第2話 追跡者あらわる


 少女ルルが囚われたビル高層階の一室。


 部屋の中は落ち着かない空気で満たされていた。


 低層階で尋常ならざる侵入者と応戦する兵たちから、阿鼻叫喚の報告を受け取るこの部屋のアンドロイドたち。


 ――侵入者の目的はこの部屋にいる少女に違いない。


 全員が声に出すまでもなくそう認識していた。


 大勢の兵を投入しているのにも関わらず倒せない相手。


 そんな奴がこの部屋に来たら、たった十体の兵で太刀打ちできるわけがないのは明白だった。


 しかし機械である宿命には逆らえずアンドロイド兵たちは与えられた任務遂行のため、この部屋唯一の出入り口である扉に向け銃を構え迎撃態勢を取っていた。

 



 この状況にルルも困惑していた。


 階下で何が起きているのか。


 侵入者がこの部屋に辿り着いたら自身はどうなってしまうのか?


 助けに来た? それとも殺しに……? あるいは自身は全く関係ないのか……?


 どうしてこうなってしまったのか……




 何一つわからないまま、この理不尽な状況に、そして何よりも自身の無力さに、ただただ涙だけが零れ落ちる。 

 






 視界がたくさんの涙で溢れぼやける中、背後から小さい声が聴こえた。





 

「大丈夫。今助けてあげるから。」






 はっ と目を見開くルル。



 背後を振り返ろうとした瞬間、大きな声が部屋中に響き渡る。



「監禁室の警備兵に至急連絡する! 直ちにエントランスの迎撃に加勢せよ! 以後、監禁室の警備は強化兵が交代し体制強化する!」


「繰り返す! 監禁室の警備兵は――」



 顔を見合わせるアンドロイドたち。




「薄々こうなる気はしていたけど……」


「オレたちもこれで終わりだな……」




 再び大きな声が部屋に響く。


「繰り返す! 兵力が足りないから、お前たちもさっさとこっちに来ーい!!」





「チクショーっ!!行くしかねー!!」


 そう叫びながらドアを乱暴に開け、走って飛び出していくアンドロイド。


 残る兵もそれに続いて飛び出していく。




 ルルの背後にいる一体のアンドロイド兵を残して。




 次から次へと変わる状況に茫然とするルル。 


 部屋には二人だけが残され、先程までとは打って変って静寂に包まれていた。




 これまで背後で微動だにせず沈黙を貫いてきたアンドロイド兵が、ルルの正面に立つ。



 

 涙はすでに止まり視界はクリアだったが、ルルの目にはどう見てもただのアンドロイドにしか見えなかった。


 さっき聴こえた優しい言葉は空耳だったのか?


 ルルは再び困惑する。




 アンドロイドはおもむろに左手首のあたりに手を当てる。




 すると、まるで熱湯の湯気で空気が歪むように、アンドロイドの周りの空気が一瞬歪み彼の本当の姿が現れる。


 


 少し暗めの赤い髪に赤い瞳。


 年齢は二十代前半だろうか。


 爽やかな笑顔の青年だった。


 ルルと同じように黒っぽいスーツと装備類を身に着けている。




   

「あ…… あなたは誰……!? 今のは…… 変装? いったいどうやって――」



 しっ と人差し指を自身の口元に立て、ルルの矢継ぎ早の質問を遮るように青年は話す。



「俺はジーク。君を助けに来た。色々聞きたいことがあると思うけど今は時間がない。ここから脱出するために今は何も言わず俺に付いてきて欲しい。」



 そう話しながらポーチから取り出した小さい針のような道具を使い、慣れた手つきでルルの手足に着けられた拘束具を外していくジーク。


 状況から彼に従うしか選択肢がないルル。


 しかしジークの言動と落ち着いた声にどことなく誠実さを感じたルルは、彼を信じ、うん、と一度頷いた。



「ありがとう。ルル。じゃあこれから一緒に脱出するけど走れるかい?」



 ――え?どうして私の名前を……?



 

 そうルルが思った次の瞬間。




 ドーンという大きな物音と共にビルが少し揺れた。



 よろめくルルに対し、物音の正体を考察するジーク。


 先程から微かに聴こえてくる階下の戦闘音とは少し異なる音だった。




 「こちらジーク。 レイ! 今の物音は君か?」




 「残念ながら私じゃねーぞ。 悪い!今ちょっと忙しいから、そっちで対処してくれよな!」




 レイが言い終わると同時に再び大きな音が鳴る。




 しかも今度はさっきより大きい…… というより音の発生源が近付いているようだった。




「嫌な予感がするな……」

 



 再び大きな音が鳴る。




 どんどん音のなる感覚は早くなり、大きな音になっていく。




 明らかに何かがこの部屋に近付いている。




 ルルにもそれがわかるほど、大きな音の発生源は存在感を強めこちらに近づいてきていた。




 身の危険を感じジークの後ろに隠れるルル。




 ジークも戦闘態勢をとる。







 ドーン!!――







 ついに大きな音は部屋の前で止まる。







 部屋の中が緊張感に包まれる。







 息をのむ二人。







 ……が、なにも起きない。







 ルルを背後に待たせ、ジークは部屋の扉に向かって慎重に歩みを進める。







 外からの奇襲の可能性を考慮し、右手の一面ガラス張りの窓を見るジーク。







 次の瞬間!


 窓とは反対側の壁をぶち破り、部屋の天井いっぱいの高さはある大きな金属の塊が口を開け、すさまじい勢いでジークに襲い掛かった。







 金属の塊はその勢いのまま窓ガラスを突き破りジークと共に外に飛び出していく。







 あまりに一瞬の出来事に声も出ないルル。


 まるで至近距離で電車が左から右へ通り過ぎていくかのような迫力、一瞬の出来事。


 そしてその電車のような巨大な物体にジークは轢かれてしまったように見えた。





 「ジ、ジークさん……」




 

 腰を抜かしその場に座りこむルル。





 「ルル!」





 茫然としていると、窓の外からジークの声が聴こえた。



 はっ と我に返り窓の方を見るルル。



 ――ジークさんは無事なの!?



 確認しに行きたいが腰を抜かし立つことができない。……が程無くジークが窓をよじ登ってきた。



 ジークは無事だった。



 襲われた瞬間、咄嗟に自ら窓ガラスを突き破り敵の襲撃を間一髪回避していたのだ。



 そして窓の外に飛び出し落下する直前、左手に装備したワイヤーロープのようなものをビルに向け射出してぶら下がり落下を防いでいた。



 

「大丈夫か!?ルル!」



「は、はい! ただ…… 腰を抜かしてしまって…… 立つことができなくて……!」



 そう言いながら再び自身の無力さを感じ、涙が溢れるルル。



「大丈夫だ。ルル。俺が君を必ず助ける。」



 理不尽な状況に晒され続けた事による不満。命を脅かされる恐怖。無力な自分への悔しさ。


 あらゆる負の感情でいっぱいだったルルの心に、ジークの言葉は深く刺さった。



「はい……! お願いします……!」



 様々な感情がぐちゃぐちゃに昂ぶったルルは、今言える精いっぱいの言葉でジークに答えた。


 ジークは笑顔で頷き、ルルを軽々とお姫様抱っこする。


 突然の、人生初めての体験にルルは小さく悲鳴を上げた。


 ルルの中でまた新たな感情が渦巻く。 







 ドーンとまた大きな音が外から聞こえた。


 さっきの金属の塊が再びやってくることを二人は予感する。







 「こちらジーク。レイ、魔獣が現れた。急いで脱出するぞ。」




 「魔獣!? やつらもう手に入れていたのか……!」




 「回収ポイントはβ。予定を変更して地下から脱出するぞ。」




 「……了解。ちゃんと姫さま持って帰って来いよ?」







 大きな音が窓の外から再び近付く。







 「ルル! しっかり俺につかまってるんだぞ!」





 そう言うとジークはルルの返事を待たずに、彼女を抱えたまま部屋の出口に向かって走り出した。


 



 二人が部屋を出るのと同時に、ビルをよじ登ってきたのであろう先程の巨大な化け物が窓の外から入ってくる。





 全身金属でできた巨大な四足歩行の化け物。


 大きく長いしっぽに、大きな口と牙。刺々しい骨格はアルマジロトカゲを彷彿とさせる風貌だ。





 ジークが魔獣と呼ぶこの化け物は、その巨体で部屋の仕切りや設備などあらゆるものを破壊しながら二人を追いかけてくる。





 大きな破壊音と咆哮をあげながら迫りくる魔獣の迫力は凄まじかったが、ジークは冷静だった。




 

 ジークは迷路のように広がるこの建物の通路をジグザグに走り、追手を振り切ろうとする。その走りに迷いはなく建物の構造はすべて頭に入っていた。

 




 道中、誰一人として遭遇しないところを見ると既に一般人の避難は終えているようだった。





 完璧に建物構造を把握した逃走側と、通路そのものが狭く障害となる追跡側。





 両者の距離は少しずつ開いていた。





 この状況を確認したジークは走りながら無線機に話しかける。



 

「レイ! 聞こえるか!? 十秒後にポイントゼロでターゲットをそちらに預ける! しっかりキャッチしてくれよ!」




「十秒!? くそ……! もっと早く言えっつーの!!」




 ジークは魔獣を振り切るため、入念にジグザグと通路を曲がり続ける。



 

 そしてビル中央エリア、一階までの吹き抜け部分を円状に囲むようにできた通路で立ち止まる。

 

 


 通路から一階の様子を確認するジーク。




 高さから想像するに現在地は、地上三十階 ~ 四十階ほどだろうか。

 





 ジークは息切れもせず落ち着いた声でルルに話しかける。




「ルル。俺を信じてくれ。君は必ず生きてここを出られる。」







――え?急にどうしたんだろう……?






 何の脈絡もなく放たれたジークの言葉に違和感を覚えるルル。







 しかしルルのその違和感はすぐに消えることになった。







 ジークはルルの体を、吹き抜けに向け放り投げたのだ。







「え……?」







 あまりの出来事に理解が追い付かないルル。


 空中でジークの目を見つめながら、時がスローになったように感じていた。







 だがそれも長くは続かなかった。







 重力に引かれるまま一階に向けて落下するルル。







「キャアアアーー!!」







 どんどん小さくなっていくジークの姿。死を悟ったルルは悲鳴をあげるしかなかった。







 次の瞬間、つい先程まで自分がいた場所に大きな爆音と共に魔獣が突っ込み、ジークが吹き飛ばされていくのが見えたルル。







――私を放り投げたのは、魔獣から私を逃がすため……!? ジークさんが…… やられちゃった……!?







 走馬灯のように、憶測が頭の中を駆け巡るルル。






 

 と同時に、三階付近にいつの間にか張り巡らされていたネットに、ルルは大きく沈み込みながらも着地した。


 


「あぶねー…… なんとか間に合った。」




 そう言いながら傍らにいたのはレイだった。このネットはレイが用意したものだった。




 ネットを双剣で切り裂き、落ちてきたルルを下で受け止めるレイ。


 周囲には強化兵が使っていた長身の槍が五本転がっている。


 一階付近にいたアンドロイド兵はレイが全滅させていた様子だった。




「やあ、お姫さん。私はレイ。ジークの仲間だ、安心してくれ。」




「あ、ありがとうございます……! でも、ジークさんは…… 私を助けるために…… あの怪物に、やられてしまいました……!」




 涙をぼろぼろとこぼしながら話すルル。




「ん? ああ。あいつなら大丈夫さ。」




 あまりの軽い返答に、え?という表情で顔をあげるルル。




「あいつはちょっとやそっとで死にはしない。ホント、しぶとい奴なんだよ――」














 


 魔獣に吹き抜けの向かい側まで吹き飛ばされ、壁にめり込むほど強い衝撃で叩きつけられたジーク。



 めり込んだ壁の深さがその衝撃を物語っていたが、ジークはそれを意に介さず通路に降りスッと立ち上がって魔獣を睨みつける。



 その鋭い眼と赤い髪が、ぼんやりと輝り始めていた。 



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