第6話

私の目の前にはとてもとても大きな猫がいる。それ

は猫と認識すべきか否か。猫と言えば人が歩くとソロッと隣を歩き、止まると足に絡まりついてくる。本を読み始めると構ってほしいが為にデロンと存在感たっぷりに本の上に寝そべり邪魔をする。温かいところがとてもとても大好きで飼い主がベットへ入ると、体温で温まった布団目掛けて潜りこんでくる。それが私、福原令和が思い描く猫のイメージだ。要するに癒やしの象徴が「猫」なのだ。


しかしそんな可愛げな猫のイメージを全く覆す化け猫が今、現に私の目の前に存在感たっぷりに存在している。否、お互い一歩も引かずに睨み合っている。目が血走り、呼吸するごとに開かれる口からヨダレと思われる液体がドロドロ垂れ流され、辺り一面にヨダレの水溜りが生成されている。ゴロゴロと唸り声が聞こえてきた。あれ…、ゴロゴロは懐いていると時に聞こえてくる喉の音ではなかったのか。あくまでもこれら全ては猫と一度も生活したことがない私の完全なイメージである。


ヒュンと一瞬風を切る音が聞こえ、爪の先が私の顔目前にやってくる。猫の爪は自由自在に伸縮できると本で読んだことがあった。その知識のおかげで一定の距離を保っていた為、難を逃れることができた。しかし相手は巨大猫、想定以上に距離感が掴めず、ちょっとだけ肩の服が部分的に持っていかれてしまった。恐らく一秒でも遅れていれば肉がアッサリ持っていかれていただろう。


こんな状態でありながらも意外と冷静でいられる自分に少し距離を感じつつ、私なりに猫を倒すことだけに一点集中を試みる。


遠くから「大丈夫っー?」と多香美だろうか、私を心配する聞こえてきた。「大丈夫だよー」と返答する間なく爪が再び私に襲いかかってくる。先程と逆方向からだ。身体が大きい分オーバーな動作なので必然的にタイムラグが発生。今回は単純に後ろに下がることで回避することができた。相手は私をターゲットとして狙いを定めている。必要以上に連続した爪攻撃が私単体にこれでもかと迫ってきた。4対1と数だけ見ると優勢な状況下、猫はこの中で一番弱そうに見える私を標的として捉えているのだろうか。もしそうであればその選択肢を取ったことを絶対に後悔させてあげよう。歯を食いしばり攻撃の隙を伺う。槍を回転させ、体の軸を考えながら「ここぞ」というところで思いっきり踏み込み、槍の先端を胴体目掛けまっすぐに突く。何度かこの一連の動作を繰り返すものの、相手のガードが全然崩せず、時間だけが刻々と過ぎていった。


ブウン。今度は尻尾が私に降りかかる。かなり危なかった。相手も私に少しでも致命傷を負わせようと必死らしい。爪攻撃と爪攻撃の隙間に差し込まれる尻尾、恐らくフェイントとして使っているだろうが正直爪と比べると打撃を受けたところで大きなダメージにはならない。しかし続けざまに仕掛けられると流石に私もバランスが崩し、その一瞬の隙を爪が襲いかかる。戦闘スキルの高さ、センスを感じさせられた。いやいや、尊敬している場合ではない、一歩間違えれば即死も免れない。しかし見るからにモフモフの尻尾、例え巨大猫といえぶつかったところでそこまでダメージはなさそうだが避けれるのならば避けるべきだ。


足場は砂。一動作するごとに大量の砂が舞い上がり、辺り一面の視界を奪う。そして攻撃の妨げにもなる。半径100メートル以内に多香美、明日奈、龍の3人が私と同様戦ってるのだが実は私と猫のみ一体一の決戦なのではないかと思えるほど、周りの音、そしてワンパターンな景色がしばらく続いている。このまま時間だけが経過するだけはどうしても避けなければならない。序盤と比べ確実に体力が落ち、身体が重くなっているのが痛感しているのだから。


しばらく攻撃の隙を狙っていくと、爪攻撃後に一瞬肉球が見え隠れすることに気づいた。


肉球目掛け槍を突く。「エイっ」と声が無意識に出てしまう。ガガッ。残念なことに一歩遅かったようだ。槍が弾かれ手元が転がる。この戦いに終わりがあるのだろうか、そんな不安が頭を過ぎり始めた矢先、前方で明日奈と多香美の阿吽の掛け声が耳に入ってきた。かなりぎりぎりの接近戦を繰りひろげているようだ。連続する金属音、息遣いが聞こえる。と同時にターゲットが私から二人に切り替わったことに一安心する。


砂埃が舞う中目を細めると明日奈の姿が見えた。今の今まで明日奈の使用武器を見る機会がなかったが、あれは、そう弓だ。かなりの接近戦、おそらくぎりぎりまで近づかないと攻撃判定とならない為だろうか。多香美が薙刀でガンガン接近し猫の足場を崩しに掛かり、その背後で矢を精確に射る明日奈。大きな咆哮。思わずガッツポーズをしてしまう私。大ダメージを受けているに違いない。


「姉ちゃん、さぼんなよ」


突然の背後からの声。それが弟の龍と気づくまで数秒かかる。先程手元から離れた私の槍が飛んでくる。


「あんたいたの?」

「いたよ!!武器を手放すなんて一番やっちゃいけないことだよ」

「手元が滑ったの、あんたにもあるでしょ」

「ない!」


龍が猫に突撃、その後ろに続き、猫の防御を多香美、龍、私の三人係で崩しにかかる。そのかいあって再び明日奈の弓がクリーンヒット。先程よりも更に大きな咆哮が周囲に轟く。またも自然に出るガッツポーズ。


「危ない、姉ちゃん」


龍に背中を押され転倒。勿論今度は槍は手放さない。目前ギリギリのところを爪が通り過ぎ、避ける間がなかった為、槍でガード。なんとか龍の力を借り弾き返すことに成功する。


「気を付けてよ、姉ちゃん」

「ごめんごめん」


再び攻撃に徹しようとした矢先、龍に強く肩を掴まれる。


「なにさ」

「見てわからない、僕たちの攻撃は一切効いていない」

「はぁ?」

「明日奈さんの弓」

「うん、わかっているよ。わかってる」

「見守っていようよ」

「あんたバカ?・・・やらなきゃ。何しにこの世界にきた訳なの」

「僕は・・・」


龍に槍の先端を向ける。


「あんたそれでも男?」


自分の槍で槍を弾き返す。私の助言がかなり効力を発揮したのだろうか、龍は顔色が変わり自ら攻撃をするようになった。そしてその数分後4人の力が合わさったことで猫はその場にドシンと倒れた。バカでかい図体だけあって倒れた瞬間、震度6強くらいの激しい地震が起き、咄嗟に私は高く飛び難を逃れたが、着地後の大きな地割れに足をとらわれ尻もちを付いた。


「イタタ」


目の前に倒れている猫。ふとおかしな点に気づく。はじめに見た時よりサイズが大きくなっていないか。後から聞いた話だが、この化け猫は怒れば怒るほど巨大化する猫だそうだ。ゾッとする。


戦闘終了後、龍はどこか悲しげな顔をしていた。


「長かったね」

「・・・」

「当てれた?」

「えっ?」

「あんたの攻撃」

「僕は無力だ」

「まだ言ってるの」

「・・・」

「頑張ったね、と言ってもらいたいの?」

「辞めてよ、上から目線」


ため息を付つかれる。おそらく私にではなく、自分自身に対してだろう。彼は意外と根に持つタイプなのでここはソッとしておこうと私は決めた。


「姉ちゃん」


まさか本人から声が掛けられるとは。


「なに?」

「家帰ることができたら、美味しいもの食べよう」

「なに、どういう風のふきまわし?」

「別に」

「あんたのおごりね」

「うん」

「えっ」

「バイトしてるから」

「そっかもうバイトできる年になったんだね」

「うん」

「何やってるの?」

「新聞配達」


意外だった。普通高校生ならコンビニとかレジ打ちではないだろうか。しかも新聞配達は確か中学生でもできる数少ないバイトだったような気がする。


「今、笑ったでしょ!?」

「いや〜大変だねー、大変だね!」

「おい」と本気で怒る龍。


「勉強はかどってる?」

「赤点だらけ」

「そうなんだ、・・・って、だめじゃん!」

「ま、長期休暇をもらったようなものだよ」

「それはサラリーマンが吐く言葉、あんたは夏休みでしょうが!」

「そうだった」

「じじくさ」

「うるさい」


稀に変な大人の片鱗を覗かせる龍。


「なんか目標でも見つかった?」

「えっ?」

「将来のこと、仕事とかさ、夢とか」

「姉ちゃんの口から夢って言葉はだけは聞きたくなかったな」

「うっさい!」

「まあ、夢よりも現実かな。姉ちゃん探しがメインだったから、なかなか時間がね」

「嫌味?え、でもさ、新聞配達でしょ、学校終わりの…」

「朝刊と夕刊。しかも僕の配達の腕を認められてか、配達範囲が最近広がったんだ。今頃慌てているだろうな社長」

「あんた、いくらもらってるの?」

「15万」

「へー・・・ええっ!?」


声が裏返った。大学生でも勉強しながらその金額を稼ぐことは難しい。改めて龍の謙虚さというか、変に真面目なところ、根は全く変わっていないことがわかってホッとした瞬間であった。


「令和ちゃん、こんなところにいたんだ」


振り返ると多香美の姿。

隣に明日奈がいる。


「まいなちゃんだっけ」

「えっ」

「あっちに寄せておいたよ」


一瞬にして真顔になった。自分が本当に情けなくなる。多香美の教えてくれた方向へ走ると、眠るように横たわるまいなの姿を発見。無事、いやもう死んでいるので無事ではない。


この後無言でまいなを埋葬することになった。魔法使い系はいないので火葬はできない為、穴を掘って原始的な方法で埋めた。「まいな、少しの時間だったけど、ありがとう」と心の中で感謝を述べ別れた。



闘いは避けられない運命だった。


第一戦、龍vs明日奈

第二戦、令和vs多香美


「もし私達が勝ったら質問に答えて」と私。


「うん」

「いち、多香美が逃げた理由」

「逃げてないし」

「逃げたでしょ」

「まあまあ」と龍と明日奈が止めに入る。


「その二は?」

「その二・・・殴らせて」

「は?」


笑い焦げる多香美。



戦いはどちらも一瞬でついた。

やはり経験の差が大きかったようだ。

もう少し粘れるかと思ったが、正直相手にならなかった。


「1つ目の質問はね」と多香美が突然口を開く。

「令和ちゃんの前を去った理由だっけ?」


疲労困憊していた私、気づくのに時間を要した。


「仲間を助けるため、時間がなかったので置いていった」


てっきり勝利しないと教えてもらえない回答がいとも簡単に明かされた。


緊急事態だった。

アナザーワールドが滅びる。

先程のタイマンバトルで嫌という程、自分の無力さを知った私に更に追い打ちが掛けられる。二人は真相を探る為、走った。それは明らかに私がお荷物だであり、置きざりにされた確固たる理由だった。


多香美が続ける。

「アナザーワールドが壊れる瞬間、この世界にいたら死ぬ。あくまでも噂の類いだけど、信じる人が殆どだったの。だからね、令和ちゃん。逃げ惑う仲間たちを引き止めたのに行ったの。でもね・・・でも」

「でも、効果がなかった」


感情的になる多香美、途中から明日奈がサラッと引き継ぐ。


「アナザーワールドを救う方法は簡単。悪の根源を断つこと。ただアイツに正面から勝てさえばいい。皆で協力すれば勝率は上がるのがわかっていながら、逃げる者が続出した。何故だと思う、令和さん?」


突然話を振られ思考が回らず、しどろみどろになる。それを見ていた龍が代わりに答える。


「こ、怖いから?」

「そう。やはり皆死ぬのが怖い。だから逃げた。わからなくもない理由よね。この世界で学んだこと、それは楽しい時間は永遠に続かないってこと。人はいつか死ぬ。いつか壊れてしまうの」


明日奈が続けて語り始める。


「私達はこれから悪の根源を倒しに行かなければならない。でも今の状態だと99%負け戦になる」

「はい」

「どうぞ」

「ちなみに残り1%は奇跡?」

「そうね、何かの間違えかな」


苦笑。


「時間が余りにも足りない。そこで・・・」


「ねぇ、ちょっといい?今までの話が本当なら今頃リアルワールは大混乱じゃない?行方不明者が一気に戻ってきたことになるでしょ!?」

「だったら良かったのにね」と明日奈。

「え?」

「全員死んだ」と多香美。


「転送場所で待ち伏されて、殺された」と龍が語る。

「えっ」

「なんであんたが知ってるの」

「戻れた人は一人もいない。ほんと僕がいなかったら姉ちゃんは今頃・・・」


あえて反対の意見を伝えることで、当人の行動を遠隔的に操る。要するに龍があの時私を帰らせようとすることで、私は帰る選択肢を選ばず、実質救われた。


「なんか腹立つ」

「ごめん」


多香美、明日奈、龍に視線を巡らす。全員が俯く。


「もうこの世界にいる高校生はかなり少ない。もしくわこの世界で最後を迎えようとしている変り者達だけ」



やるせない気持ち、沈黙がしばらく続き、私は素直に彼女達に従う選択肢しか選ぶことが出来なかった。全て話が終わる頃にはすっかり日が照り、辺りが明るくなっていた。


「これから生き残りの仲間に会いに行くよ」と多香美が口を開いた。


「ねぇ、どれくらいいるの?」

「聞いた限りで30人!」

「それは多いの?少ないの?」

「もともと100人以上はいたよね、多香美」

「もっといなかったっけ?」

「・・・」

「とりあえず、どこにする多香美?」

「私は断然、チームお抹茶だなぁ!」

「確かに。あとあそこ、チームサマーはどうだろう」

「総合力ならあり。でも私はお抹茶かな」

「あんた、弥生ちゃんに会いたいからでしょ」

「ばれた?」

「うん、バレバレだよ多香美」


多香美と明日奈は楽し気に会話を続ける。

また置いてきぼりだ。


「ねぇ、さっきから何話てんの?私達にわかるように説明してよ」

「ごめんごめん」

「チームお抹茶、全員茶道部のバランスの取れた3人組のチーム」

「お、おまっちゃ?」

「ふざけた名前だけど、超実力派。アタッカーが2人、ウィッチ1人。なにせコンビネーション技がとにかく強烈なの。正直私たちより強いことは確かね」

「コンビネーション?」

「ま、あなた達も姉弟なんだからその素質はあるかも」


龍と目が合った。

この時、私達の目標としてチーム‘お抹茶’に再会することが確定した。



続く・・・


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る