004 Tea break 村の暮らし

 一瞬気付かなかったけれど、青年が村長の所に行くと言った後、リーナはお祖父様と口にした。本当に宴を開きかねない、とも。つまりリーナのお爺さんがこの村の村長らしい。そうだとすると確かに彼女の品の良さというか身ぎれいさにも合点がいく。連れて来られたのは村でもかなり大きな建物。木々一本一本の太さが他の家のそれとは全然違う。村役場と言われても頷ける。


「ここがエヒュラ村村長邸よ。さぁ上がって」


教会は石造りだったから気にならなかったけれど、どうやら木製の家でも土足でいいらしい。奥へずんずんといった形容詞が似合いそうな足取りで向かい、重厚感ある扉を開けるとそこにいたのはダンディなヒゲの男性と先ほど治療した若い男衆であった。


「おぉ、ウワサをすれば何とやら」


 その言い回しはこちらにもあるのか。


「天使さまのお出ましだ。さっきは助かりやした。感謝します」


 天使ではないんだけどね。私が口を開こうとすると、リーナがそれを制した。村長がその豊かなヒゲを触りながら口を開く。


「そこのお客人はリーナが連れてきたそうではないか。どこで会ったんだい」


 優しげな声だった。


「シスター・ライカとは近くの山で出逢いました。高度な治癒術を使いますが、人間であると私は思います。草原の覇者討伐に加わりたいと良いだす辺り、少々世間知らずに思えますが」


 ……本人を真横に世間知らずなんて言うリーナも大概だと思う。


「人びとの力になりたいと思い旅をしております。草原の覇者を討伐することで、この村の皆様が救われるならば、私はそのお手伝いをしたいと思っております」

「ふぅむ……」


 私の話を受けて村長は深く息を吐いた。こういった村は排外的な部分があってもおかしくない。旅の者なんて言ったけれど部外者だし追い出されてしまうかもしれない。水や食糧、お金もなしに追い出されると流石に困るんだけど、どうなるかな。


「どうか、この村をお助けください。既に多くの男が魔物の餌食になりました。もう……これ以上、大切な村人を喪いたくないのです」


 村長が深々と頭を下げる。次いでリーナに抱きしめられる。


「良かった! シスター・ライカは救世主ですわ。聖女様よ。聖女様」


 あぁ、柔らかい。身長差もあって彼女の胸の高さに私の頭があって、その谷間に私の頭がすっぽりと。私には縁がないけど、この世界にブラジャーはあるんだろうか。ほぼ直みたいな感じがするけど。ちょっと固いのはちく……いや、ボタンだよね。多分、ボタンの形に形成した木を布に包んでボタンにしているんじゃないかな。というかやっぱりこの世界でも聖女として扱われるらしい。でも、天使よりはいいかな。


「この建物と教会は女子供の避難に使っているから、そうだな……リーナ、フォレストバレーさんの家に彼女を案内してやってくれ」

「はい、分かりました。行きましょう、シスター・ライカ。そうだお祖父様、宴をやるなら草原の覇者を討伐してから、ですわよ」


 そういえば宴がどうこのうのでここに来たんだっけね。そのフォレストバレーさんの家に向かいながら、リーナは村長が宴好きでことあるごとに宴を開きたがるのだと言う。


「でも」


 そう一度言葉を切ってから、少し悲しげに言葉を紡ぐ。


「お祖父様がそうしたがるのは、村の活気がなくなっているからだと思うんです。私の両親も魔物に殺されました。今から向かうフォレストバレーさんの家も、姉妹二人暮らしですのでシスター・ライカが一緒に住んでくださればあの二人も明るくなるだろうと考えたのでしょうね」


 寂しげに微笑む彼女は、その大人びた印象が影を潜め年相応の少女に見えた。


「さぁ、寂しい話はここまで。見えてきましたわ、あそこがフォレストバレーさんの家ですわ」


 村長の家ほどではないが、かなり大きい建物だった。リーナが言うには村一番の大工さんだったそうだ。扉を三度ノックすると、顔を出したのは私やリーナより少し年上の女性。


「あら、リーナちゃん。こちらは?」

「初めまして。シスターのライカです。旅をしておりまして、村長さんに挨拶をしたら暫くここで過ごすのはどうかと言われまして」

「あらあら、大歓迎よ。ほら、入って。お茶を出すわ。リーナちゃんもどうぞ」

「お邪魔します」


 なんだか優しげな若奥様みたいな声を出しながら私とリーナを迎える彼女。着ている服は綿っぽい生地のワンピース。被るだけのものでボタンは見当たらず、なんというか大きな膨らみが露骨にシルエットを形作っており、おそらく食生活は関係ないのかもしれないという気がしてきた。


「申し遅れました。ミュラ・フォレストバレーです。こちらは妹のリューン。ほら、挨拶なさい」


 柱の陰から顔を覗かせる少女を、ミュラがテーブルにつかせる。四人がけのテーブルはきっと彼女たちと両親が何度も団らんのひとときを囲んだのだろうと思うと少し感傷的な気持ちになる。


「りゅ、リューン。十歳です」


 朗らかな姉と内気そうな妹、性格はさておき栗色の髪と優しそうな容姿は、とてもよく似ていた。


「さぁ、どうぞ」


 出されたお茶は木のカップに注がれており、そのせいか色味がよく分からないが香りは紅茶のそれと相違なかった。前の世界で飲んだコーヒーみたいな飲み物が美味しくなくて、少々トラウマなのだけれど、大丈夫かな。


「では、いただきますね」


 既にリーナは飲んでいる。少なくともこの世界では常飲されているようだし、きっと美味しいはず。ゆっくりと口を付けるとそれはほのかな甘みとその奥にわずかな渋さ、なるほどこれは確かにお茶。


「美味しいですね」


 昼のひとときは非常にゆっくりと過ぎていった。そう、夕刻に警鐘が打ち鳴らされるその時までは。

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