第11話

 加奈は無事大学に合格した。

 志望した大学はまだ合格発表の掲示を行なっており、良輔と2人で見に行き、喜び合った。良輔は加奈の未来を例え知っているとしても、こんなにハラハラするものかと、内心笑う自分がいた。

 そして大学生活を思いっきり楽しんだようだった。加奈から彼氏ができたと言われたとき、良輔しばらく不機嫌だった。何か月か経ち、半分笑いながら振ってやったと言ったとき、良輔は思わず笑顔になった。その顔を見られて加奈に笑われた。


 その時加奈から、おじさん、お父さんみたい、と笑われたことを良輔はしばらく忘れることができなかった。


「お父さん、か。まだ子供すら持っていないんだがな」


 家に帰って良輔が言った一言である。


 加奈の学年が上がり、就職活動を始めた頃、良輔はそろそろ加奈とも別れなければならない、とも思っていた。社会人になれば、過去の自分と知り合う。そこからは私の出番があってはならないのだ。

 夏が過ぎ、就職活動も落ち着いて、加奈にもいくつか内定も取れたと聞かされたある日の夜。いつものように2人で夕食を取っていたが、ここで良輔は話し始めた。


「加奈ちゃん。言いにくいが、そろそろ私は本格的に帰郷しようと思ってる。もう定年も近くてね。軸足を向こうに移そうかと考えているんだ」


 加奈は黙って聞いていた。良輔はもう59になる。結果、過去のタイムトラベルの前倒しはできず、加奈の父親がいなくなった後は、ほとんどを過去で暮らしていた。


「加奈ちゃんはもう、立派に大人になった。しっかりしているし、来年からは仕事が中心の生活になるだろう。そうなったら、ここにもなかなか来れないかもしれない。だけど、それでいいんだよ。普通の娘というものは、そうするし、親にそんな気の使い方をしない。だから」


 ここまで言うと、加奈は言葉を遮って言ってきた。


「私が会いたい、と思う時に、会えますか」


 良輔は泣きそうになるのをぐっと堪えた。


「もちろんだ。困ったことがあったら連絡しなさい。できる限り、力になる。約束する」


 加奈がまっすぐ私を見て、言った。


「私にとって、おじさんはもう、もう1人のお父さん。小さい時から、ずっとそばにいてくれた。これからもお父さんでいて欲しい。ダメですか」


 良輔はうつむきながら、出てくる涙を止めずに言う。


「加奈ちゃんのパパには悪いが、私にとっても、君は娘同然、私の娘なんだ。私は君が困っているなら、全力で助ける。君にはおばあさんになるまで、幸せでいて欲しいと願うよ」


 加奈が泣きながら頷き、笑った。


「私が結婚する時、父親の席に座ってくれる?」


 そうなればいい、だが残念ながら、良輔が2人存在し続ける世界は危険で、不可能なこと。しかし泣き笑いの顔を加奈に見せて、微笑む。


「もちろんだ。変な男に騙されるな。私のようなイケメンを捕まえるんだな」

「本当にお父さんみたいだ」


 その日は良輔と加奈が泣いて、笑って、泣いて終わった。


 加奈は大学を卒業し、働き始めた。


 時折くるメールや電話から、近況が聞けた。そして付き合っている人がいる、と報告を受けた。

 それはだ。


「い、いい人なのかい?その人は」


 加奈が笑いながら答える。


「もう、お父さん心配しすぎだって。でも、なんだかすごくお父さんに似ているんだ」


 加奈はあの日から良輔の事をお父さん、と呼び始めていた。とても幸せな気持ちになる。そして今日という日を迎え、戸惑う。


「そ、そうか、なら私は加奈を信じるよ。ケンカばかりしないで、ちゃんと話し合うんだぞ」


 良輔も合わせるかのように、加奈、と呼び捨てにしていた。本当の娘に話しかけるかのように。


「・・・なんでケンカが多い事知ってるの?」


 加奈は驚いていた。


「これでもずっと加奈を見てきた、お父さん、だからな」


 笑いながら答える。付き合いはじめは、なぜかケンカばかりしていた。普通なら別れてもいいはずだ、と周りからも言われていたが、そんなことにはならなかった。ここ原因わたしがいる。


「深く、入りすぎてしまったな」


 電話を切った後、呟いた。


「加奈は私の恋人だ。だった。そしてその前に父親なんだな」


 2016年7月28日。

 良輔は加奈の家の隣から離れ、元の自分の家にいた。そして、この日までの1日1日を慎重に過ごした。そろそろ、と会うことになる。印を付けたカレンダーには、7月29日、8月18日の2つのみ、丸が付いている。

 そしてこの2日以外は全て跳躍して埋めていた。

 良輔の戸籍上の年齢は、まだ50歳にも満たないが、実年齢は65を優に超えていた。

 良輔は椅子に座り、大きく呼吸した。


「加奈と話しておこう」


 加奈の父親として、最後に会っておこう。そして29日の夜に、良輔は跳んだ。

 過去の家に充電している電話を手に取り、加奈に電話した。


「もしもし」


 良輔は普段話す雰囲気を強く意識しながら声に出した。


「あ、お父さん?どうしたの?」


 加奈の声は明るい。その日は会ったばかりのはずだ。お互い時間の隙間を縫って会っているはずだから、その時間は短い。


「いや、どうしているかな、と思ってね」

「まあ、なんとかやっているよ」

「その・・・良輔君とは、うまくやってるかい?」

「あ、え、うん、まぁね。最近なかなか会えないけど、今日会えたし」


 これでいい。

 もう日は決まった。


「それは良かった。なあ、加奈」

「なに?どうしたの?」

「頑張れ」

「え?なに?なに?お父さん、どうしたの?」

「いや、別に死ぬわけじゃない。まだまだ元気だ。ふと、思っただけでね」

「あんまり心配させないでね。花嫁姿も見て欲しいんだから」

「そうだ。その通りだよ。だから、だ」

「そうね、じゃ、わかりました。頑張るよ」

「それでいい」

「お父さん」

「なんだ?」

「なんか変だよ」

「そうか?」


 良輔はそう言った後、すぐに言葉を続けた。


「加奈、私はいつも、ずっと幸せになって欲しいと思っているんだ。これから先もずっとだ。加奈のパパとママと、そして私がそう願っている。それを忘れないで欲しい。良輔君とも、な」

「・・・そうする」

「そうか、それだけ聞ければいい。おやすみ」

「おやすみなさい」

「ああ、そうだ。待ち合わせは10分前に着くように、向かいなさい」

「大丈夫よ、ちゃんと守ってます。それじゃ」


 良輔は電話を切り、一息ついた。これで後は一旦戻り、8月18日に向かって加奈の外出を止めるだけだ。


 そう思った矢先、良輔の世界が『歪んだ』。


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