005 Nocturnal assault 草原の覇者との対決

 金属の精錬技術がどれほどのものかは分からないけれど、打ち鳴らされた鐘の音はけたたましく響き渡った。


「ひぐ……うぇ……」


 リューンのまなじりに涙が溜まる。ミュラが抱きしめるが、ミュラ自身もかなり不安そうだ。草原の覇者が現れたということか。リーナと目配せをする。


「行きましょう」

「ミュラもリューンを避難して。草原の覇者は私が討伐するから」


 家を出て男衆が集まっている一角へ、私とリーナは駆け足で向かう。そう広くはない村だ、すぐに到着した。ケガの完治した男衆は剣や斧を持っていたが、何人かは簡素な木の棒を持っていた。


「もう武具を揃えることも叶わないの。シスター・ライカの武器は?」

「え、私は拳で戦うけど……」

「……はえ? 本気ですの?」


 この世界には殴る文化がないのだろうか。そういえばリーナだって武器を持っていないように思えるのだけれど。第一、彼女が武器を持って戦う姿を想像できない。すると彼女は、スカートの内側から一本の棒を取り出した。それはまさに魔法使いが持つ短杖だった。


「なるほど、リーナは魔法使いなのね」

「えぇ。これでも村一番の実力者なんだから」


 治癒術は自分で使っているけれど、それ以外の魔法はまだこの世界では見ていない。そもそもあの山から村に来るまで魔物と遭遇していないことが気になる。


「それは、草原の覇者が食べ尽くしてしまったからよ」


 なるほど。それではある意味、草原の覇者さえ討伐すればこの村は暫く平和になるということか。それはますます頑張らなくては。私の目標はスローライフを送ることなのだから。この村ならきっと、のんびりと天寿を全うすることだって出来るはずだ。


「行こうか」


 男衆は三十人程度。分厚い木製の盾を持った人、金属武器を持った人、石や木の武器を持った人が十人ずつ程度。リーナのように杖を持った人と弓矢と持った人が女性を中心に住人程度。村の最大戦力らしい。


「天使さま、頼みますぜ」


 大斧を担いだマッチョな男性に声をかけられる。なんだか注目されているようでこそばゆい感覚だ。彼らの期待に応えられるよう、全力で頑張ろう。私が身体強化の術を展開すると、人びとが沸き上がる力に色めき立つ。


「草原の覇者接近中! 合戦準備!!」


 物見櫓から声が届く。男達が前進する。遠距離攻撃をするリーナとは一時の別行動だ。かがり火を焚いて草原の覇者を村から少々離れた場所におびき寄せる。矢の届くギリギリの場所なのだろう。既に激しい戦闘が行われた形跡があり、草がなぎ倒され地面が露出している。火に誘われているのか、動く物を追うのか、重低音の足音が確かにこちら側へ近付いているのが分かる。身体能力の向上で夜目が利くようになり、闇夜の中にとうとう草原の覇者の姿を目視で捉えた。二足歩行の巨大なサイの化物のような姿をしていた。しかも前足に相当する部位には巨大な爪が見える。


「あれが、草原の覇者……確かに大きい」


 三メートルほどはあろうか。魔王ほどではないにせよ、その巨躯からは想像できないほどの速度でこちらに接近している。


「盾、構え!!」


 年長の男性が指示を出し、木製の大盾が並ぶ。集団戦闘に不慣れだが、自分はもう飛び出していいのだろうか。ひとまず不可視の障壁を盾役の人たちに展開する。


「攻撃班、攻撃開始!!」


 草原の覇者が巨大な爪で攻撃を繰り出す。体勢が崩れたタイミングで指示が飛ぶ。武器を持った男達がたちまち草原の覇者の足下に斬りかかる。私も走り出して殴りかかる。虫を追い払うように身を振る草原の覇者だが、その動きだけで人はあっけなく吹き飛ばされる。打ち身や打撲、それ以外にも精神的な恐怖が戦闘意欲を削ぐ。

 そしてもう一つ、私自身の異変を感じていた。打撃に手応えがない。いくら手甲を失い素手とはいえ、もっと一撃に重みがあるはずだ。拳そのものも聖なる力で保護強化しているというのに、草原の覇者はびくともしない。むしろ遠くから押し寄せる火矢や魔法の方が効いているように思える。それが草原の覇者の耐性によるものなのか、私自身の弱体化によるものなのか。


「聖なる光よ礫となりて敵を討て、ブライトショット!」


 攻撃的な魔法はあまり得意ではないが、光の球を生み出すのは暗がりを進むのに便利だったから練習しさらに攻撃用に転用した。五つの光球が草原の覇者に向かい、炸裂する。こちらに敵意を向ける程度には効くが劇的なものでもない。魔法に弱いということではないらしい。となるとやはり私の力が弱まっているのだろう。


「せい! たぁ!!」


 巨体は私の拳ではびくともしない。間合いも広く、そう簡単には遠ざかれない。


「先に、確認、すればよかった!!」


 回し蹴りを放って飛び退く。丁度、矢と魔法の攻撃が当たり注意が私から逸れたのだ。間合いを取って私は右手を振って“画面”を開く。一度目の転生の際にあのハートロードを名乗る幼女が言っていた。

――最近の人は自分を数字で捉えるのが好きと聞いたので、ステータスを確認できるようにしてみました――

 SNSのフォロワー数とかいいねの数じゃないんだからとその時は思ったけれど、これはなかなかありがたいもので、生命力や魔法力の残量を確認できるのは戦闘中かなり役立つ。



『神原来夏 レベル50

 生命力 4132/4500 魔法力 390/500

 攻撃力 166 防御力 130 精神力 173 敏捷 144


 スキル一覧(表示)』



 うん。弱体化している。

 魔王と戦うしばらく前に全てのパラメーターが最大値になっていたというのに。スキルこそ全て残っていたけれど、総合的な能力の指標であるレベルが半分になっているなんて。それなら思いの外打撃に重みがないのも当然だ。


「だからって、諦めるつもりはないけどさ!!」


 右拳に聖なる力を注ぎ込む。消し忘れた画面では魔法力がみるみるうちに減っていく。この世界はゲームと違って技術に注ぐ魔法力は一定ではない。込めれば込めるだけ強力なものになるのだから、その分魔法力の上限値がものを言う。右拳は闇夜を裂く程に眩い光を放っている。草原の覇者が振り抜いた尻尾で、男衆の陣形が瓦解する。火炎魔法を顔面に受けた草原の覇者が攻撃の手を止めもがき苦しむ。


「せい!」


 脚に力を込めて高く跳躍、足場を作って駆ける。狙うは脳天のみ。最後は自由落下の力を上乗せして拳を突き出す。


「放て、瞬光拳!!!」


 草原の覇者の頭部に光が炸裂する。地響きのような断末魔を上げながら、ゆっくりと沈んでいく草原の覇者その重量に地面が揺れる。そして……一拍の静寂を置いてから歓声が沸き上がった。


「やったな聖女さま!」

「すげぇぜ! 草原の覇者をぶっ倒しちまったぞ!!」

「……ちょ、あ、皆さん! 治療を!!」


 明らかに腕が折れている者や腹部から出血している者もいるが、どうにも死者はいないようだ。驚く程の疲労感と、魔王討伐時には得られなかった達成感が私の胸を満たしていた。魔法力も半分を割り込むほどに減ってしまったので治療は最低限に済ませ、まずは村に帰ることとなった。

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