拳撃の聖女が送る人生三度目の正直
楠富 つかさ
001 The Past 魔王を倒した日
いよいよここまでやってきた。この世界に来て既に三年、打ち倒した敵は数知れず敗北の数もまた数知れず。血反吐を吐いて倒れても立ち上がり、ようやくここまで来たんだ。アメジストのような結晶が刺々しく突きだした魔王の居城。血のように赤い扉を拳一閃突き破ると、最奥の間……その主の姿をついに目にした。
「魔王! お前を滅ぼす!」
両の拳を強く握る。魔王の姿は人間とそう変わらない。大きさを除けば、であるが。小柄な私からみて三倍、いや四倍か。赤黒い肌と虚ろな双眸、黒色のローブを纏うその姿はまさに魔の王の貫禄。肩には巨大な禍々しい大剣を担ぎ、その闇のように黒い眼でこちらを睨めつける。
「小さき者よ。貴様の拳は我には届かん」
地響きのような低い声音で言うや否や、大剣が振り下ろされ漆黒の衝撃波が私を襲う。それを躱し、駆け出す。体内を駆け巡る聖なる力を変換するための起句を唱えながら。
「大いなる力、我が身に――アクセルフォース!」
魔王に立ち向かうために自身の身体能力を引き上げる。さらに、
「聖なる守護、堅牢なる鎧となりて我を守れ――マルチプル・プロテクション!」
不可視の防御壁が私を包み込む。水平に振るわれる大剣を手甲と障壁で受け止め、跳躍。刀身を駆け魔王へ一息に詰め寄る。魔王が大剣を振りかぶると私もさらに跳躍、魔王の頭上を捉えた。脇を絞り右拳に力を蓄える。
「喰らえ、瞬光拳!」
聖なる力を纏った手甲を振り下ろす。しかし魔王はそれを難なく回避する。当然それは織り込み済みで、すかさず左掌底を突き出す。この近間で魔王は大剣を振るうことは出来ない。一度懐に入ってしまえば、勝てる……そう思い込んでいた。
「戯け者が!」
魔王の裂帛の気合いとともに闇色の衝撃波が巻き起こり、私の軽い身体は吹き飛ばされてしまった。聖なる力を両足に注ぎ空中に足場を形成し体勢を整えながら再び魔王に肉薄する。その一連の動作を魔王は知っていたかのように、私の頭上に巨大な刃が迫り来る。
「……っぅ!」
両手を交差させ刃を受け止めるがそこは空中、地面に叩きつけられてしまう。垂直方向に振るわれた刃を押し返すことは不可能だが、水平方向に力を加えることで致命傷になるダメージは辛くも避けられた。
「癒しの光をここに――クィックエイド!」
簡単な治療術を施した身体はまだ動くが、剣の圧に押され間合いが遠のいてしまった。手甲に蓄えた光の力を放出する、遠距離攻撃と目くらましを両立させた技を放ち再び駆け出す。水平に振るわれる大剣を跳躍で躱すと今度は脚甲に力を注ぐ。
「せい、はぁ!!」
巨大ではあるが人型の魔王、そのこめかみに脚刀で蹴り込む。しかしその巨躯は驚くほど重心が低いのか、びくともしない。空中で体勢を整え、人間で言うところの頸椎を狙うが逆に大岩ほどはあろう魔王の拳が迫り来る。
「―――っ!」
その大剣で敵を屠ってきた故か、魔王の拳は格闘の理に適っているとは言えなかった。大振りで外側から内側へ湾曲する軌道、その外側へ回避するが続けざまに羽虫でも払うかのような裏拳が振られる。私は上半身への攻撃を諦め、空中に作った足場を蹴って垂直落下しながら魔王の左膝裏へかかと落としを放つ。魔の力を統べる王と言えど物理的な力に抗うのは難しい。片膝をつくように前のめりになる魔王を追撃する。狙いは人間で言う肋骨の終わり、三枚。
「砕牙閃光打!!」
破魔の力を宿した拳を突き上げ、すかさず左、右、左、右の四連打。起き上がろうとした魔王の重心が上がり、その巨躯が揺らぐ。その隙を見逃すわけにはいかなかった。打撃を加えながら魔王の懐に入り込む。狙うは水月! 拳に溜めた聖なる力は既に迸って閃光を放っている。
「破ッ!!」
これまでにない手応えと共に、わずかながら魔王の巨躯が浮いた。押し潰されないよう身を翻し素早く構える。これで沈んでくれれば幸いだが……。
「グ、グォオオ!!」
おぞましい雄叫びを挙げながら、完全にうつ伏せになった魔王が地面に肘を立てる。まだ起き上がれるようだ。こちらの気力も既に限界が近い。次の一撃を最後にするしかない。さっきの一撃ほどの力を集めることは出来ないなら、より効果的な場所に当て身をするしかない。魔王は今俯いている。となると直立時は脊椎に守られている延髄を狙える。魔王とて延髄に一撃を食らえば二度と起き上がれるまい。右手刀に力を注ぐ。
「終わりだぁあ!!!!!!!」
首と後頭部の境目、そこへ吸い込まれるように手刀が突き刺さった。
「うおぉおおおお!!」
持てる力の全てを注ぎ込む。足下の力場が消え去ろうとそれでもよかった。私の放った光が収束した次の瞬間、魔王の全身に亀裂が奔り黒い炎が吹き上がった。たちまち爆発し、吹き飛ばされた私は結晶の柱に打ち付けられ倒れ伏した。もう起き上がる力もない。
「でも、魔王は……倒せた、よね」
かすかに見えたのは亀裂の走った大地、ここは崩壊するのだろう。その先のことを、私は知らない。
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