003 encounter 森での出逢い
気付くとそこは森だった。密林というよりはハイキングで行くような森で、木漏れ日が降り注いですごく居心地がいい。遠くでかすかに水の流れる音がする。川でも流れているのだろうか。
「はぁ……」
ため息の原因は私の姿。少し節くれ立った小さな手、引き締まった手足、真下を見られる絶壁の胴体、やはり肉体は年齢を重ねていないようだ。魔王討伐時に手甲は砕けてしまったようで、完全に丸腰だ。服だけは直されていて、青をベースとした修道服のようなワンピースである。
「取り敢えず川の方に行こうかな。水の流れに沿って歩けば道に迷わないだろうし」
ついでに水も飲みたいし。飲める程に綺麗な水だといいのだけれど。そういえば木の種類はなんだろう。葉っぱは紡錘形というか、細長くはないから広葉樹なんだろうけれど。見た感じ複数種の樹木が生えていそうだ。そんな雑木林を暫く歩いていると水の音がどんどんと近づき、ようやく川辺に着いた。よかった、清流だ。……おや、人がいる。
「誰!」
先に気付かれてしまった。私は取り敢えず無害なアピールがしたくて両手を挙げて丸腰であることを証明する。まぁ武器を持って戦ったことはないんだけど。
「見ない顔ですね……」
相手は女の子だった。さらっさらの髪は空を写したような綺麗な水色で、服装は白いシャツとスカート。遠目だから確実なことは言えないけど絹っぽい光沢がある。シンプルながら身なりのよさそうな印象を受ける。会話をするのには少し遠いと思い、丸腰アピールは解かず近付く。相手は特に動かない。
「旅をしているのですが、路銀も底をつき難儀しておりまして」
言ってから自分が修道女のような格好をしていることを思い出した。巡礼とでも言っておくべきだったか。けれどこの世界の宗教観が分からない以上、適当なことを言って警戒されたらそれはそれで厄介か。ふと、彼女が擦り傷だらけなことに気付いた。僅かに血が滲んでいる場所もある。石が枝かでケガをしたのだろう。
「ケガをしていますね、今治療しますから。……癒しの光をここに――クィックエイド」
簡単な治療術で彼女のケガは最初からなかったように消え去った。肌も白いし、何より体つきが豊満だ。この世界の食事や栄養状態は分からないけれど、少なくとも彼女はいい生活をしているように思える。前の世界ではこれほど血色のいい人は富裕層にしかいなかった。もっとも、あちらは魔王による被害を考慮する必要があるけれど。
「君みたいな子供が一人で旅? それに治癒術まで使えるなんて、ひょっとして修道学園から脱走してきたのかしら? あ、お礼が先よね。ありがとう」
子供扱いについムッとした表情を浮かべてしまうと、彼女は治療のお礼を言うと勢いよく頭を下げた。私がムッとした理由はそこじゃないのに。この世界だと十六歳はまだ子供だろうか。前の世界は十五歳で大人だったのだけれど。でも成人年齢って平均寿命とも関係するだろうし。
「あの、私……十六歳になるんですけど」
「あら、同い年? なら学生ではなく修道女ですのね。それは失礼しました」
「……同い年なの? 私と君が?」
いくら私の容姿が三年前で止まっているとはいえ、その三年で私の胸はそれほど育っただろうか。分からない。分からないけれど、目の前の少女が私には随分と大人びて見えた。
「名乗るのが遅くなってすみません。私はリーナ。リーナ・ストラテジーと申します。この近くのエヒュラ村の村長の娘です。貴女は?」
「ライカ。ライカと呼んでください」
随分と発音しづらい村の名前だ。
「ではシスター・ライカ。実は折り入って相談がございまして」
一応、前の世界でもシスターだったからそう呼ばれるのは特段違和感がないものの、つい前の世界での異名“拳撃の聖女”を思い出してしまう。聖女と呼ばれるような人ではないのだ私は。
「私からも相談があるのよね。安心して眠れる場所と食事が必要でね」
「では私の村へご案内しましょう。向かいながら私がお願いしたいことをお話しますので」
「分かったわ。頼み事は聞く。当然、私に出来ることなら、だけど」
方角は分からないけど川の下流へ向かうリーナ。その後に続く。森を抜けると草原が広がっており、村は目視できる距離にあった。木製の柵に囲まれたそれなりに大きな村だ。物見櫓もある。
「最近、村は魔物に襲われ死傷者が後を絶ちません。シスター・ライカには一先ず負傷者の治療をお願いしたいのです。村に住むシスターは高齢で、治療術の腕も翳りが見えますし、そもそも一日に対応できる人数が少なく村の戦力がどんどん足りなくなっているのです」
「それは元を絶つにこしたことないね。その魔物討伐、私も協力しますよ」
「そ、そんな! その魔物は草原の覇者と呼ばれる巨獣、しかも夜目が利き夜襲を好みます。撃退するのが精一杯なんですから討伐だなんて……」
なるほど、どうやら強力な魔物らしい。でも流石に魔王よりは弱いでしょう。愛用の手甲は壊れちゃったけれど、まぁ殴るしかないよね。
「大丈夫、腕には自信があるから」
腕というか、拳に? かな。そんなおしゃべりをしていると、村に着いた。柵こそあるが門のない簡素な村。家は木製だが和風というよりログハウスに近い雰囲気だ。
「けが人特に重傷者は教会で看ているので着いてきてください」
リーナに言われて到着したのは石造りの建物だった。教会だけは頑丈に作っているらしい。この世界の治療環境がどうなっているかは分からないけれど、病室として使われている部屋は比較的清潔だった。
「シスター・ジーン。こちらシスター・ライカ、旅の修道女だそうです」
「おやおや、これは随分とお若いシスターね。私はジーン、見ての通り老いぼれよ」
顔に深い皺を浮かべながらほほ笑む老婆。ため息混じりに、もう骨折すら治療できないのだと零した。
「死なせないことは出来るが、戦える程には治療出来んのじゃ。シスター・ライカ、頼めるかい?」
「えぇ、この人数なら一気に治すことも可能です」
木と綿のベッドが部屋に二十台。寝ている青年から壮年の男性、いかつい体格は戦士のそれだ、草原の覇者とやらとやり合って重傷を負ったのだろう。長らく一人旅だった私はこの手の治癒術を使うのは久しぶりだ。精神を研ぎ澄ます。
「癒しの光、神秘の僕となりて清浄なる庭園に集え――フェアリーズ・ガーデン!!」
蛍が放つ光のような、柔らかな輝きが病室を包み込む。傷口から生じる熱に浮かされていた男性たちの表情が瞬間ゆるむと、突然起き上がり今度は驚愕の表情を浮かべる。
「うぉお!? 治ってやがるぞ」
「本当だぜ。今度こそ草原の覇者をぶっ倒してやる!」
「嬢ちゃん何者だよ、天使か何かか!?」
「天使、天使だ! 宴を開こう、俺、村長の所行ってくる!」
「ちょ、待って……」
なんか、聖女より凄いことになっちゃったんじゃ……。
「お祖父様、本当に宴を開いてしまいかねないわね。シスター・ライカ、一旦我が家へ向かいましょう」
あまりの衝撃に腰を抜かしたシスター・ジーンに治癒術をかけながら、私はリーナに引きずられるように教会を後にした。
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