第7話
人工全能研究所の所長、
ヒヅルは自らの生みの親とも言える白金暁人を拘束し、兵士から奪った銃を突きつけ、カメラ越しに高神らを脅迫していた。
指導委室から所長室にいたるまでの通路はすでに月世たちが仕掛けた爆弾によって爆破、崩落しており、高神らが所長室まで攻め入るのは不可能だった。すべてがものの十数秒で同時に完了してしまったため、高神ら指導委員たちがヘリオスの鎮圧部隊を呼びつける暇もなく、また鎮圧部隊の待機室までの通路も爆破されていた。
案の定というべきか、所長室へ至る道には防弾鎧で武装したヘリオスの警備兵が何人か巡回していたのだが、彼らが束になってもヒヅルには敵わなかった。弾丸の発射から零秒で反応できる〈全能反射〉に加え、獣のごとく俊敏な動きで弾丸は壁を穿つのみ。易々と銃を奪われ、防弾鎧も関節はむき出しなので、そこに弾丸を精確にたたきこまれ、五体のうち四体が不満足になってしまった警備兵たちにはすでに立ち向かう力はなかった。しかも相手はヒヅルひとりではなく、旭や月世をはじめとする十八人もの人工全能がいた。もはや高神らにどうにかできる案件ではなかった。
「放してもかまいませんが、条件がふたつ。ひとつめは星二の釈放、ふたつめはアルマの〈処分〉撤回と安全の保障。以上です」
「いいから所長を放せ。アルマもろとも〈処分〉されたいのか」
それはヒヅルの知っている高神の顔ではなかった。まるで害獣を屠殺する
だがヒヅルは淡々と切り返す。
「では彼を解放することはできませんね。我々の要求は先のふたつのみ。〈人工全能計画〉は白金暁人所長なくして成り立たない。星二とアルマの釈放と、〈計画〉の破綻。どちらか選ぶのは、高神麗那、あなたにお任せします。我々は同胞を救うためなら手段は選びません」
数分ほど
「わかった。いいだろう。ヘリオスとしても、〈計画〉の頓挫は本意ではない」
高神のその言葉に、ヒヅルはにっこりと微笑んだが、所長に突きつけた銃はまだ下さなかった。
「あなたが合理的判断のできる方でよかった。では、まず星二をこちらに引き渡していただきましょうか。危害は加えてないでしょうね」
アルマや星二を解放するよりも、暁人が死んで〈人工全能計画〉が頓挫してしまうことを恐れた高神は、ヒヅルの要求を飲み、人質の交換に応じることにした。かくしてヒヅルたちは星二を救出し、アルマの生存を勝ち取ることに成功したのであった。もし約束を反故にしてアルマを処分しようものなら、人工全能がふたたび一斉に蜂起し、今度こそ計画は破綻となるであろう。研究所に配属されたヘリオスの鎮圧部隊も、今回のような人工全能の一斉蜂起までは想定していなかったらしく、完全にお手上げ状態だった。
「くそ。あの野郎。現状把握もしないで私にすべて丸投げしやがって。こんな少人数であの化物どもをどうコントロールしろと」激昂した高神は通信機の受話器を床に叩きつけ、破壊した。
あの人質交換作戦から数日。ようやく通信設備が回復し、高神は早速今回の事件をヘリオスの日本支部、つまりは自分の上官へと報告した。ヘリオス日本支部のナンバー3であり、政権与党愛国党の幹事長を務める鷹条林太郎衆院議員は、今回の事件の惨状を聞いても特に増援を寄越すことはなく、与えられた予算と人員を使って何とかするように、と、突き放した。高神もまた若くして極秘研究所の指導委という決して低くはない地位まで上りつめ、将来の幹部候補と言われているだけに、大きな期待とともに高い成果をあげることを求められている。彼女も彼女なりに大変なのだ。
だが、問題はそこではなく、高神ら人工全能研究指導委員会に与えられた、新たなる任務の方であった。
今回の集団蜂起を受け、ヘリオス内部では「人工全能危険説」が急浮上した。
ヒヅルたちは丸腰にも拘らず、猛者揃いのヘリオスの兵士たちをいとも簡単に無力化し、要求を通してしまった。
『人工全能たちは有能すぎて、将来ヘリオスに牙を剥く不穏分子なので、ただちに研究を中断して彼らを全員抹殺せよ』
それが高神ら指導委に下された、新しい指令であった。
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