第3話
「アルマはどこですか。星二。もう殺されてしまったのですか。答えてください」
ヒヅルはもはや血相変えて星二の部屋に飛びこみ、訊ねていた。
「いや。まだだと思うが」いつもは冷静なヒヅルの見たこともない剣幕に押され、星二は仰け反りながら答えた。
「どこにいるのです。教えてください」
「し、知らない」星二は
「では、なぜ眼をそらすのです。脈拍も跳ねあがりましたね」
並外れた観察眼を持つヒヅルは、嘘をついた人間特有の変化をひとつたりとも見逃すことはない。ヘリオスでは〈人間嘘発見器〉として捕虜の尋問に駆り出されることもあるほどだ。
ヒヅルに嘘は通じぬと悟った星二は、勘弁してくれと言わんばかりに両手をあげた。
「聞いてどうする気だ。まさか力ずくで連れ出そうってんじゃないだろうな。そんなことをしたら、いくら君でもただじゃすまないぞ。私もだ。教えるわけにはいかない」
ひと筋縄ではいかぬと悟ったヒヅルは、考えた。星二の意思は強固。ならば、いっそ少し暴行してでも。アルマの命がかかっているのだから。
ヒヅルは、星二に手を伸ばした。
そして。
「教えてください。星二。お願いします。私は妹を助けたいのです。あなたから教わったことは、たとえ殺されようと誰にも言いません。約束します。この通りです」
ヒヅルは星二の前に跪き、額を地につけて哀願した。
「頭を上げてくれ。ヒヅル。そんなことをされても、答えられない。誰が聞いているかもわからない」
「地下の管理室じゃないかしら」椅子に腰かけてのんびりコーヒーを飲んでいた明子が、あっさり白状した。「もうあまり時間はないかもね」
「お前」今度は星二が血相を変えて明子の両肩を掴み、激しくゆすった。
「ただの独り言よ。それに、もし所長や高神に聞かれていても、処分されるのは私だけ。あなたには何の迷惑もかからないわ」明子は星二の手をぺしとはねのけ、冷ややかな眼差しで言った。
「ありがとう、明子。本当にありがとう。妹の命の恩人よ」ヒヅルは興奮気味に明子の手を取り、深々と頭を下げた。「このご恩は忘れません」
「そうね。とんでもない大恩だわ。ワイヤーラーメン一年分くらいは奢ってもらわないと、割に合わない。だから、勝手に死んだら承知しないわよ。せいぜい気をつけなさい」
足を組み、椅子の上で偉そうにふんぞり返りながら、明子は言った。なお、ワイヤーラーメンとは博多系のラーメンで極稀に見られる特殊メニューで、〈針金〉以上の硬さと太さを誇る名物珍味であり、読んで字のごとくワイヤーを思わせるような麺類と思えぬその歯ごたえは、食せば食すほど味わいを増す神秘の味である。
「ああ。えらいこっちゃ。えらいこっちゃ」星二が頭を抱えていた。「もうなるようになれ」
星二は首から下げていた身分証兼カードキーを、乱暴に机の上に放り投げ、立ちあがった。
「あら。どういう心境の変化かしら」星二の真意を瞬時に悟ったのか、明子が面白おかしそうに言った。
「何のことだ。私は何も聞いてない。何も知らない。いいか。くれぐれも、余計なことは絶対するんじゃないぞ。ああ。くわばらくわばら」
そのまま星二はそそくさと扉まで早歩きし、退室した。
「カードキー、使っていいって」明子が悪戯っぽい笑みでヒヅルに星二の暗黙のメッセージを告げた。
「彼にも、ちゃんとお礼をしなくてはいけませんね。友よ」ヒヅルは心の底から嬉しそうに、満面の笑顔でそう言うと、部屋を後にした。
「君が後先考えないおてんばなのはわかっていたが、今回は相手が相手だぞ。アルマを見捨てろとはぼくも言わないが、今のヒヅルは何をするかわからない」
しばらくして戻ってきた星二が、呆れ気味に明子にそう言った。
「あなただって協力したじゃない。最後まで素直じゃなかったけれど」
「私がああしなかったら、ヒヅルはきっと他の研究員を襲ってでもカードキーを奪うだろう」
「でも、結局これで私たちは共犯者ね。ヒヅルに脅された、なんて言い訳が通用するとも思えないし。結局他に私たちにできることがあったのかしら」
「ぼくは」星二が言おうか言うまいか迷ったのか、数瞬押し黙った。「君の身に何かあったらと思うと、気が気ではない」
「あら。心配してくれてたのね。でも、もし今回処分されるのがヒデルだったら、たぶん私も同じことをしたと思うの」
「それは絶対にだめだ」星二は人が変わったように席をがたりと立ちあがり、叫んだ。
「それにね。あの子、ヒヅルならうまくやってくれるんじゃないかって、思ってるの」
「女の勘というやつかい」
「ふふ。そうね」
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