1. 七瀬颯太の帰還

目が覚めたぼくは、とても懐かしい自分の部屋にいた。

ここはそう、大学の下宿先だった1Kの部屋だ。



長い長い異世界での戦いを終えたぼくは、

亡国のお姫様が大精霊と大賢者の力を借りて発動させた奇跡の魔法により、

次元の扉をくぐり、こちらの世界へと帰ってきた。



家賃3万8000円のボロアパートの一室。

流し台には、おそらくカップ麺でも食べるために湯を沸かしたであろう雪平鍋と、100均で購入した安っぽい食器がいくつか放置されていた。



ぼくにとっては約10年だ。

だが、この部屋は、あの日から1秒たりとも時を重ねているように思えなかった。


「本当に…帰ってきたんだな…」


洗面所の鏡を覗くと、

そこには19歳の頃のぼくの顔があった。

だが表情だけはあの頃と少し違うのだろう。


当たり前だ。中身は29歳の男なのだから。

それも、望まぬ多くの死線を潜ってきてしまった男だ。

眉根を寄せ、口はへの字に曲がり、どことなく目に光がない。


元々は特別明るくもないが暗くもない、中庸な男だったはずが、

肌ツヤは年相応に良いのに、影のある陰鬱な表情の男がそこにはいた。



「はぁ・・・ダメだな。」



戻ってきたのだから。

本来の自分に戻ってきたのだから。

早く19歳の「ぼく」に慣れないといけない。

平均寿命を考えると、人生はまだまだ、まだまだ長いのだから。



「やりたいことをやらないとな…」



そう呟いてみたものの、

やりたいことなど、すぐに見つかるのだろうか?

懸命に19歳の頃の自分のやりたかったことを思い出そうとする。



大学では経営学を専攻していた。

授業自体は楽しいものだったが、

勉強が一番にやりたいことだったかというと疑問だ。



サークルには入っていない。

特に大きな理由があるわけではないが、一人暮らしの生活費を賄うために

バイトを掛け持ちしていたから、時間が足りなかっただけだ。



ピロン。

スマホが鳴った。(どうでもいいのだが、こんな些細なことすら懐かしい…。)

LINEにメッセージが届いたようだ。

それは今年23歳になる4つ上の姉からだった。



ーーソータ、久しぶりー。いきなりだけど今週の日曜日空いてる?


ーー姉ちゃん、久しぶり。日曜日?ちょっと待って、予定確認する。



とフリック入力しながら、(本当に久しぶりだな・・・)と

スマホの通知音など比べ物にならないくらいの懐かしさとともに、

現実に帰ってきたのだという実感が押し寄せてくる。



今週の日曜日。

操作に若干まごつきながら、スマホのカレンダーを開いて予定を確認する。

予定なし。

友達が多いわけでもなく、交際している人もいないぼくは、

だいたいバイトのない日は暇だった。


ーー空いてる。それでどうしたの?


ーーじゃあさ、実家に遊びに帰ってきてよ。

会わせたい子がいてさ。


ーー合わせたい子?だれ?


ーーふっふっふ、それは会ってのお楽しみ!


ーーわかった。


ーーあれ!? やけにすぐ納得するなお前。


そうか、あっさりと追求を止めるのも変なのか。

10年前のぼくはどういう反応をするのだろうか。もっと食い下がるのだろうか。

うーん、地味に難しいけど、まぁ、いいか。

多少違和感はあるかもだけど、支障はなかろう。

何より考えても仕方のないことを考えるのは面倒くさい。



ーーまぁ、いいや。じゃあ日曜日に!



ーーうん。それじゃ。



普段そんなに連絡を寄越す方でもない姉からの呼び出し。

わざわざ会わせたい子というのは誰なのだろうか?


実家はこのアパートから電車で1時間半くらいの所にあるので、

たまに帰ってはいたのだが、なんせ10年ぶりの帰省である。

10年ぶり・・・みんなは元気なのだろうか?



少し楽しみになってきて、への字に結んだぼくの口元が僅かに緩んだ。










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