第7話 一番美しい娘の名は……
「ねぇ、知ってる? フィリップの噂」
「何のこと?」
「ほら、この間彼が付き合ってたエミリーが死んじゃったじゃない? しかもその前にはサーラも死んでるし……」
「うん」
「でね、二人共フィリップから好意を抱かれてたわけじゃない? だからこれは呪いなんじゃないかって噂が立っているのよ」
「なにそれ」
「だっておかしいじゃない? 普通こんなに連続して人が死ぬ? 絶対フィリップのことが好きな誰かが、彼に近づいた子を殺してるのよ」
「でも、サーラを殺した犯人はジョンっていう男でしょ? エミリーは病死だし……」
「だから呪いなのよ、ほら、ジョンも捕まった時に悪魔がどうだとか変な事口走ってたじゃない? それにエミリーも病気で死ぬにはいくらなんでも早すぎるわ。でもこれが呪いによる影響だとしたら説明がつくと思うの」
「そんな……ただの偶然じゃないの?」
「まぁ、そんな感じだからあなたもフィリップには近づかないほうが良いわよ。いつ呪いをかけられるかわかったもんじゃないし」
「大丈夫よ、私フィリップに興味無いし」
「そう? それならいいけど……」
そう言って少女は少し黙った後、今度は別の話を始めました。魔女はそんな他愛の無い話を聞いて、思わずニヤリと微笑みます。
その後店を後にした魔女は、ゆっくりとした足取りでサーラの住んでいた屋敷へ向かうと、門の前で呼び鈴を鳴らしました。すると屋敷から使用人が出てきて魔女にこう尋ねます。
「本日は何か御用でしょうか?」
「ああ、この家の主人に大事な話があってね」
「どのようなご要件でしょうか?」
「サーラだよ。サーラという名前の少女に関する大事な話さ」
「サーラ様なら半年前にお亡くなりになりましたが……」
「だから、そのことに関する大事な話があるんだ。いいから早く主人をお呼び」
「はぁ……」
使用人は訝し気な表情を浮かべながら、一旦屋敷へと戻りました。数分後、戻ってくると門を開き、魔女を屋敷の中に通します。魔女は指定された部屋の中に入ると、用意されていた椅子に腰かけ主人の到着を待ちました。
しばらくすると口髭を生やした中年男性が現れ、魔女の目の前にある椅子に腰かけると、魔女に向かって要件は何かと尋ねます。すると魔女は怪しげな本を取り出しながら、男に向かって優しく語り掛けました。
「町で聞いたよ、あんた、最近娘さんを亡くしたそうだね」
「はい、今でも信じられません……」
そう言ってサーラの父が目を伏せると、魔女はニヤリと笑いながら本を開き、男に見るように言いました。
「なんですかなこれは……?」
本を受け取ったサーラの父は、見慣れない単語が並ぶ本のページに目を通しながらそうつぶやきます。魔女はその様子を眺めながら、本に書いてある内容を説明し始めました。
「いいかい、その本のページには死者を蘇らせる方法が載っているんだ。素人のあんたが読んでもたぶんわからないだろうけどね」
死者を蘇らせる……その言葉を聞いてサーラの父は思わず顔を上げます。
「死んだものを蘇らせるなんて……そんなことが本当に可能なのですか?」
「あぁ、本当さ。医者にはできなくても、アタシならできるよ」
サーラの父親は訝し気な表情を浮かべつつ、魔女に対し詳しく説明するように求めました。
すると魔女は目を細めながら、サーラの父に対してある条件を提示してきます。それは今から説明する内容を、生涯誰にも他言してはいけないというものでした。サーラの父がその条件を飲むと、魔女は静かに死者蘇生の方法について説明し始めます。
「さて、どこから説明しようかねぇ……あぁ、そうだ、まずは命の蝋燭について説明してやろう。いいかい、人間の寿命というものはね、蝋燭のようなもので出来ているんだ」
「蝋燭……?」
「そう、誰しも長さはバラバラだけど、皆一様に似たようなものを持って産まれてくるんだよ。長寿のやつは長くて、病気がちなやつは短い蝋燭をね」
「はぁ……」
「それらは本来、寿命が訪れるまでは火が消えないように出来ているんだけどね、困ったことに、呪いを使ってその火を強制的に消してしまうものが世の中にはいるんだよ」
「……と、申しますと?」
「つまり、あんたの娘は誰かが掛けた呪いのせいで、本来の寿命よりも早く死んじまった可能性があるんだよ」
「そんな……うちの娘は誰かに恨まれるようなことをする子じゃありません!」
そういってサーラの父は顔をしかめました。すると魔女は少々語気を強めてこう言い放ちます。
「誰かに恨まれることは無い? ハッ、そんなことありえないね。生きとし生けるものは大なり小なり何かを奪って生きているんだ。いくら品行方正に生きてたって、気付かぬうちに何かを奪っていたりするもんだよ。たとえ本人がそれを望んでいなかったとしてもね」
「ですが……」
「まぁあんたの娘が良い子かどうかなんてどうでもいいよ。重要なのはこの先の話さ。いいかい? つまり呪いによって殺された人間というのは、いわば蝋燭は残っているにも関わらず火を消されちまった状態なんだ。つまり、本来の寿命自体は残っているというわけだね。だから何らかの方法でもう一度その蝋燭に火をつけることができれば、あんたの娘を蘇らせることも不可能ではないってわけさ」
サーラの父は魔女の話を聞き、藁にもすがる思いでこう問いかけます。
「では、もう一度蝋燭に火を灯すためにはどのようなことをすれば良いのですか? そもそもその命の蝋燭というものはいったいどこで――」
サーラの父が矢継ぎ早に質問し始めると、魔女は話を制止しながらこう言いました。
「いいかい、アタシに任せればあんたの娘を蘇らせることもできるよ。だけどね、物事には相応の対価ってもんが必要なのさ。言っている意味がわかるかい?」
「はい、娘が戻ってくるのなら、いくらでもお金は差し上げます。ですから……」
「よし、それじゃこの契約書にサインしな。あと血判もね」
サーラの父は契約書に目を通して驚きました。そこにはサーラが蘇った場合、多額の金銭に加えて、今住んでいる土地と建物を引き渡すように書いてあったからです。
サーラの父は一瞬悩みますが、娘の命よりも大切なものは無いと思い、契約書にサインしました。魔女はその契約書を受け取ると、去り際に一言、サーラの父に向かってこう言い残しました。
「あぁ、そういえば言い忘れていたけれど、あんたの娘は蘇っても二十年間しか生きられないよ。それともし今回の契約を誰かに話したら、あんたと娘の心臓は止まるようになっているからね。くれぐれも変な気を起こすんじゃないよ」
そう言って魔女は門を潜ると、そのまま西の森へと帰っていきました。
サーラが死んでから一年後、町に住む男たちの間ではイザベラという少女が人気になっていました。
以前はサーラばかりが注目されていましたが、彼女がいなくなった今、二番目に美しい彼女こそが、町で一番美しい娘になったのです。
魔女は、彼女が持て囃されている様子を眺めつつ、町の広場を横切り屋敷へと向かいました。そこは以前、サーラと彼女の両親が住んでいた屋敷なのですが、今では広い屋敷にたった一人、老婆が住んでいるだけの場所へと変わりました。
そのせいでしょうか? かつては美しい薔薇が咲き誇っていた庭も、今では雑草が伸び放題の荒れ果てた庭へと変貌しています。
魔女は屋敷に辿り着くと、紅茶を淹れ椅子に座りながらお茶菓子をつまみはじめました。そして西の森に住んでいた頃とは大きく変わった自身の生活を噛みしめ、喜びに浸ります。
「かつては魔女狩りを恐れて逃げ惑う日々だったけれど、生きていればいいこともあるもんだねぇ……ヒッヒッヒッ」
魔女はそう言って、座っているロッキングチェアを前後に揺らしました。
「それにしても、こんなに計画が上手くいくとはねぇ……金も入って、復讐もできて、おまけに証拠隠滅までできるだなんて……本当、あの子が持っている命の蝋燭が短くて良かったよ。さて、次は何をしようかね……」
魔女はニヤリと笑みを浮かべつつ、また計画を練り始めました。彼女以外、誰も住んでいない屋敷の中で――。
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