12時間耐久短編

黒羽感類

異世界ランナー

今日は、B市で行われるマラソン大会に出場する。

ライフワークのマラソン。どれだけ日々のランニングで良いタイムがでたとしても競う相手が居なければ意味がない。

マラソン大会が人生最大の楽しみなのだ。


さあ、スタート地点に並び、今10キロの戦いが始まる。


スロースターターな俺は序盤はゆっくり焦らず走る。

後ろに並んでいた連中も次々に俺を抜かしていく。

だが忘れるな、後半、大量の海水を吸い込みながら小魚を丸飲みしていくクジラのように俺が大きな口を開けてお前たちを食らっていくのだ。


中盤5キロ地点で俺は気付く。道がコンクリートではなくなっていることに。

これまで道路を走っていたから当たり前のようにコンクリートだったが、今は砂利道だ。と、更にあることに俺は気付く。

「こんな場所あったか」


周りを見渡すとそこはジャングルになっていた。

木々が生い茂り、木から鉄骨並みの蔦がぶら下がっている。

「あれは鳥?」いや、違う。カラス並みのトンボだ。

トンボがこちらに向かって飛んでくる。

「やばいやばい」俺は踵を返して来た道を戻ろうとした。


しかし、振り返るどころか立ち止まることもできない。

「どうしよう足がとまらねぇ」


トンボは俺の頭上でぐるぐる回りながら追いかけてくる。

だが、それ以上は何もしなかった。


足が勝手に前へ進む。いったいどこへ向かっているのか。

2キロ進んだところで洞窟のようなものが見えてきた。

「おいおいあれに入るのか!」


吸い込まれるように洞窟に入ると、真っ暗闇に青い光が2つずつ

無数に存在していた。

「綺麗だなぁ。鉱石か?」

しかし、すぐに気付いた。その光は獣の目であることに。


「かんべぇしてくれぇ」

だが、幸い俺の気持ちの起伏に関係なく、ただ淡々と足は進んでいく。

「そういえばトンボが居なくなった」

ふっと安心していると出口が見えてきた。


「光だぁ」


真っ暗で窮屈な洞窟から抜け出して、ホッとした俺を迎えていたのは、例のトンボだった。

「またお前かよ」

トンボは洞窟の上にあった大きな丸い岩を押した。

すると岩は、洞窟から落ちて来て俺の後ろを転がって来る。


「おいおいおいおい」

俺は足に目一杯力を入れた。

「走れ!走れ!」

俺の努力も空しく、勝手に走る俺の足は特に速く動くわけではなかった。


「うおー」

顔を真っ赤にしながら俺は気持ちだけでも必死に走った。

いや、顔が真っ赤だったのは、途中で赤い果実を俺の顔面めがけて投げて来た猿のせいかもしれない。


岩は加速していき、ついに真後ろにたどり着いた。


そして、大きな岩が俺に追いつき潰されそうになった時、

「もうすぐゴールです。頑張ってくださーい」

と声が聞こえた。


はっと我に返った俺はコンクリートの上を走っていることに気付く。


「帰って来たのか」


俺はそのままゴールした。


タイムを見ると自己新記録だった。

もしかしたらこれはランナーズハイだったのか。


あまりにも集中しすぎて、別世界を見てしまったのか。

真実は誰にもわからない。

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