第6話 正体と経緯


 ルルの救出劇の翌日。


 よく晴れた雲一つない日の正午ごろ。




 ルルの住む中心街の一角。人口が多いこの大都市にも関わらず、人通りのほとんどない路地裏ビル一階にある洋食店。


 ジーク、レイ、ルルの三人はここで一緒にランチを取ることになった。


 何も知らないルルにこれまでの経緯を説明するにあたり、レイが、飯でも食いながら話そうぜ! と誘ったからである。



「ここは俺たちの行きつけの店なんだ。人入りは少ないが、料理はホント美味しいよ。」


「今日は私たちのおごりだから、好きなだけ食べていいからな!ルル!」


「は、はい!ジークさん、レイさん、ありがとうございます!」


「レイ。おごりって言ってもどうせ経費なんだろ?」


「当たり前だろ!せっかく交際費の名目が使えるチャンスなんだからさ。今日は食うぞー!」


 やっぱりな、という顔で笑うジーク。二人のやり取りを見てルルも微笑んだ。


「ごめんなルル。気を悪くしないでくれ。」


「いえ。それじゃ私も遠慮なく頂きますね♪」



 昼時なのに誰もいない店内。中は喫茶店のような落ち着いたクラシックな雰囲気だった。窓側の席に三人は着く。


 席に着くや否や、メニューも見ずに注文を始めるレイ。



「マスター! 私、いつものセットの超大盛でよろしく!」


 超大盛という、日常生活では無縁の単語に少し驚くルル。


「ルルはどうする? 俺のおすすめはオムライスかなー。デミグラスソースがかかってて美味いんだ。」


 そう言いながら、空中に浮かび上がるデジタルメニューを開いてルルに見せるジーク。メニューにはハンバーグ、パスタ、ピザ、グラタンやスープ等々たくさんの洋食メニューが並んでいた。どれもとても美味しそうだ。


「ちなみに、ここのマスターはメニューにある洋食だけじゃなくて言えば何でも作ってくれるぞ!ルル!」


 キラキラした目でドヤ顔でそう話すレイ。その目を見て、期待感が膨らむルル。でもとりあえずここは素直にお勧めを頂こう、そう思ったルルだった。


「じゃ、じゃあ…… ジークさんお勧めのオムライスでお願いします!」


 カウンター奥にたたずむマスターがニッコリ笑顔で返す。


「俺は~…… チーズハンバーグとオムライス。あとリブロースステーキとペペロンチーノにピザとそれから……」


 次々と注文されるメニューを聞き、それだけでお腹一杯になりそうなルルだった。







 


「いただきまーす! ん~!ウマい!やっぱマスター、あんた最高だよ!」


 そう言いながら運ばれてきた料理をバクバクと食べていくレイ。お皿いっぱい山盛りのトマトソースのパスタに、分厚いステーキが何枚も重なった鉄板、他にも見たことのない量のサラダやスープが並んでいた。


「ホント今日も美味しいよマスター!いつもありがとう!」


 爽やかな感想とともに、ジークもモリモリと食べていく。


 その光景に唖然とするルル。


「す、すごいですね。お二人とも……」


「ああ、ごめん。驚いたよね。俺たち任務で凄くエネルギーを消費するせいか、たくさん食べないと持たなくてね。ははは。」


 ジークは照れくさそうに笑った。


「そ、そうだったんですね! ジークさん、すごく強かったですもんね。」


 そう言いながらルルもオムライスを一口、口に運ぶ。


「お、美味しい!本当に美味しいですね!このオムライス。」


 奥で密かに、マスターが握りこぶしを小さくグッと突き上げる。


「だろー!?ルルも今の内におかわり頼んどくか?」


「レ、レイさん!だ、大丈夫です!そんなに食べられないです!」


「そうか? マスター!私にもオムライスくれー!」


 胸を撫でおろすルルだった。












「さて…… まずは俺たちが何者か、から説明しようか。」


 食事を済まし本来の目的であった、事の経緯を話し始めるジーク。


「俺たちは、元々、一万年前の時代で生きていた人間なんだ。」


「え!? い、一万年前……?」


「ああ。俺たちは、一万年の間コールドスリープによって封印されていた。簡単に言うと、身体を氷漬けにして生きたままずっと眠ってたってことだ。」


「ど、どうしてそんなことを……?」


「一万年前…… 俺とレイ、そして三人の仲間を加えた五人のチームは、共に悪と戦っていたんだ。その悪というのが、ルルも見たあの大男、バドーだ。」


「バドー……」


「当時バドーは全てをわが物とするため世界を支配しようとしていた。自らの目的のためなら殺しでも何でもやる、残虐な男だ。 俺たちは世界の平和を守るため奴と戦い、そして犠牲を払いながらも何とか勝利することができたんだ。」


 ジークは真剣な顔で話し続ける。


「だがその時の俺たちには奴を完全に消し去ることができず、封印するのがやっとだった。俺たちはその後、封印を解かれることのない完璧なものにするため、奴をその封印ごと深さ一万メールの海底奥深くに沈めたんだ。


 だが遠い未来では何が起こるかわからない。そこで、万が一バドーの封印が解かれる事があってもまた力を合わせて奴を止めよう、そう誓って俺たち五人は眠りにつくことにしたんだ。」


「す、すごい……」


 その果てしない正義感、責任感の強さに圧倒されるルル。


「まあ…… 私たちの運命ってやつだな。つっても、私は当時のことを、まだ思い出せてないんだけどな!ははは!」


 レイは呑気に笑いながら言った。


「え!?そうなんですか!?」


「ああ。どうやら当時のことを覚えているのは俺だけみたいなんだ。レイは何とか見つけることができたが、残る三人の仲間とはまだ合流できていない。」


 続けてレイが話す。


「私と同じように記憶を無くし、一般人に紛れて暮らしてるんだろうな。大まかな居場所はアザールの爺さんが知ってたから分かるんだけど、まだ調査中で個人を特定するまでには至っていないんだ。」


「アザールも一万年前からの俺たちの仲間なんだ。アザールは一万年の間、俺たち五人の封印装置の守護者として、そしてバドーの封印の監視者として、ずっと見守ってくれていたんだ。」


「てことは…… アザールさんという方は…… な、何歳なんですか?」


「はは。どうなんだろうね。彼は当時から見た目がお爺さんで、不死の身体を持っているんだ。


 その正体は獣神たちの遣い、つまり獣神と人間との間を取り持つ役割をもった精霊なんだ。」




「不死の身体…… 何だかファンタジーの世界みたい…… その、獣神というのは何なんですか?」


「ああ。ここが君に関わる重要ポイントでもあるからしっかり聴いてほしい。

 

 獣神は、この星が生まれ生命ができて間もない頃から星の平和を守り続けてきた、言わば守護神のようなものなんだ。」


「守るって…… いったい何から……?」


「そう。獣神には対になる存在がいる。それが昨日君を襲った巨大な化け物、魔獣だ。」


「あれが、魔獣……」


「魔獣は混沌をもたらすものとして生まれ、破壊衝動のみで突き進む凶暴な魔物だ。獣神と同じく強大な力を持っている。


 獣神と魔獣はそれぞれ五体ずつ存在する。獣神も魔獣も、五体が揃って初めて強大な力を生み出すんだ。


 獣神のうちの一体は、既に俺たちが手に入れている。だが残りの四体は一万年の間に各地に散らばってしまって、まだ見つけることができていない。


 そして昨日、バドーは魔獣を五体すでに手に入れていると言っていた……」


「それって…… か、かなりマズイ状況なんじゃ……」


「そう…… だが奴はまだ最後の鍵となるものを手に入れていない。その最後の鍵というのが…… ルル。君なんだ。」


「ど、どういうことですか!?」


「かつて獣神と魔獣を制御する力を持った女神と呼ばれる存在がいた。女神は五体の力を一つにまとめ強大な力を生み出すことができる唯一の存在だった。


 つまり獣神も魔獣も女神の力によって本来の力を発揮する。五体揃うだけではダメなんだ。


 女神の魂は時代を超え、受け継ぐ者が現れるとされている。一万年前の戦いのときにも女神の魂を受け継いだ少女の力を借り、俺たちは五体の獣神の力を一つに合わせ魔獣と戦ったんだ。


 そして、この時代にもその女神の魂を受け継ぐ者が現れた。それが君だ。」


「わ、私が……?」


「君はよく動物に懐かれるだろう?どんな凶暴な動物だって君には従ってしまう。それも女神の魂を受け継いだ者が持つ力の一つなんだ。心当たりはないか?」


「……は、はい。 私動物が大好きで、よく動物に懐かれますが…… そんな力があったなんて……」




「バドーはその力を利用しようと君を狙っている。また君を攫いに必ず現れるだろう。」


「そ、そんな……」


「でも大丈夫。君の命は必ず俺たちが守ってみせる! そしてお願いだ。ほんの少しだけ俺たちに協力してくれないか?バドーからこの星の平和を守るために!」


 ジークはまっすぐルルの眼を見ながら言った。


 ルルはここまでの情報量を整理し切れず頭がパンクしそうになっていたが、ジークの眼を見て、内に宿る熱い気持ち、正義感、誠実さのようなものを感じていた。


 少しの沈黙のあとルルは答える。


「はい……! まだよく分からないことだらけだけど…… 私は、私を救ってくれたジークさんたちの力になってあげたい! 私の心が素直にそう思いました。」


「ありがとう!ルル! ……半分脅しのようなお願いになってしまい本当に申し訳ない。」


「ありがとな。ルル。女同士これからもよろしくな!」


「はい!こんな臆病な私ですが…… 皆さんの力になれるように頑張ります!」










 一通り話し終えた三人。


「それじゃ、俺たちの拠点に案内するよ。ルル。付いてきてくれ。」


 そう言って席を立つジーク。そして、店内奥にある本棚の前で立ち止まる。


「実は、このお店の地下から拠点に繋がっているんだ。」


「そ、そうなんですか!? なんだか秘密基地みたいですね……!」


 少しワクワクし始めるルル。


「じゃあもう少し近くまで来てくれルル。」


 三人は本棚の目の前に立つ。


 ジークが本棚の本 ――この時代には珍しい紙の本だ―― を一冊手前に引き出すと足元が円状に光に包まれる。


 その光は短距離移動のためのワープ装置のものだった。光に包まれ消える三人。



 少しの間のあと辿り着いたのは、拠点へと続く地下通路だった。


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