002 prologue 再びの転生
目が覚めるとそこは真っ白な空間だった。上下左右すらよく分からなくなる真っ白な空間を私は知っている。三年前、日本の片田舎で車に撥ねられた私が目を覚ましたのもここだった。
「また来ちゃったんですね、コナツさん」
「ライカです、夏が来ると書いてライカ。コナツとも読めますけど……。前も間違えたじゃないですか」
ハートロードを名乗る金髪の幼女、それがこの空間の主だ。彼女の愛らしい声が言葉を紡ぐ。私が異世界で闘ってきた三年間のことも知っているらしい。魔王と相討ちになったことも。そして、
「魂の研磨、もう少し時間をかけた方がよいようですね」
三年前にも聞いたフレーズ、魂の研磨……。私はそのことについて彼女に問うた。
「魂の研磨って何? 貴女の目的は何なの?」
彼女はただにこやかに微笑むだけで、一向に私の問に答えようとしない。尚も問おうとする私を彼女は片手の掌を見せて制すると、神託が下りたわと前置きをしてこう言った。
「次の世界で天寿を全うしてください。そうすれば貴女の魂は磨き上げられるはずです。では手土産代わりにお伝えしましょう、我々の目的を。なんて、そう易々と教えられるものじゃないんですよね」
天真爛漫な少女のような口ぶりで言われてしまうと、つい仕方ないかななんて思ってしまうけれど、今私の目の前にいるのは人を違う世界へ飛ばすことが出来る謎の存在。見た目通りの年齢ではないはずだ。そもそも私だって死んだ当時から姿が全く変わっていない。
ハートロード、その名が何を意味しているかは分からないがさっき彼女は“我々”という一人称を用いた。きっと神託を下す存在がいて彼女がいるということなのだろう。
「それで納得出来ると思う? 貴女に言われて魔王を倒したらまた死んじゃったのよ私」
あの世界にも友達がいた。守りたいと思った人たちがいた。魔王を倒した後、彼ら彼女らがどのような日々を送っているのか知る術はない。また日本で暮らせるわけでもないなら、私は何のためにあの世界で闘ってきたのか。ただ彼女にコマのように使われて、魔王を倒したらすぐ次の世界だなんて死ぬことすらままならないと言われたようなものだ。
「まあ、そう言いたくもなりますよね。普段ならここまで突っ込んだことを言われないのですが、それは皆さん初めてここに来たからでしょうね。二度目ともなると落ち着いていらっしゃる。困りましたねぇ、全てお話しするわけにもいきませんし。分かりました、ではこれだけ」
そう言うと彼女は私を指差し、次に自分自身を指差した。
「これは確定事項なのですが、私と貴女はまた出逢うでしょう。その時に全て、全てをお話しします。神に誓いましょう」
私としては正直、もう彼女とは会いたくないのだけれど。また死ぬことが約束されているようなものだし。でもまぁ、
「では次に会うのは数十年後でしょう。そうであることを願います」
天寿を全うしろと言われたのだから、時間だけはあるだろう。
「って、ちょっと待った! どんな世界に飛ばされるか聞いてない! 文明は? 地球水準?」
私の質問に、彼女は握った右手を左の掌にうつという妙に人間くさい挙動で反応した。忘れていたのだろうか。
「大事ですよね、それはそれは。前回行っていただいた世界よりも平和できままな生活が出来ると思いますよ。大気の成分比率も人間の生存に適応していますし、相変わらず言語は我々の加護で問題ないですし。なお生存する人類は人間のみで、エルフや獣人はおらず魔物はいますが魔王も既に討伐されています。文明レベルは中の上ほど。魔法にかなり支えられているようですね。戦争も暫くは起きておらず、ゆったりと暮らすには恵まれた世界のはずです。自然も豊かで入浴文化が盛んらしいですよ」
なんだか前より詳しく教えてくれた気がする。入浴文化が盛んというのは嬉しいかも。
「では、行ってらっしゃい」
朝のニュースのエンディングかよという爽やかな挨拶と共に、私の足下に幾重にも重なった魔法陣が展開される。そうして再び、私の意識はすとんと落ちたのだった。
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