湿気ったマッチ

大学に通っていると偶に変わった奴がいる。

それは、髪の色が緑色だったり、携帯電話を持っていなかったり、普段はあれだけ大声で話しているのに講義で指名されると急に声が小さくなる人だったり。


しかし、僕が言いたいのはそのような現実的な人のことではない。

もっと非現実的なことを言ったりしたりする人がいるのだ。


それがこの人、山田山男。

失礼だけど名前からして変わっている。

でも、僕が言いたいのは名前のことではない。


と、その前に僕の自己紹介を聞いてくれ。

僕は、D大学経済学部経済学科に通う森田守男、18歳だ。

ちなみに、後1週間で19歳になる。

僕は、趣味で探偵をやっている。

職業にしてしまうといろいろと面倒なので一切お金を受け取っていない。

友達のお悩み相談をしていると思ってくれていい。


そんな僕のところにある依頼が届いた。とても奇妙なね。

その依頼主こそ、山田山男。

彼は、同大学の工学部工学科二年。20歳だ。

ちなみに、彼は携帯電話及びスマホを所持していない。

工学部なのに大丈夫なのか?


さて、彼から受けた依頼だが、どうしたものか。

依頼というのは、ストーカーを退治して欲しいというものだった。

「ストーカーって、君についているのかい?」

僕は失礼ながら疑いの目を向けた。


「否、俺ではない。知り合いの女子についている」

「なるほど。それを追い払えばいいんだね?」

「ああ、そうだ」

「しかし、何故君が依頼に来るのだ」

「止めて欲しいからだよ。一刻も早く。大事にならないうちに」

「そうか」

「これは俺の自己満だ。彼女には何も言っていない。くれぐれもばれずに頼むぞ」

と一方的に言って、返事も聞かず山田は去って行った。


僕は、山田から聞いた住所を頼りに山田の知り合いだという女子の家に行った。


家が見える場所で張り込みをして怪しい人影がないか探した。

すると、家の前で棒立ちになり、二階の窓を覗こうとしている人が現れた。


「なんて堂々と」


この場所から見るとそいつの体は真っ黒に見えた。

暗闇だからか?いや違う。あいつは体を真っ黒に塗っているのだ。

更に、街頭に照らされて気が付いた。あいつ、裸だ!

パンツすら履いていない。

変態だ!


僕は急いで、山田の言う通り大事に至らないように、そいつに飛びついた。

こんなのを野放しにしておくなんて、探偵やってなくても無理だ!


僕は、何も考えず取りあえず殴り掛かった。人を殴るのは初めてだ。

拳は見事に犯人の頬にヒットした。

あまり良い感触ではなかったけれど、取りあえず犯人も抵抗してこないし、僕はホッとした。

脱力して横たわる犯人を起こして、近くの公園へ連れて行った。


「やあ。ストーカー君」

「よお。森田君」


犯人は僕の名前を呼び、ニッと笑った。

僕はその声に聞き覚えがあった。


「君!山田山男君じゃないか!」

「やっと気づいたか。鈍感だなぁ」

「君はいったい何をしているんだ」

「何ってストーカーだよ」

「まさか、君!」

「そうだよ。マッチポンプさ」

「どうしてこんなことを」


「だから言ったろ。止めて欲しかったんだ。大事に至る前に。俺をな」

「癖、なんだね」

「そう。でもお前の右ストレートで目が覚めたよ。ありがとう」


そう言って彼は、裸のまま去って行った。


彼がその帰り道に補導されたのは、言うまでもないだろう。

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