第12話 相反する感情

「謝罪はしましたが、私自身言ったことは間違ってないと思ってます。あなたと違って口先だけでなく、いろいろと見てきた上で言ってますから。私も多少なりともはVOTとかかわっていたので」


 先刻のように、露骨に言葉にはしなかったが、宝山寺萌木という女性が考えていることが伝わってきそうな言い方だった。

 どうやら彼女は会社が目の前にぶら下がった人参を必死に追い、走り回っていた時期から関与しているようであった。


「おかんちゃん、そいつに何を言っても無駄だぜ。釈迦に説法するようなもんだ」


 彼女の背中に黄金が言葉をぶつける。

 萌木はそれに反応することなく、顔を前に戻し、


「そんなにいいものじゃないですよ、アイドルって」


 言葉だけを置き去りにして、出ていった。

 黄金がふーっと力を抜くようにため息をついた。


「別におかんちゃんも悪気があっての言葉じゃねぇよ。オレがさっき言ったのと同じく、今の時代アイドルになるのは生半可な気持ちじゃなれないぞっていうのをあぁいう風に言ってるだけだ。たぶん、ましろを思っての言葉だと思うぜ、オレは」


『萌木はストレートには言わない。ずっとあんな調子』


 紫歩が掲げたスケッチブックを見て、ましろは萌木が話していた時から気になっていたことを口にした。


「さっき、おか――宝山寺さんが多少なりともかかわっていたっていうのは、どういう意味なんですか?」

「おかんちゃんは、VOTのヘアメイクアーティストアーティストを担当してたやつのアシスタントだったんだよ」

「へっ? だったら、おかん――宝山寺さんは、ヘアメイクアーティストさんなんですか?」

「正確には美容師だがな」

「だったら、なんで今は清掃のアルバイトみたいなことしてるんですか?」

「あぁ、別にあれが本業ってわけじゃねぇよ。実際、夕方ぐらいから美容院開いてるしな」

「お店も持ってるんですか?」


 ましろが驚きの声をあげる。


「いや、おかんちゃんがアシスタントをしてたやつの店だよ。まぁ、今はもう、実質おかんちゃんの店って言ってもいいかもな」


 黄金は、語尾にややニュアンスを残して言った。


「どういう意味ですか?」

「そいつは今行方不明なんだよ」 

「行方不明?」

「あぁ、言葉足らずでわりぃな。おそらくましろが今想像してるような、んな大したもんじゃねぇよ。正確には、自分探しの旅をしてくるって置き手紙を残して消えた。VOTの事故が報道された次の日にな」


 ましろは言葉を失った。


「その事故が、あいつが行方不明になったことと実際問題関係があったのかはわかんねぇが、おかんちゃんの中ではタイミングがタイミングだから、結びつけちまってるのかもしれねぇな」


 身体が少し熱を帯びていた。胸のあたりに熾火おきびがたかれたようだった。


「んなことより、ましろ。おかんちゃんの名前を言い間違えそうになるなら、もうおかんちゃんでいいじゃねぇか」


 黄金がにやにやと意地悪な笑みを浮かべながら、百八十度違う話題を提示する。


「いやいや、本人が嫌がってたじゃないですか」

「あれは大阪では嫌がってるとはいわねぇんだよ。むしろ、もっと言ってほしいっていうフリだ」

「フリ」

「それになぁ、ましろ、イイ子ちゃんぶるのはいいが、結局間違ってりゃ、説得力ってもんがねぇぞ」

「しょうがないじゃないですか。黄金さんがおかんちゃんって言っちゃうんで、ついつられてしまうんですよ!」

「おいおい、人のせいにすんじゃねぇよ。紫歩はつられてねぇじゃねぇか」

「言葉と文字をいっしょくたにしないでくださいよ!」


 ましろの反応に対し、黄金が愉快そうに笑った。場に和やかな雰囲気が戻った。


「って、そういえば、すごく純粋な疑問なんですけど、おかんちゃんさんは、どうして紫歩さんには謝罪しなかったんですか?」


 ましろは気にかかったことを口にした。


「VOTなんていないほうがよかった、って言葉は私よりも当事者である紫歩さんに対して、失礼なんじゃないですか?」

「あー、まぁ、んんー、あー、んー、ああー、いやー失礼……んー、あぁ、そうかぁ」


 黄金の返答には歯切れの悪さが生じていた。

 思い悩むような色を眉間にみせる。

 彼女は一度、空中に視線を泳がせてから、ゆっくりと口を開いた。


「実はそうでもねぇんだよ」

「どういうことですか?」


 ましろは思わぬ返答にきょとんとした。


「VOTがなけりゃ、事故で自分の親友たちが死ぬことはなかったっていう事実があるからな」


 黄金は続ける。


「それだけじゃねぇ。言い方はわりぃが一緒に死んでりゃそもそもいい思い出しか残らなかったかもしれねぇ。けど、結果はどうだ? 紫歩だけが残っちまった。声が出せなくなるっていう嫌なオプション付きでな」


 ましろはチラ、と紫歩の膝に乗せられているスケッチブックを見た。


「だから、紫歩のなかでもおかんちゃんの言ったことが一理あると思ってるきらいもあるっちゃーあるんだよ、残念なことにな」


 黄金は自分に言い聞かすような話し方をした。

 ましろ自身も黄金の話はわかるような気がした。

 けれどもわかりたくない自分も他方ではいた。

 それは、あふれんばかりの記憶を引き連れてくる。

 ましろは混乱する思考をかき消すかのごとく、激しく頭を振る。


「でも……でも、VOTがなければ、紫歩さんとお姉ちゃんが会うこともなかったんですよ!」


 スケッチブックに目を落としている紫歩は、会話など耳に入っていないかのように、無表情だった。

 気を悪くしたようにも苦しそうにもないのが、ましろには少々不満だった。

 だからか、ましろはつい、攻めこむ調子になってしまった。


「紫歩さんはその出会いさえなければよかったって思ってるんですか!」


 ましろはじっと紫歩を見つめた。彼女はややあって、スケッチブックに向けて手を動かし始めると、スケッチブックをましろたちに見えるようにした。


『黄金、お茶がなくなってる。淹れてくる?』


 紫歩はさりげなくましろの言葉を受け流した。

 訊ねられた黄金は口を開かない。


「紫歩さん!」


 ましろが言葉を再び投げつける。紫歩は黄金の返答を待つことなく、空になった湯呑をお盆にのせると、応接室から出ていってしまった。

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