第5話
広瀬多香美との再会は突然だった。
目の前には息絶えた女子高生まいなの姿。隣に弟の龍がいる。そして目の前には私がここ数ヶ月の間アナザーワールドを走り回った末、影・形すら見つけられなかったクラスメートの多香美がいた。
色々と同時多発に物事が起き過ぎてしまい半ばパンク寸前な状態な訳であるが、案外人間の脳は丈夫にできているらしい。これから選ぶ選択肢の中から最善を取りに行こうしている自分に心底驚いた。
①多香美を殴る
②死んだまいなを保護する。
どちらもリスクが少なからず発生しそうだ。ハイリスクハイリターン。選んだ選択肢によって今後の私の人生に大きく左右してもおかしくないと言っても過言ではない。
①《多香美を殴る》を選んだ場合、かなり高確率で反撃をされる可能性が考えられる。なにせ彼女の方がアナザーサイド歴は圧倒的に長い。その分経験者としての知識や技術が勝っている為、上手く一発当てられたところで状況によってはまいなの次に続くことになりかねないだろう。
②《まいなを保護する》を選んだ場合、多香美はその隙を見てサッと姿をくらますだろう。私の目的である「多香美を見つけ、全容を聞き出す」という目的に一番急接近している今、これ以上にないベストチャンスをみすみす逃すことになる。要するにリスタート、再び全てがゼロからのスタートになることを意味する。
どちらを取ろうか、本気で迷っていた矢先、突然思わぬ第3の選択肢がやってきた。
「私についてきて」と多香美が口を開いたのだ。
「何、馬鹿なことを言ってるの」と反論しようと立ち上がった瞬間、彼女の様子からどこかただならぬ雰囲気が感じられた。時同じくして龍も勘付き始める。声が出せない状況の為、自然にアイコンタクトで訴えかけてくる弟。私は彼のクセのあるジェスチャーがなかなか理解できず聞き返す。とここで獣の叫び声が室内に突然響き渡った。
一瞬の出来事であった。
3つのボール、否、3匹の猫が生存者である私達4人に襲いかかってきたのだ。まいなを置いてはいけないという私の信念が凝り固まった身体を瞬発的に解凍し、猫達の切り裂き攻撃を回避して出口へ走り出した。すぐ背後ではあの可愛い猫の叫びとは到底思えない爆音とも言えるうめき声が嫌でも耳に入ってきた。一旦難を逃れたことを確認し安堵しつつもやはり龍の安否が気になる。先に家から脱出できたのは奇跡だったのではないかと思い始めていたところで龍の情けない悲鳴が家の中から微かに聞こえてきた。手前味噌ではあるが龍はそう簡単にやられる玉ではない。しかしそうと頭で認識したつもりが今回相手が相手だ。本来の力を出しきれずに苦戦している可能性も考えられる。
バキッ!木製の家から傷だらけになりながらも家から飛び出してくる龍の姿を確認できた。とりあえず一安心。
「こっち、こっちーっ!」
深夜なので辺りは真っ暗闇。大きく手を振ったところで効果はないと思うが無意識に身体を動かす。数秒立たぬうちに龍が私に気づいた。
「姉ちゃん、僕放っておいたでしょ」
「えっ、何を言ってるのよ」
「酷いよー」
「・・・ひどい傷、大丈夫なの?」
「猫が襲ってくるなんて、ホント聞いてないよ!」と情けない顔ですがりよって来る。
動物好きの龍にはこの手の戦いは荷が重過ぎたらしい。彼は襲ってくる猫に何も反撃できず、ただただ切り裂かれながら逃げてきたことをすぐに暴露した。一瞬ではあるが猫が巨大化し、凶暴性が増していたからこそ、そのダメージ大きかった。
「ねぇ、龍」
「・・・」
「龍っ!」
「は、ハイ」
「あんた今までよく生き延びてきたね」
「酷っ」
「だって、動物殺せないんじゃ、基本今まで逃げていたってことだよね?」
「まぁそうだね。あ、でも昆虫は大丈夫」
「どこまでが線引きされているか、わからないんだけど」
「血が出るか、出ないかだよ」
「昆虫も出るでしょ、緑の」
「赤でなければいい」
「注射は慣れた?」
「なんだよ、いきなり」
「だって毎回予防接種の時、病院のお世話になっているんでしょ、あんた。流石にその大きさでまだなんてことはないよね」
「うるさいな」
図星のようであった。
ドサッ。
2体の猫の亡骸が家から吹っ飛ばされこちらに転がってくる。龍の悲鳴。風向きの関係で血生臭い匂いが漂ってきた。恐る恐る近づいてみると既に息絶えている。さっきまでの体積と比較してその身体は約4倍以上に膨れ上がり、猫というかもうその姿はもう百獣の王ライオンと言っても鵜呑みにしてしまうくらいの大きさだった。流石にこんな大きな相手だと私も苦戦を強いられるだろう。そう考えると一気に鳥肌が立ち始めてきた。鼻をつまみ距離を取る私達。
バッキッ。バキバキバキッ。家が破壊される音が聞こえる。明日奈、そして多香美が続いて現れた。もちろん二人は無傷だった。武器を軽々ブンブン振り回している。
「私、1体」
「同じく」
「えっ」と多香美と明日奈が同時に驚く。
「2体の間違えでしょ」と明日奈。
「私、一体しか倒していないよ。明日奈ちゃんとこ行ったからてっきり倒したのかと思ったけど」
「じゃあ、あと一匹いるってことか・・・・取り逃したかもしれないから、私その辺探してくるわ」と闇に消える明日奈。
そんな彼女に楽しげに手を振った多香美が、こちらに気づき堂々とした面持ちでゆっくり向かってくる。
「令和ちゃん」
龍、すかさず後ろに後ろへ下がる。背中に背負っている薙刀も相まって彼女の威圧感は半端ない。私はこんな相手と戦おうとしていたのかと思うと、手が震えてくるのを感じた。多香美が私をビシッと指差す。私は恥ずかしながらその場で尻もちを付いてしまう。
「令和ちゃんはさ、」
何か違和感を感じる。数秒後、私は大きな忘れ物をしていたことに気づく。
「まいな!」
今の今までまいなの事を忘れていた。自分に対して大きな引け目を感じる。私としたことが人生で一番にやっちゃいけない忘れものをしてしまった・・・。背後に立つ多香美に向かい、口を開く。
「多香美」
「なに?」
「この世界にどれくらい生活してるの?」
「愚問だねー、実に愚問な質問だよ、令和ちゃん。逆に聞くけどその質問、自分ならどう答える?」
沈黙。まいなの亡骸は先程と大差なく横たわっている。
「自分が答えられない質問を相手に投げかけるなんて、超無責任だよ、令和ちゃん、私が言いたいのはー」
「無責任?ま、私より長くいることは知ってる。だから、そんな先輩の多香美に聞きたいの。むしろ助けてほしい」
「なになに、とりあえず聞くだけ聞くよ」
「なぜ、あなたはあの日、私を置いて逃げたの?」
「語弊ありありな質問だねぇ。まるでそれじゃ私が悪役みたいじゃない?」
「だってそうでしょ。私の前から一切説明なしにいなくなった理由を今答えられる?」
思った通り反省の色は全く見えない。多香美の思考は全く読めないのだ。同じ年月を過ごしてきた人とは思えないと結論に行き着き始めたところで、その比較対象が誤っていたことに気づいた。
「確かに、そっちから見れば、そう見えなくもないか」
「納得できる説明、用意してあるなら答えてよ」
「それは難しいな、言ったところで全て話すと日が暮れちゃうよ」
「いいよ、時間はたっぷりあるから」
私は龍に視線を送る。
「わかったよ」とめんどくさそうに龍。。
「明日奈、遅いなぁ」とボソっと呟く多香美。
「まずアナザーワールドって、どういう時間軸なの」
「えっ?」
「だってさ、スマホ使えないじゃん、ここさ」
「確かにそうだ」と龍。
リアルワールドから持ってきたスマホ、この世界では回線が引かれていない為、ネットは全く繋がらない。今のご時世でネットが通っていないとは考えられない。更に言えば電化製品すら存在していないのだ。驚くべきことにここの住人はロウソクの火や焚き火で暖を取って過ごしているのだ。というよりもこの世界の住人は暗くなったら寝る数の方が圧倒的に多いかもしれない。正に自然との共存。まいな宅でも暖炉があった。そしてここからが革新的に違う部分になるのだが魔法の存在がある。日常生活にシレッと共存している魔法。これにははじめてみた当初は言葉を失った。この点だけ見れば電気よりも文明が発展しているように見えるのだが、はたして実際はどうなのだろうか。
「そんなこと、わたしに言われてもわかんないよ」
彼女の本音が出た。こればかしは嘘を言っているようには見えない。明日奈ならなんと答えだろうか。
「まいなを生き返らせて欲しい」
「・・・はい?」
「この子を復活させて」
「流石に無理だよ、どう考えても無理無理。子供でもわかる質問だよ」
「多香美っ!お願い」
珍しく感情的になってしまった。多香美の胸ぐらを掴み揺すっているところを龍に止められ、私は我に帰りその場でうずくまる格好となった。
「らしくないよ、姉ちゃん」
反論する気にもなれず、仰向けでその場に寝転がる。ザラザラした粒子の地面が皮膚にめり込み痛みを感じた。しかしそれも目前に広がった広大な星空を見て一気に吹き飛んでしまった。
思えば今の今まで星空なんて見ていなかった。ただただ目的の為、歩き回っていた。空はこんなに輝かしいというのに。街灯がないせいか、今まで見た星空と比べ物になら無いほど壮大で幻想的な光景に感動し、気づいた時には頬に涙が伝わっていた。
「凄いでしょ。私もはじめけっこう気づかなかったんだ。案外空なんて見ないよね。スマホばっか見てる今の現代人に是非見て欲しい景色だよね」
私は笑った。つられて龍も、そして多香美も続く。真夜中に三人の高笑いがしばらくの間、響き渡った。
「まぁ、無いわけって話じゃないけど」
「・・・えっ」
「もー相変わらずだなぁ。ヒントをあげるから考えてみてよ」
「は、何の話よ」
「令和ちゃん、あなた勘違いしているよ」
「は?」
「まいなを殺したのは猫よ」
「は?」
「まいなは口封じの為、殺されたの」
「じゃあの猫達が悪者だっていうの」
「操られているって言った方がいいかな」
「でも、それが本当だとして、なぜあなたはあの日、私の前から姿を消したの?」
多香美の元へズカズカと進める。
その私の行動に驚いたのか一歩後ろに下がる多香美。
「多香美っ!」
明日奈の大声が背後で聞こえてくる。退治してやっと帰ってきたように見える。しかし間近にやってきた彼女の表情からはとても緊迫した空気が感じられた。目の前を通り過ぎる明日奈。間近でその顔を見ると、場違いながらもきれいな顔立ちにうっとりしてしまった。
「逃げて、逃げて。とにかく逃げないと。やばいことになった」
次の瞬間後ろから大きな音が聞こえる。地響きだ。動物の鳴き声と判断するまで数秒とかからなかった。
現れたのは猫。否、トラ、否。バカデカイ猫だ。その場にいた全員が無言でその場から一目散に走り出す。殺気立つ猫の大きな眼球。咆哮と共に唾液が走っている私達に容赦なく降りかかる。
足を止めたらそれは死、間違いなかった。
先程逃した猫を追っていた明日奈はしばらくして猫を追い詰めることに成功した。しかしその猫は逃げていたのではなく、仲間を呼びに行っていたのだった。そして現在、その猫の親玉とも説明できる化け猫に追いかけられているわけである。
体積にして猫30匹は集まったであろうバカでかい大きさだ。走っても走っても距離は離れず、むしろ急接近されている。もう後がない状態になった瞬間、多香美が身を翻し、猫に立ち向かっていく姿を視界に捉えた。一瞬だった。それは幻想ではなく現実だった。流石の彼女でもあの大きさを一人で立ち向かうことなんて自殺行為だとわかるだろう。続く明日奈。私達は死にたくない一心で走り続けていると、ふと足が止まる。止めようとしたのではなく、反射的に止まる。龍も時間差で止めった。目が合う。背後では二人の気合の声が聞こえてくる。弟と気持ちは今回ばかりは一緒に間違いはなかった。ゆっくり頷き返され元来た道を戻る。正直このまま逃げたほうがいいだろう。どんなにあの二人が強くてもあの大きさは歯が立たない。それでも私達の気持ちは一つであった。
現場につく頃には戦いは終わったかのように見えた。いつの間にか発生している霧。辺り一面に大きな血溜まりが点々とあり音が全くしない静寂が広がっている。龍と息を殺しながら足を前へ進める。
次の瞬間、「翔べ」と声がかかる。その声と同じタイミング、反射的に上空に飛ぶ。一瞬の前で先程発っていたところに巨大な猫の爪が地面を切り裂く。風圧にバランスを崩し倒れる。
「なんで戻ってきたの!」
「わ、わかんない!」
「まぁいい、お荷物にはならないでよね」
多香美の薙刀がひと振りさらたと同時に目の前にはバカでかい猫が発っていた。今にも爪で身体を両断しかねない体制だった。
「4人ならぎり倒せるかもね」と明日奈。
「弟くん、この猫は大丈夫?」
「猫でないので大丈夫だと思います」
三人それぞれクスリと笑う。それぞれ武器を構える。
続く・・・
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