第4話

一日仮眠を取る事で頭の中のモヤモヤが綺麗サッパリ晴れ渡るかと思いきや、いつにも増して不安な気持ちで目覚めることとなった。


私の目の前を歩く以前と比べ10センチは背が高くなった弟こと福原龍が楽しげに歩いている。


「ちょっと、何浮かれてんの、龍」

「えっ?どこが、浮かれてないし」

「今こうやってさ」


肩を大きく前後させ、リズミカルに歩いてみせる。予想に反して爆笑する龍。ちょっとオーバーにやり過ぎたようだ。バカ面をこちらに向けてきたので腹目掛けてボディーブローを反射的に繰り出してしまった。激しくむせる弟。力の加減がとても難しい。


「私、帰らないから。絶対にね」

「は?何が何でも連れて帰るから」

「なんか言った?」

「この世界いちゃダメだよ」

「何言ってんの、あんた」

「理由はとにかくダメなんだよ・・・この世界から抜け出さないといつか大変なことになる」

「だから何言ってんの。先にこれだけは言っておく。私はさ、広瀬多香美を見つけてからでないと絶対帰らないから」

「呑気だなー、姉ちゃんは」


呑気?これのどこが呑気と言えるのだろうか?世界を救う決断した翌日にクラスメートに裏切られ、しかも理由を知らされずに半ば放ったらかしにされたこの状況、その回答を得ずにして自分の世界に帰ることこそ呑気な選択ではあるまいか。


ましてや7年後の世界だ。実際のところ私はこの姿のまま7年ぶりに帰えることになる。その間止まっていた時間、どう足掻いたところで皆から面白がられ、メディアに注目されることは間違ない。さらし首は絶対に御免だ。最悪こっちの世界で一生を終えるという手も一つ残しておいていいかもしれない。


幾度となく旅の道中、弟に問を出した。広瀬航について。答えはいつも同じ一点張りの「ノーコメント」。


「じゃあ教えるから、帰ってくれる?」とお決まり文句を返される。

「全く、背だけ大きくなってんじゃないよ!あんた」

「悪かったな、って中身も成長してるし!」

「悪いと思っているなら反省しなさいよ龍、リアルワールドに帰りなさい、龍」

「ヤダね、姉ちゃんこそ諦めて現実世界に帰りなよ」


なんやかんやで私の弟だ。

口では突っぱねても、私のことがとても心配なのだ。そうこうしているうちに時間は刻一刻と過ぎていった。



暑い、暑過ぎる。ギラギラと照りつける太陽。身を隠せる場所が全くないので直射日光の直撃は免れない。リアルワールドから持ってきた唯一の希望である日焼け止めクリームは数日前に使い切ってしまい、後はどんどん皮膚が黒くなる絶望的なシチュエーションに反吐が出る。そんな憎い日差しが燦々と照りつける中、水分が底を突きそうな緊急事態に気づくのは時間の問題であった。。


「なんでもっとストック持ってこなかったの?」

「だってすぐリアルワールドに帰れると思ったから」

「甘いって」

「まあね、その甘さが仇となり、僕たち二人は野垂れ死ぬことになるかもね」

「あのさ、なんで私も道連れにしてんのよ」

「密かに自分だけ助かろうとするな」

失笑。



日が落ち、辺りは闇に包まれていた。

あれだけ猛威を奮っていた気温が、夜になると一気に冷え込む。体感マイナス8度くらいだろうか。いつの間にか雪が振っている。北海道で暮らす私達姉弟であるが、この気温と長い間生活していると意識がとうのく凍てつく寒さだ。手が小刻みに震え、足の感覚は既にない。もしかしたら凍傷になっているかもしれない恐怖に怯えつつも足を前へ進める。


周囲に街灯なんてものがあるはずもなく、ただただ暗闇を歩き続ける。どちらかのショブが魔法使いであれば少しは状況が変わっただろう。二人の姉弟が何を探すわけでもなく、ただただ進む。しばらく歩いていると意識が本当にとうのく瞬間を感じた。これは本当に危ないかもしれない。


「やばいよ、やばいよ」

「ダチョウ倶楽部か」

「だから言ったんだ、一旦万膳な体制を整えてから街を出るべきだって」

「そんな昔のこと持ち出さないで」

「全然昔じゃない。そーゆうとこあるんだよね、姉ちゃんはさ」

「わかった、じゃここらへんで休憩でもしていく?」

「死んじゃうよ、間違いない」

「アハハハハハ」


龍もわかっているはずだ。歩く事で自分を保っていることを。おそらく止まった瞬間、すぐさま頭が働かなくなり、再び脳に歩く指令を伝達を出したところで時既に遅し、ハッキリ言ってお陀仏だろう。数時間前に冗談で放った龍の言葉「共に野垂れ死ぬシチュエーション」が現実味に帯びていく。正に生死を賭けた絶望が頭をチラつき始めた矢先、突然救いの手が差し出された。



通された部屋はとても温かい部屋だった。木製の家具にところどころ継ぎ接ぎだらけのその家は天国に見えた。といっても雪に塗れた状態、意識がとうのいている瀕死状態の為、はっきり断言できないがとにかく命を繋ぎ止めることができた。


マグカップが差し出される。

「熱いから気をつけて」と住人より声がかかる。たった一言の感謝の言葉「ありがとう」も言えぬほど冷え切った身体、朦朧とする意識の中、徐々に室内の装飾が色づきはじめる。助かった。龍も同じ思考だったらしく姉と弟の笑い声が室内に響き渡る。数分後、てっきりお菓子ハウスの住人は老婆だと決めつけていたが、なんと私達と同じ高校生であった。


名は、まいなと言うらしい。

どのような漢字を書くのだろうか。意識が戻り始めた私達はとにかく何度も何度もまいなに感謝を述べた。彼女はここで一人暮らしをしているらしく、この時期に外を出歩く人は皆無、運良く私達二人の影を出窓から見つけ、心配になり追いかけてくれたのだ。彼女のジョブは白魔道士。要するに回復タイプに属する者だ。この凍てつく寒さはしばらくは続くそうで、おこがましいながら少しの間泊まることにした。


「まいなは、ここに来てどれくらいなの?」

「わからない。あなた達は?」

「・・・」


お互いの顔を見合わせる。

「わからない」が答えなのが明白だった。

このアナザーワールドで生活していると時間の感覚が本当にわからなくなる。更にリアルワールドの時間差を換算するともう頭の中がごちゃごちゃだ。


「これやらない?」


突然まいながトランプを持ってきた。しかもかなり古びたもの。猫の絵柄が書かれたトランプ。そう、この家には猫が3匹いる。それぞれの名前を紹介されたが聞き返すのも躊躇してしまうくらい長い横文字だった。そう言えば福原家がペット禁止物件のマンション生活をしていた際、動物を飼っているクラスメートと仲良くなりうちへお邪魔をしに行ったことがあった。それを聞いた龍が興奮し、翌日一緒に連れて行ってあげたことがあったっけ。考えてみればこの世界ではペット禁止の制限がないのだ。まいなの境遇も私達のそれと全く同じでこの世界で初めてペットとして猫を飼ったそうだ。ちなみに彼女はリアルワールドに戻ることは絶対にありえないと強く語った。その流れに乗って私も同感だと告げる。


ムスッとしている龍の異変に気づいたのは、それからしばらく経ってからであった。嫌悪感。この場ではあえて穏便に済ませているも、本人は気が気でないらしく、明らかに苛ついているのが行動から見て取れた。



まいなはゲームにめっぽう弱かった。特にばば抜きに関しては絶望的だった。とにかく表情が顔にダイレクトに現れるのだ。


一度あまりに弱い彼女を思って負けてあげようとしたところ、彼女自信私の企みを察知し、「本気でやらないと、この家から今すぐ出ていって」と叱られた。同じ高校一年生、その愛くるしい性格から妹のような存在になりつつあるまいなの新たな一面を垣間見ることになった。


数日が経過。遂にこの家を去る時が来た。降り続ける積雪はかなりおさまり、気温も未だマイナス気温ではあるもののあの頃と比べ幾分マシになりつつあった。明日の朝にこの家を立つことをまいなに伝える。なお私達二人は居間のソファーを貸してもらっていた。ちなみに動物好きが災いしてか猫に好かれる龍。熟睡中に首に猫が巻きつき、危うく窒息死しそうになることが何度かあった。こ今では笑い話だ。そして最後の夜、部屋の電気を消し寝ようとした矢先、まいなが口を開いた。


「実はあなた達二人に隠していたことがあるの」


基本笑顔がトレードマークと言っても過言ではないまいなだが、このときばかりはとても神妙な顔つきに変わり私達を二人驚かせた。


「今すぐ発って」


龍と顔を見合わせる。外は完全に真っ暗闇だ。時刻は深夜12時を回ったところ。まずは理由を聞こうとした矢先、まいなが声を荒げる。


「お願い、私を信じて」


その普段とは違う態度に龍はすぐさま支度をしはじめる。ぼーっと突っ立っている私に気づく龍、めんどくさそうに声をかける。


「姉ちゃん、何してんの?」

「まいなちゃん」


まいなはこちらに視線を移す。


「理由を聞かせてほしい」

「ごめん、令和さん、これだけは言えないの」

「あのね私以前、理由なしに嘘をつかれたことがあるの。私はまいなちゃんのことを信じたい、けど」

「ごめん」

「姉ちゃん、もう辞めろって。何か理由があるから言っているんだ、わかってあげろよ」


龍が私を諭そうとするも私は反論した。


「いいかげんにして、もうあんなことは御免なの。あなたがどういう理由で発つことを早めたのか」

「だから言えないの、わかって」

「だったら私はここに残るよ。予定通り明日の朝ここを発つ」

「姉ちゃん!」

「龍は今すぐすぐ発ちなさい」

「・・・残るよ」

「は?」

「姉ちゃんに万が一のことがあったら。一生悔やむから」

「龍、本当にそれでいいの?」

「わかるだろ、僕の目的は姉ちゃんを…」

「ということだから、あなたが今回の理由を明かさない限り、予定通り私達は明日の早朝にこの家を出ることにするわ」


無言のまいな。

静かな沈黙が流れる。


「わかった、そこまでいうなら言っちゃうよ。後悔は絶対しないって約束して」


頷く二人。決心したかのように口を開くまいな、その瞬間、大きな音が耳を貫いた。


ゴホゴホと咳払いをするまいな。

見ると吐血しているようだった。お腹に抱え苦しそうにうごめくまいな。よく見るとお腹が大きく裂けている。


「龍、なにか止血できるもの。早く」


まいな宅にて息を荒げながらそれらしき道具を必死に探すも龍。令和は強くまいなのお腹を手で抑える。どくどくと流れる血。時間だけが無情に過ぎ去っていく中、目の前に大きなテーブルクロスが敷かれてのを捉える。考える間もなく、クロスを力いっぱい引く。その反動で花瓶やらグラスやらが大きな音を立てて落下。その音に奥の部屋から手ぶらで顔を出す龍。


「手伝って」と私。テーブルクロスをまいなの腹に力いっぱい当て、止血を試みる。まいなの口からくぐもった声が漏れる。


「まいな、喋っちゃだめ」


何か訴えかけようとする目。口がパクパク開らかれるが声にならない状態。まいなの目がスッと閉じられる。と同時に手がパタリと床に降ろされる。


「待って、ちょっと起きて、まいな!」


龍も声をかけるが既に力尽きた様子。そんな彼女の姿を見て、背を向ける龍。


「姉ちゃんのせいだ、全部姉ちゃんのせいだよ」

「当てつけは辞めなさい」

「どうしたいのさ?姉ちゃんは。帰ろう、元の世界へ。僕たちが生活しているリアルワールドへ」

「帰ってどうなる?何が解決する?わたしの失われた時間はもう戻ってこない。7年だよ、もう遅いの」

「遅くないよ、全然遅くない。むしろ今戻らなきゃ全てを失う、それでもいいの姉ちゃんは」

「・・・」

「・・・」

「姉ちゃん?」

「わかんないよ」

「えっ?」

「わかんないって!もう全てのことが!多香美に会って変な世界に飛ばされて。こんなはずじゃなかった。私は平凡な人生を全うに歩むはずだった。普通に恋愛して子供作って老いていく。冒険者になろうだって?誘ったくせして逃げてんじゃねーよ、広瀬多香美!全てあいつが悪い、どこで一体なにして…」

「久しぶり」


声がした方向を向くと広瀬多香美、更にその後ろに明日奈の姿。


「多香美、多香美なの?」

「そうだよー、広瀬多香美とはこの私のことかな。遅くなってごめんね」

「遅くなってって…」


まいなを龍に任せ、多香美に向かって勢いよく飛びかかる令和。しかし薙刀が顔面すれすれに突きつけられ、動けなくなる。


「しばらく見ないうちに逞しくなったね、令和ちゃん」

「ハハ、誰のせいだと思う?」

「さぁ〜誰でしょう?」

「多香美、あなたよ」

「照れるなー、私影響力あるもんなー、やっぱ特別感を隠すことはできなかー、ね、明日奈ちゃん」


鼻で笑う明日奈。

多香美、笑いだす。部屋中に響き渡る多香美の笑い声。


続く・・・。

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