夢鬼

にぃつな

未完

 きっかけは1982年。一人の生徒が始めたゲームからだった。


「夢鬼をやろう」


 都市伝説<夢鬼>。夢の中でおにごっこするという遊びだった。鬼になった人はどうなるのかそのことは一切記載していなかった。


「入学式祝いだ」


 入学式。知らない人が多いこのなかで、友達の輪を作ろうと試みる企画だった。先生も心ゆく了承してくれた。


 それが、悪夢の始まりだとは――



***


 2020年。入学式を終えたタクマは、ひとり帰路していた。

 両親は入学式1か月前に亡くなっていたのだ。


 ひとりぼっちで帰るタクマを教師はその姿を辛く感じ取っていた。


 タクマの両親は不慮な事件で亡くなっている。

 山に捨てられた車の中で免許書と当時来ていた服、DNAでその身元不明の死体がタクマの両親だと判明した。


 その殺され方は異常だった。


 車の中でミキサーにかけられたのだろうか、人と思える姿かたちは残されていなかった。唯一判別できたものは残されたスマフォ、免許書、財布、服だけ。


 猟奇的な事件だと警察は動いたのだが、犯人の目星となる者は一向に見つからず1か月過ぎてしまっても、両親の死の真相を知ることはなかった。


 タクマは両親の死よりも、両親が帰ってくることを望んでいた。


「ただいまー」


 と玄関から開けて帰ってくる両親を暖かく「おかえり」と言い、出迎える夢を毎日見ていた。

 家族一緒に旅行したり、食事したり、テレビを見て笑ったり…でも夢から覚めれるとそれはすべて偽物だった。


 家には叔母がひとり住んでいる。

 帰れば暖かく出迎えてくれると、先生も思っていたのだが、叔母はタクマの父を嫌っていた。


 帰れば毎日、愚痴。

 子供に関係ない自慢話や武勇伝のお話ばかり。


 両親のことは一切話してくれなかった。タクマの言葉も耳を傾けてくれることはほとんどなかった。食事とトイレ、成績表以外は口にすることは一切なかった。


 時は過ぎ、夏休みになるころ、友人のイグチから連絡があった。


 両親の死と関係性があるという話だった。


 イグチの家に上がり込み、やつれたタクマを見て、「大丈夫か? ちゃんと飯食っているか?」と心配してくれた。


 叔母はいま、食事することも掃除することもなくなり、家のなかはゴミ屋敷に包まれつつあった。食事はバイト代でやっと持ちこたえていた。


「ちょっと待ってろよ」


 イグチは階段を下りていった。

 部屋の中に興味深い本と写真がベットの上にあることに気づき、それに手を触れようとしたとき、階段を上ってくる音が聞こえ、そっと手を戻した。


「コーラとソーダどっちがいい? あと、お菓子と昨日の弁当があるんだ。よかったら食っていくか?」


 タクマはイグチの優しさに胸をなでおろした。


 コーラとソーダを組み合わせたり菓子を食いながらテレビの話題やネットニュースを見たり、マイ*クラ*トを一緒にプレイしたり、オンラインでゲームしたりと一日楽しんだ。


 イグチの家は両親が共働きでイグチの周辺にはいつもゲーム機やPCが置かれている。寂しくないように両親が買ってくれるのだと言うが…。


「正直、タクマの気持ちすごくわかる。俺の両親は共働きで家に帰ってくるのは寝るぐらいだ。でも、仕事を楽しそうにしているのを見ると、家族旅行に行きたいなんて一度もなかった。両親はお金で買えるものなら買ってくれる。でも、やっぱり、親と一緒にいたいと…思ってしまうんだ」


 寂しそうに窓から外をのぞかせる。

 ゆったりとした雲が流れていくのを毎日見つめ、時間が早く経過してくれないかと思ってしまう。


「イグチ…」

「ご、ごめん。暗い話をしちゃったね、実はあることに興味を持ってね。調べていくうちにタクマも俺もこんな生活を変えれるかもしれない」


 ワクワクと本棚の上に手をかける。


「あった」


 と言葉とともに本をとった。


 その本には年季が入っており、しかも落書き並の字が書かれていた。


「けっこう古い本だよ。誰かが残していったものらしい。」


 埃臭く、紙はすでに茶色く変色してしまっている。ページをめくるとぺりぺりといってページがくっついてしまっている箇所がいくつもあった。


「どこで見つけてきたのさ」


「どこでだと思う?」


「どっかの廃屋か、ゴミ捨て場だろ」


「図書館だよ。しかも、一般的に見ることができない代物だよ」


 四つん這いでイグチに問いかける。


「どうやって手に入れたんだ?」


「親の力だよ。図書館には50年前からある。古臭い本や個人でおくられてきた本が倉庫に眠っていると言っていた。個人的に気になっていた分類もそこにあった。それがこれなのさ」


 手記のような本だ。

 先ほどのベリべりの本とは違う。


 こちらは文字はしっかりとしているが暗号のような不快感に囚われた。


「見て、なにか感じたろ」


「うん。一見すると図書館の歴史なんだけど、なにか違うんだ。文字の大きさというか、文字を二度足すようにして書いてあるっというか…」


「するどい!」


 指をグイッと鼻に押し付けられた。


「やっぱり友はいいな…いや相棒よ」


「あ、あいぼう…?」


「そうだよ相棒だよ。シャーロックホームズだとワトソンあたりかな。相棒は主人公の力となり、手助けしてくれる偉大なる存在だよ。主人公のあぶないところとか欠点を補ってくれる。それが相棒なのさ。友達以上の関係ともいえるかな」


 最近見始めた相棒のドラマに熱中していたイグチはすっかりと、タクマを相棒だと明言していた。

 なにか大きなものを見つけ、それを知りたといと思うほどイグチの好奇心は誰にも止められない。


「わかった。相棒ね。それでもったいぶっていないで教えてよ!」


***


 ――イグチから<夢鬼>のことを教わった。


 夢鬼は夢の中で鬼ごっこするという一種のゲームだ。そのゲームをするにはかつてゲームをしていた人と会う必要がある。

 手帳や本にはやり方は記載されていなかった。


 ただ、手帳はやはり暗号で記されていた。


「言葉を熟知する必要があるようだ」


 イグチは気づいていたようだ。

 その暗号は世界中の言語から拾い集めるもので、すべての言語を知っていないと完成できないものだと言っていた。ひとりで調べるよりも二人でだよと言い、その日はイグチの家に泊まった。


 夏休の間、イグチから図書館で本を返してくるように言われた。

「何年も前に借りていた」という理由で返せば、いいって言われたからだ。


 事実、受付の人はなにも催促してこなかった。


 本を返品し、図書館を出ようとしたところ、館長と出会った。ちょうどお役人と話して終えた後だった。返品した本を見て、驚いたかのようにタクマに迫った。


「君は、タクマ…くんかね?」


 不審者? でも、なぜ館長が名前を知っているんだ?

 恐る恐る聞いてみた。


「ご両親の友人だよ。イムラって聞いていないかい?」


 イムラ。両親が生前、イムラのことを話していたのがあった。イムラは物知りで頼りになる奴だって。困った時があったら相談してみるといいと言っていた。


「はい、両親が言っていました」


「そうかそうか、いま時間ある?」


 キョロキョロと見渡したうえで、タクマの耳元でそっと「<夢鬼>のことを知りたくないか?」と、目を大きく開け、ぜひ知りたいとお願いした。

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