどこですか?」


 私の問いに、宿の主人は驚いた。まぁ、小娘二人に何が出来る、みたいなことを考えているのだろう。渋る主人に、ジーンさんが話すよう促してくれた。


「怪我人は教会に集まっている。教会は街の中心地にある塔のある建物、魔物討伐を管理しているのは西門近くにある冒険者組合の組織だよ。ちょっと待ってな、街の地図を渡すから」


 冒険者組合、かぁ。つまるところ、異世界もののギルドだよね。こっちにもあるんだ。地図を受け取ってじっくりと見る。なるほど、ちょっと遠いということだけ分かった。


「ちゃっちゃっと行こう。もう昼だし寝る時間は確保しておきたい」

「ところでこの二人を泊める部屋、あるのかい?」


 ジーンさんが大事なことを聞いてくれた。なかったら大変だが、一部屋ならあるとのことだった。リーナと相部屋、ちょっと前なら素直に喜べるのだけれど……少し不安だ。リーナの表情も少し曇ったものの、すぐに表情を引き締めた。


「行くよ、ライカ」


 今いる宿が街の南西部、まずは教会を目指して北東へ歩き始める。その道中で、聖印の効果のように街全体を魔除けできたらいいのにと呟いた私に、リーナがマジックアイテムの効果範囲はごく限られているのだと知らされた。


 流石にゲームみたいに街全体を覆う結界なんてないのか。前の世界にすらなかったもんね。街の安寧は人力で守るしかないんだ。

 教会の場所は分かりやすかった。鐘が吊された塔と一体化した建物、扉を開けるとシスターたちが慌てふためいていた。


「貴女たち、何をしに来たの!? 儀式や礼拝は今お断りだよ!!」


 余裕がないのか、かんかんなシスターに私は内ポケットから聖印を取り出す。


「エヒュラ村のシスターでライカと申します。怪我人の治療を手伝わせてください」

「ついてきなさい!」


 連れてかれた先は怪我人がひしめく急ごしらえの病室。エヒュラ村に初めてきた時よりもよっぽど惨憺たる現場だ。草原の覇者をも上回る強敵がやってきているとでもいうのだろうか。


「どんな魔物が攻めてきているのですか?」


 術式を練りながら問うと、数が多すぎてわけが分からないというひどい返答だった。魔族が復活したかも知れないという声も、患者の誰かから聞こえた。ハートロードめ、魔王は討伐されたと言っていたじゃないか。魔族といえば大抵、魔王の側近で高度な知能を有して魔獣や魔植物といった魔物を支配下に置いている存在だ。


「――――ふぅ、フェアリーズ・ガーデン!!」


 治癒術を発動し病室の人たちのケガを治療する。あっという間に治ったケガを見て、患者たちが色めき立つ。


「……強力な治癒術ですね。多少、後遺症が心配なくらいですか緊急事態ですからね」


 シスターが心配する後遺症、前の世界で習った項目だった。大けがを急速に治すことで、体調にその後、異変を来すことがある。だから薬草を煎じて使うことで、身体の内部から治療することも必要とされているのだ。

 私は治療した人たちから、組合の寄合所へ行くという人に同行して向かうことにした。治癒術の技量を証明してもらうのにも丁度いいだろうという判断だ。

 社会の教科書で見た明治初期の銀行みたいな建物、それが冒険者組合の寄合所だった。木製の扉を開けると、カウンターに女性が何人かいて事務作業とおぼしきことをしていた。


「どうなさいました?」

「私、エヒュラ村のシスターでライカと申します。こちらは」

「エヒュラ村の村長、ジスター・ストラテジーの孫娘リーナです。魔物討伐に私たちも加えてください」


 事務員さんは瞠目すると、ここまで連れてきてくれた冒険者さんが口添えしてくれたおかげで、奥から二枚の書類を持ってきてくれた。


「こちらに署名をお願いします。襲撃が沈静化した後に、こちらをお持ちいただければ、相応の報酬をお支払いいたしますので」


 なるほど。……しまった、この世界の文字が書けない。でもこんな目の前でリーナに代筆してもらうのは変だし……。いや、書類が漢字カナ混じりに読めているということは、これもきっと言語の加護によるもの。となれば普通に、神原来夏と書いて問題ないはず。……えぇいままよ!


「これでいいですか?」


 恐る恐る提出すると、事務員さんは特に反応をすることなく書類の真ん中に判を押し、半分に折るとそこで紙を切断した。なるほど、勘合貿易の札みたいな扱いなのか。

 私たちはそれを受け取ると、宿へ帰って仮眠を取った。

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