第13話 不都合な真実
気まずさを残したまま、紫歩が出ていき、ましろは黄金と二人きりになった。
黄金が立ちながら伸びをして、鼻から息を出した。
「さーてと、空気でも入れ換えるかぁ」
黄金が窓に近付き、少し開いた。凍りついた空気の中に、心地よい風が吹き込む。
白いレースのカーテンがふわり、と揺らめいた。
黄金は窓の前に立ち、ましろに背を見せながら、つぶやいた。
「紫歩の片眼、見えないんだよ」
ましろはピクリと眉を動かした。
「まぁ、眼帯をしてるから、想像するに難くないだろうがな」
ましろは黄金の背に視線をぶつけた。
視界の端に映る比較的大きな窓からは、歩みの遅い雲が浮かんでいるのが見える。
「それも事故が原因なんですか?」
黄金が首を横に振る。
「いいや、あれは事故が原因でなったもんじゃねぇよ。自分でつぶしたんだ。つっても、当初は眼をつぶすつもりじゃなかったみたいだがな」
ましろは顔をこわばらせた。
「ほんとはひとり残されちまった紫歩も三途の川の向こうがわにいこうとしたんだよ、仲間がいるであろうな」
窓から流れ込んできた風が、ましろのまぶたをひんやりとなでて逃げる。
「けど、そう簡単にはいかせてくれなかったんだよ、あいつらがな」
「どういうことですか?」
「オレがましろに初め合った部屋に額縁に入った写真があっただろ」
「あのお姉ちゃんたちが、ライブ衣装を着ている集合写真ですか?」
「そうだ。紫歩自ら命を絶とうとしたしたときに、あれが上からちょうど落ちてきたんだよ。結果、その下にいた紫歩は目の大事な部分を傷つけただけで、命に別条はなかった」
ましろは黙って黄金の語りに耳を傾ける。
「結果的に助かったとはいえ、本気で死ぬ覚悟をしてたんだから、あの時の紫歩にとっちゃ、たぶんVOTは自分の命ぐらい大切なもんだったんだろうな」
黄金が窓をさらに開く。
春の風が机に置いたままの菓子の包装紙をカサリ、と動かした。
「恥ずかしい話、オレはマネージャーのたぐいはしてたが、本当の意味でのメンバーではなかった。多少かかわってるだけであの七人と一緒だと思うなんておこがましいからな。んなもんだからよぉ、紫歩の気持ちがわかるなんつーのは口が裂けても言えねぇ。けどよぉ、自分に置き換えた時に、親しい人間が自分だけを残して去っちまったら、その存在自体もとからなけりゃよかった、って思ってもしかたねぇんじゃねぇか」
どこかでカァ、とカラスが鳴く。
「ただ、ましろの気持ちもわかるっちゃーわかるがな」
さまざまな感情がましろの中でぼこぼこと沸き立ってくる。
それがじわり、と胸の中にひろがる。
そこには、当然ながら、大きな後悔の念も含まれていた。
ましろは後ろめたそうに、先刻まで紫歩がいた位置に視線を送った。
眉間をくもらせて、ましろは戸惑う。
言葉を探すように一瞬唇をかんだ。
「それでも、私は紫歩さんには、いや、紫歩さんだけにはそう思ってほしくないです」
考えた結果、納得できないとばかりに、ましろはかぶりをふった。
「それならそうでいいんじゃねぇか?」
「えっ」
黄金は首だけ振り返らせる。
「自分は自分、他人は他人だ」
「そう割りきっていいんですかね?」
「それで納得しねぇんだったら、むしろ、VOTがいてよかったって思わせてやれ。ましろたちの代でな」
寂しそうな横顔を見せたましろに、彼女が包み込むようにほほ笑んだ。
「どうやってですか?」
「そう言われちまうと、ちぃと困るな。逆にどうすればいいんだ?」
「質問に対して、質問で返されると私が困ってしまうんですけど……」
「いや、まぁ、あんまり考えずに言ったもんだからよぉ」
「適当すぎませんか」
「カッカッカッ、人生なんて適当ぐらいがちょうどいいんだよ」
「なんですか、それ」
ましろの口から自然と笑みがこぼれる。
なんだかましろは救われたようなそんな気分になった。
「ましろ」
「なんですか」
「オレからも質問していいか?」
黄金は窓を開け放したまま身体ごとましろの方に向けると、この話はここで終わりだと言いたげに、話題を変えた。
「答えられることなら問題ないですけど……」
「カッカッカッ、たぶんいや、絶対答えられると思うぜ」
黄金の言葉にましろは身構えた。
口調こそ気さくさがにじんでいたが、微妙に持ち上がる彼女の口許に嫌な予感がしたからだ。
それは現実となって、言葉の刃としてましろの胸を貫いてきた。
「アイドルになりたい本当の理由はなんだ?」
「お姉ちゃんを見て、あこがれて最終的にはお姉ちゃんをこえるようなアイドルになりたいと思ったからです」
ましろは黄金の目をまっすぐ見て即答した。
「本当にそれだけか?」
黄金の顔の上から表情が急に消えた。
さぁ、ここに来た本当の理由を言ってくれ。
彼女の目は、明らかにそう語りかけていた。
「それもあるのかもしれねぇ。けど、そのない交ぜになったもんの中にひときわ大きい何かがあるだろ? オレはそれが知りてぇんだよ」
「たしかにさっき言った以外にもさまざまな理由はあることにはあります。でも、おおもとはお姉ちゃんにあこがれたからです」
「うそだな」
黄金が一蹴する。
「あこがれ? んなキラキラしたもんじゃねぇな、それは。一番近い感情とすれば、妄執。けど、これもいまいちしっくりこねぇ」
黄金の強い視線に射すくめられ、ましろはとっさに視線をそらした。
「アイドルになりたいっていうのに嘘偽りは感じなかった。ほんとうにアイドルが好きなんだなっていうのは伝わった。けどよぉ、その裏側にどす黒いなにかが垣間見えるんだよ」
毒を感じさせるような言い方であった。
じっとりと浮かんだ汗が、ましろのてのひらに冷たい感触を与える。
黄金のしつこさにましろはたじろいでいた。
湯呑に手を伸ばす。
茶を一口含むと気持ちを整えようとしてして、ましろは息を吐いた。
「ただのあこがれですよ」
黄金が何を知りたがっているのかを察したが、ましろはそれ以上のことは口にしなかった。
その質問に答えたくなかった。
それを話すことにより何もかもがご破算になるような気がしていたからだ。
カツン、カツンと靴音を鳴らして、黄金がましろに近付いた。
ちょうどそのときだった。
「ん? なんの音だ?」
控えめな足音とともにガラガラというなにかを引くような音が応接室にまで届いた。
それはしばらく続いた後、突然止まった。
トントン、と扉がノックされた。
ましろはビクリと肩を震わせ、振り向いた。
ノックの後に扉が開かれ、萌木が入室してきた。
「この荷物は戸田さんのですか?」
そう言いながら、彼女はましろが持参したキャリーバッグを二人に見せた。
黄金は固まったままのましろの様子を見ながら、つぶやく。
「そのキャリーバッグが関係してんのか」
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