第6話

 自らの能力に絶対の自信を持っていたヒヅルは、今まで人に頼るということをしてこなかった。そうしなくてもすべて己の力で解決できたからだ。

 しかし今回初めて窮地に立たされ、旭の言葉によってヒヅルは考えを改め、アルマと星二を救い出すためにも信頼できる仲間を集めることにした。無論誰もがヒヅルに協力的というわけではない。中にはヘリオスの報復を恐れ、非協力的な者、高神らに密告する可能性のある者もいる。誰かひとりでも裏切れば、今回の救出作戦の遂行は著しく困難になる。

 だが人の本性を見抜くことに関しては、ヒヅルの右に出る者はいなかった。〈人工全能〉の中でもずば抜けた観察眼を持つ彼女は、嘘をついた人間のありとあらゆる身体の微細な変化を見逃さない。〈人間嘘発見器〉が、信頼できる仲間だけを集めるのは決して難しくなかった。

「問題は、星二さんがどこに捕らえられているか、だな」

 秘密の作戦会議室で、陽が言った。照明を使えば部屋の利用を察知されるため、部屋を照らす光源は一本の蝋燭の火のみであった。

「明子は何も知らないのかしら」月世がその肩まで伸びた白髪を指でパスタのようにくるくる巻きながら言った。

「知らされていないでしょうね。明子はアルマの処分には反対していて、高神のところまで抗議しに行ったようです。反乱分子として眼をつけられていてもおかしくはありません。明子が今も研究を続けていられるのは、他にヒデルの育成を担当できる者がいないからでしょう」ヒヅルがその腰ほどまで伸びた長い髪を真紅のリボンで束ね、言った。

「タイムリミットまであと十時間しかないぞ。このままでは朱井さんが殺されちまう。何か策はあるのか。ヒヅル」集まったメンバーの中でもひときわ図体のでかい旭が言った。ヒヅルの腰ほどの太さもあるその筋骨隆々とした二本の腕が、蝋燭の火に照らし出されて夕刻のヒマラヤ山脈の如く輝いていた。

「そうですね。ひとつだけあります。が――」ヒヅルが言った。彼女の神秘的な黄金の瞳が蝋燭の火に照らされて夕日色に輝いていた。「それにはある人物の協力が必要です。私はこれから〈彼〉のもとに交渉へ行き、成功すればそのまま〈作戦〉の準備に入ります。その間、陽は引き続きアルマの保護と世話を。月世は高神たちの動向を見つつ、陽のサポートをお願いします。旭は明子の様子をそれとなく見ておいてください。彼女のことなので、星二が捕らえられている今、何をしでかすかわかりません。また高神に突っかかり余計な仕事を増やされては困る」

 ヒヅルが作戦部隊のリーダーを務めることに異論を挟む者はいなかった。彼女は仲間ひとりひとりの能力を把握し、最適の役割を与えることに長けていた。名前に反して細かい気配りに長け、隠密行動に秀でた陽は人眼を盗んでアルマの世話をするのに向いているし、月世はその外面の良さから高神らヘリオス陣営のウケが良く、人工全能の中では料理以外は最優等生として見られている(ヒヅルは成績や実績こそ抜きん出ていたが、今回のアルマの一件で問題児とされている)ため、高神らの動きを把握するには最適である。旭は勇猛果敢で強靭な肉体を持ち、戦闘能力に優れ、いざという時にヘリオス陣営の手から明子を守るにはうってつけである。今回のヒヅルの采配には、全員が納得していた。そうでなくともヒヅルはただひとりの第一世代人工全能であり、年長者ということもあってよく他の人工全能たちの世話を焼いていたため人望があり、ヒヅルの言うことならば大抵は誰もが聞き入れていた。

「我々の動きをヘリオス――殊に高神麗那に察知されてはなりません。あくまで何事もなかったように授業に参加し、訓練を受けることを忘れないでください。もし万一のことがあったら、この無線機を使って私に連絡を。簡単には盗聴できぬよう特殊な暗号を使って通信できますが、いざという時以外は使わないように」ヒヅルは豆粒程度の小型無線機を皆に手渡した。そのあまりの小ささと精巧さに、旭が眼を丸くした。

「すごいな、これ。お前が作ったのか? ヒヅル」

「いえ。私ではありません。アルマが廃材を利用して作ってくれました」自慢の妹、とでも言いたげにヒヅルが誇らしげに言った。

「驚いたな。アルマにこんな才能があったとは」名前に反していつも無愛想な陽ですら、興奮を隠しきれていなかった。

「すごいわね。これ、高神たちに教えればアルマちゃんの〈処分〉も取消しになるんじゃないかしら」月世が小型無線機を耳に装着して動作を確認しながら言った。

「可能性はなくはないですが、失敗した時のリスクが大きすぎますね。あくまでも最後の手段でしょう」月世の提案をヒヅルが退けた。「それに高神のことですから、星二を無罪放免にするとは考えにくい」

 臆病者の剣持とは違い、高神はヘリオスに楯突く者には本当に容赦がない。ヒヅルに勝手にカードキーを貸与した星二(本人は否定しているが)も人質として有効だから生かされているだけで、本来はすでに反逆罪で殺されていてもおかしくないのだ。


 一九九一年十二月二十八日未明。作戦の下準備は首尾よく進み、ついに決行されることとなった。

「皆。私の妹のために協力してくれて、本当にありがとう。すべてのカードは揃いました。あとは実行するのみ。全員で必ず生き残り、祝杯をあげましょう」秘密作戦会議室にてヒヅルが旭や陽、月世らに深々と頭を下げた。

「何言ってんだ。『俺たちの妹』の間違いだろう」旭が朗らかな笑みで親指を立てた。

「アルマのことは私に任せろ」陽が相変わらず名前に反した仏頂面で言った。

「援護は任せて。ヒヅル。死なないでね」月世が緊張した面持ちで言った。

 個々の能力ではヘリオスの精鋭部隊をも凌ぐ〈人工全能〉たちの唯一の欠点は、経験の不足であった。そこをヒヅルが統括し、彼らの能力を百パーセント発揮させることで、彼らはまるで百戦錬磨の特殊部隊の如き働きをした。アルマや明子を安全な場所まで隔離し、ガソリンを利用して作った即席の爆弾で通路を塞ぎ、外部との通信を遮断して増援が来るのを防止した。

 そして――


「いったい何をやってるんだ、ヒヅル。すぐに所長を放せ」


 所長室に潜入したヒヅルは、自らの生みの親とも言える人工全能研究所の所長白金暁人しろがねあきひとを拘束し、兵士から奪った銃を突きつけ、カメラ越しに指導委員室にいる高神らを、脅迫していた。

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