猫又

皆さんは話す猫を見たことがあるでしょうか。

ないでしょう。

話しているように見える猫は見たことあれど、本当に話している猫は見たことないでしょう。

それでは、そんな質問をする僕は、見たことがあるのかと、そう言われれば、僕も見たことはない。

しかし、当てはあります。


祖母からこんな話を聞きました。

「この家(祖母の自宅)の裏に山があるだろう。あそこは全部ワシの私有地でな。手入れとか何もしていないんだが、どうも気がかりでのう。死ぬ前にもう一度あの山に入って地蔵を拝んどきたいんじゃ」


そう祖母は言って、僕に助けを求めてきました。

祖母の娘である僕の母に言うと、必ず反対されます。

当然です。祖母はもう若くない。平地だって一人で歩けやしない。

実は過去にも山に入ると言ったら、力づくで家に戻されたらしいです。


僕にすがる祖母の願いをきいてあげたいのですが、やっぱり母と同じ選択をするでしょう。

山なんぞに登ったら何度転ぶかわからない。帰って来た時には、祖母は血だらけで帰ってくるかもしれない。


すると、僕の心情を察したのか、祖母が言いました。

「大丈夫だよ」

「何が?」

「ワシには当てがあるんじゃ」


この祖母の『当て』が今回の話の鍵なんです。


この当てとは、何かと祖母に聞くと

「それは、山に登ってからじゃ。登ればわかる」


僕は不安でした。しかし、祖母が大丈夫だというならば、信じようと思いました。

祖母を静止する辛さから逃げたかったからかもしれません。


山登り当日、僕は前日から祖母の家に泊まっていました。

「いよいよだね」

と祖母に言うと、祖母は険しい表情で答えました。

「これでパパに何の気兼ねなく会えるよ」

パパとは祖母の夫。つまり、僕の祖父のことだ。

祖父は、既にこの世にいない。


祖母は、死ぬ前にやり残したことをやりとげようとしているのだ。

しかも、祖父と関係があるらしい。


朝ごはんを終え、出かける準備をした。

玄関で祖母は僕の手を握りながら、「ありがとね」と言った。


予想通り、祖母の山登りは険しいものとなった。

時折、よろめいて転びそうになったりした。

何度もおんぶを申し出たが、断られた。せめて荷物だけでも持ってあげたけれど、やはり、辛そうだった。


こんな感じで、僕も息を荒げながら、祖母を応援していると、祖母が立ち止まった。

「ここじゃ」

祖母の目の前には地蔵が立っていた。

大きさは背の縮んだ祖母の身長の半分にも満たなかった。


祖母は早速、地蔵に拝んだ。少しすると、家から持ってきたおにぎりを地蔵の前へ置いた。

「さて、じゃ帰ろうかね」

「え、もういいの?」

「ああ、もう満足じゃ」

「そう。ならいいんだけど」


ここで疑問が浮かぶ。

当てとは何なのか。

「どうやって帰るの?」

僕は聞いた。

「もうすぐじゃ」


少しの間、待っていると急に風が強くなり、突風が吹き荒れました。

「わぁ!」

と、突風に抗っていると、祖母が「来た来た」と言いました。


「風に抗うな」

どこからか聞いたこともない声が聞こえました。

「誰?誰なのおばあちゃん」

「迎えだよぉ」

祖母が語尾をうれしそうに上げました。


気がつくと、横にいた祖母がいなくなっていました。

「こっちこっち」祖母の声です。

上を見上げると、祖母が風に乗って飛んでいました。

「おばあちゃん!大丈夫!」

「あんたも早く昇って来なぁ」


そんなことどうすれば、と考えていると。

「風に抗うな」とまた、知らない声が聞こえました。


僕は、もうどうにでもなれと、体の力を抜きました。

そうすると、一気に体は、風に乗り、空へと舞い上がって行きました。

「来た来た」祖母は、そう言って家の方を指さしました。

「帰るよぉ」


僕は体重を前にかけて、前進しました。

後ろから見る祖母は、すごくウキウキしているように見えました。


家に着くと、先についていた祖母が、野良猫に「ありがとう」と言いながら魚を上げていました。


この猫は?と聞くと祖母は、

「あんたもさっき話したろう」

と言ってそれ以上は何も教えてくれませんでした。


突風を吹かせたのはあの野良猫だったのでしょうか。わかりません。

地蔵は、祖父との思い出が関係していたそうです。


以上で僕の不思議な体験談を終了します。

ご清聴ありがとうございました。

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